映画『僕達急行A列車で行こう』が生まれるまで 森田芳光作品に見る鉄道

 森田芳光監督の遺作になった『僕達急行 A列車で行こう』(以後、『僕達急行』と略)を見直しながら、「こんなに鉄道が好きだったんですね」と言いそうになった。『僕達急行』は、のぞみ地所社員の小町圭と、コダマ鉄工所二代目の小玉健太の、趣味と仕事と恋愛を描くヒューマン・コメディだ。出会うことがなかったかもしれないふたりが、趣味をとおして親しくなることで、豊かな人間関係が広がっていくのがよかった。
 小町を演じた松山ケンイチは、森田とは3度目のコラボレーションになるが「鉄道という趣味でつながっている人たちが、ポジティブで豊かでした。爆笑と言うのではなく、クスクスという笑いがあって、ほのぼのとした映画になっています」と話す。小玉を演じた瑛太は「子供の時から電車に乗っている雰囲気が好きでした。最近の山手線に乗る時は、先頭車両で運転席のメーターを見たりします。小玉を演じることで、鉄道はおもしろいなという気持ちが強くなりました」と語っている。

 仕事を趣味にする人もいるけれど、趣味は趣味でしっかり遊びたいと思うわたしのような人間には、小町と小玉というキャラクターは共感できるものだった。森田自身、映画監督として成功しながら、競馬評論家としても知られていた。松山ケンイチが新垣巡査という小さな役で出演した『サウスバウンド』(2007)の撮影中に取材したとき、森田は「競馬で培ったカンは、映画でも役立つんだよ」と、笑ったのが印象的だった。
 最近の日本映画は人気コミックやベストセラー小説の映画化が多いが、『僕達急行』は森田のオリジナル脚本だ。彼のなかで芽生えたアイデアを、彼自身がオリジナル脚本に作り、それを自分で監督しているのだから、当然だけど、森田の好みや個性や思考が強く反映されている。仕事と趣味を両立させる小町と小玉というキャラクターもそうなら、彼らを結び付ける〈鉄道好き〉も森田の好みの反映で、登場するキャラクターの名前も鉄道にちなんでいる。細かいことを言えば、小玉のお見合い相手が作ったピクニック弁当には、電車のミニチュアが入っていたし、海苔で線路まで描く凝り方がよかった。

 「鉄道ファンには奥が深い人たちがたくさんいらっしゃいますから、僕なんかが鉄道ファンですとは言えないですよ」
 『僕達急行』の撮影中に森田に話を聞いたとき、こんな言葉で、自分の鉄道好きを語っていた。彼のエッセイ『鉄道が「少し好きです。」』というタイトルに通じる、ちょっと控えめな立ち位置を感じてしまう。森田は映画の宣伝キャンペーンで地方をまわるとき、飛行機より鉄道を使う人だと教えられたことがある。列車の座席に座って、移り変わる車窓の景色を眺めることは、映画館の座席に座って、スクリーンの動く映像を見ることと同じで、なんて映画監督らしいんだろうと思った。彼は鉄道に関する知識をとうとうと語ったりはしなかったけれど、もっとゆるい形で鉄道にこだわり、オールラウンドに鉄道を愛していたような気がしてならない。だから森田作品には、鉄道がいろいろな形で顔を出した。
 パソコンでメール交換をする恋人たちを描いた『(ハル)』(1996)には東北新幹線が登場し、ラストシーンは東京駅の新幹線ホームだった。深津絵里演じるほしが、東北新幹線に乗っている内野聖陽演じるハルに手を振るシーンは、どうしたって黒澤明監督の『天国と地獄』(1963)の身代金受け渡しシーンを思い出す。新幹線が酒匂川(さかわがわ)あたりを走る『天国と地獄』は、森田が好きな映画と語っている。そしてこの『(ハル)』も森田のオリジナル脚本だった。
 最近の作品では、『間宮兄弟』(2006)で、塚地武雅が演じた弟・間宮徹信が超のつく鉄道ファンになっていた。東京駅で黄色い新幹線を見た徹信は、その通称〈ドクター・イエロー〉と呼ばれる列車の説明を始める。オープニングは兄弟が新幹線の大井車両基地を見にいくシーンで、後半にも同じシーンがあり、かなたに黄色い車体が見える。これは兄弟愛のドラマだけど、少し見方を変えると新幹線入門ドラマで、わたしとしては『僕達急行』の助走のような感じがしている。
 そして、『僕達急行』では九州を走るかわいい列車が次々に登場する。極めつけは駒鳴駅に停まるJR筑肥線。イエローの一両編成のローカル線はキュートで、ドクター・イエローともども黄色い車体のヴィジュアル度の高さを証明する。関東のシーンでは、JR東北本線の尾久駅と、京浜急行の神奈川新町駅が登場するが、実際に行ってみると列車がたくさん停まっていた。そういえばピエール瀧が演じる筑後社長の家のHOゲージも、「エエーッ」と言うほど数が多かった。

 森田はある種の乗り鉄だったが、一般的な意味では撮り鉄や乗り鉄という行動はしなかった代わりに、自分が作る映画にさり気なく鉄道を登場させてきた。でも、この『僕達急行』では鉄道好きが全開になっていて、その楽しい気分がスクリーンから伝わってくる。本業の仕事があるうえで趣味を持ち、その趣味を共有できる相手がいて、遊び方がわかっている主人公たちを描いた『僕達急行』は、森田自身の声を聞いているような気分になる。

三沢和子氏が語る映画秘話

―今回の『僕達急行』という作品は、どんなきっかけでスタートしたんでしょう

「同じ趣味を持つ同士の映画を作りたいというのは10年くらい前から監督のなかにありました。それで『武士の家計簿』(2010)の脚本を待ってる間に、この脚本を書き上げたんですね。当時の監督は、この国は政治や経済の面で元気がなくなっていると感じていて、もっと元気になれる映画、楽しくて前向きになれる映画が必要じゃないかと考えていました。彼は、“元気を出して進みましょう!”と大上段に振りかざすタイプではないので、 “ちょっとした事で元気になってもらおう”、というのがこれですね」

―松山ケンイチさん演じる小町圭が、風景を見ながら音楽を聴くのが出色でした

「この作品のことで、監督のお友達がメールを下さったんですね。かつて、監督とその方が熱海に行く車中で『この風景でこの曲を聴いてみて』と、イヤホーンを渡されたというんです。まだウォークマンがない時代ですよ。そういえば39歳で車の免許を取った後も、監督は音楽を聴きながら運転していたんです。だから、小町は監督だったのかなと(笑)」

―その頃から鉄道好きだった?

「かなり好きです。でも自分が特定の鉄道の何かに強いわけじゃないから、控えめに言っていました」

―森田監督はどんなときに鉄道を利用されていたのでしょうか

「競馬専門紙の予想をしていたので、ほぼ全国の競馬場をまわっているんですが、みんな鉄道で行っていました。それから、作品が完成すると必ず宣伝キャンペーンに行きますよね。その時は、『なるべく鉄道で』とお願いするんです(笑)。『飛行機だとあっという間に着いちゃって、おもしろくない。風景を見ながら行かなきゃ』と言うので。キャンペーンで地方を回りながら、いろんなところをロケハンしていたんじゃないかと思います」

―今回、九州の鉄道をとりあげた理由は

「九州の鉄道会社が前向きで、列車ひとつひとつに特徴があると言っていました。遊びがあって、みんなが鉄道を愛しているんじゃないかと、前々から思っていたみたいです」

―三沢さんはプロデューサーとして、88年以降の全森田作品に関わっておられますが、森田作品の魅力はどんなところでしょうか

「監督がよく言っていたのは、『世の中に足りないものを映画で見せたい』ということと、人間のおもしろさを描くことに、こだわりがありました。これみよがしの映像ではなく、いろんなテクニックを使うのは、全て登場人物に感情移入してもらうためだと。作品に魅力的な人間がいて、その人に会いに行ってもらうのが、映画の原点という考え方でした」

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撮影中、主役二人とJR筑肥線駒鳴駅での1コマ
小町と小玉の役柄を、いわゆる“ボケとツッコミ”の凸凹コンビにしなかったのも監督のこだわり


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森田作品で度々登場する新幹線。本作では、小町が東京から新幹線で博多へ赴任する場面、仕事の助っ人として、小町が小玉を連れ戻す場面が博多駅新幹線ホームで撮影された


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小町と小玉がトレインビューを探して訪れた部屋からは、JR尾久駅に隣接する尾久車両センターが丸ごと見える設定。今もブルートレインがたまに見られる


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新幹線大井車両基地は『間宮兄弟』では、オープニングと後半の2回に登場し兄弟は自転車で見に行く

プロフィール

おかむら 良

映画評論家。神戸出身。女性誌で取材記者をした後、映画評論を開始。新聞や雑誌等で映画評を執筆中。著書に、「海外でキャリアを築くということ」(角川書店刊)、「地獄の上の花見かな 篠田正浩の映像世界」(光文社)、「ハリウッドの個性派37人」(近代映画社刊)などがある。連載では、「シネマ現場探訪」(『散歩の達人』)、映画紹介(『オレンジページ』)、巻頭インタビュー・「はらぺこシネマ」(『食べようび』)等

2012年4月号(3月19日発売)

『僕達急行』スペシャル仕様!

■ 主演 松山ケンイチ インタビュー
■ 森田芳光監督 ロケ現場できいた作品にかける思い
■ 特急「A列車で行こう」で満喫の春旅ほか

3月24日全国ロードショー 上映館をCHECK

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