トレたび JRグループ協力

2025.10.31旅行山手線で行くアート散歩~川瀬巴水の描いた東京~

巴水の足跡を追う、ノスタルジックな風景旅

 鉄道を使ってアートを巡る散歩のご提案。
モデル地や作家縁の地といった作品の背景を巡ることで“体験”としてアートを楽しみましょう。

今回は、企画展「高橋松亭×川瀬巴水-日本の技と美-」を開催中の大田区立郷土博物館にご協力いただき、近代木版画家・川瀬巴水の作品を巡ります。


川瀬巴水の肖像写真 肘をつく川瀬巴水(写真提供:大田区立郷土博物館)

川瀬巴水(かわせ はすい)について

1883年(明治16年)に東京市で生まれた川瀬巴水(本名は文治郎)は幼少期より画家を志しますが、周囲の反対もあり家業の組紐業に従事します。
父親の事業の失敗で家業は妹夫婦に託され、巴水は1910年(明治43年)に鏑木清方の許に入門。1918年(大正7年)、同門の伊東深水による木版画の連作『近江八景』を目にして木版画に興味を持ちます。版元の渡邊庄三郎と「塩原おかね路」などを発表。
1957年(昭和32年)に大田区で亡くなるまで日本全国を歩き、600点を超える作品を制作しました。

モデルコース概要

今回は、JR山手線沿線の東京の東側(上野・秋葉原・東京)から南側(品川)を巡ります。
上野駅から山手線で南下しつつ、川瀬巴水が描いた東京の名所を効率よく周遊。どのモデル地も駅から徒歩15分圏内と気軽に赴くことができます。
巴水の見た東京に作品を通じて思いを馳せながら、ゆったりと周るモデルコースです。

川瀬巴水を巡る散歩旅へ

時を超え、新版画の巨匠が愛した日本の原風景を訪ねて

「上野清水堂」~上野に佇む清水の舞台、名刹の静寂に耳を澄ませて~


川瀬巴水『上野清水堂』1928年作

上野恩賜公園内の高台に位置する清水観音堂を、巴水は満開の桜とともに描きました。初版が摺られた1928年(昭和3年)と今ではやや風景が変わっていますが、赤い伽藍と石階段、自然豊かな情景は、今も変わらず人々を魅了します。


「上野清水堂」 『東京二十景』1928年(昭和3年)作

ピンク色の桜が華やかな本作は本堂裏手の秋色桜を描いたものです。清水堂は台東区上野公園に所在する京都東山の清水寺を模した舞台造りのお堂で、徳川家康に重用された天海によって1631年(寛永8年)に建立されました。本作の建物や桜の枝ぶりは、スケッチから忠実に作品化されています。その一方で、観音堂に佇む人物はスケッチよりも増えており、作品制作の過程で、スケッチにはない人影を作中に登場させることもありました。

交通アクセス JR上野駅公園改札から徒歩5分
撮影スポット 上野恩賜公園内の清水観音堂近く

「神田明神境内」~東京十社のひとつ、巴水が捉えた明神~


川瀬巴水『神田明神境内』1926年作

秋葉原駅や御茶ノ水駅から歩いてすぐ、江戸の総鎮守として栄えた神社。ここで巴水が描いたのは活気ある御神殿ではなく、静かな場所から眺める裏参道の灯でした。石碑を手がかりに、絵の風景を重ね合わせることができます。


「神田明神境内」 『東京二十景』1926年(大正15年)作

神田明神(神田神社)は1923年(大正12年)9月の関東大震災により、江戸時代に造営された社殿を失いました。本作は礎石だけになった台地に震災の被害を免れた檜二株を配した荒涼たる風情の作品ですが、犬がたたずむ境内の眼下には、復興に向けて動き出した街の光が灯っています。1934年(昭和9年)に再建された耐火構造の社殿は僅かな損傷のみで戦災を耐え抜きました。

交通アクセス JR秋葉原駅電気街口から徒歩12分
撮影スポット 神田明神境内“水野年方顕彰碑”近く

「日本橋(夜明)」~歴史を刻む日本橋、橋上に広がる近代都市の抒情~


川瀬巴水『日本橋(夜明)』1940年作

かつて五街道の起点として栄え、現在も東京の経済・金融の中心にある日本橋。巴水が描いた夜明けの情景は、近代化の波と旅立ちの情感が交差する当時の東京を今に伝えています。真上に高速道路ができましたが、橋はほぼ当時のままです。


「日本橋(夜明)」 『東海道風景選集』1940年(昭和15年)

1940年(昭和15年)7 月の早朝、巴水は日本橋を訪問。スケッチには左側の建物に「白木屋」(現コレド日本橋付近)の文字が見えることから、本作は日本橋室町一丁目から日本橋一丁目に向かって描いたものと判明します。日本橋は歌川広重の作でも有名。広重は木製の太鼓橋を、巴水はルネッサンス式アーチ形の石製橋を朝の情景に描きました。現在、橋の上を首都高速中央環状線が走り、巴水が見たのと同じ景色を望むことはできません。

交通アクセス JR東京駅八重州中央口から徒歩14分
撮影スポット 日本橋近く「日本橋由来記の碑」から撮影

「芝大門」~駅名の由来にもなった、堂々と立つ増上寺の大門~


川瀬巴水『芝大門』1926年作

増上寺の入口に位置し、かつて江戸の主要な玄関口の一つだった大門。屋根の角度を見るに、巴水は少し高いところから眺めて描いたのでしょうか。現代のビル群に囲まれていても、その風格は変わらぬ歴史の重みを伝えています。


「芝大門」 『双作版画会』1926年(大正15年)作

雨後に一台の自転車が徳川将軍家の菩提寺であった増上寺の大門(表門)を通り抜けようとしているところを描いた作品です。本作には珍しく自転車が描かれています。画中にみえる木造の大門は1598年(慶長3年)に増上寺が芝へと移転した際、江戸城の大手門を徳川家康より寺の表門として拝領したものです。この大門は1937年(昭和12年)の道路拡幅に伴って両国の回向院に移築され、1945年(昭和20年)の空襲で焼失しました。

交通アクセス JR浜松町駅北口から徒歩7分
撮影スポット 増上寺大門近く

「品川」~長閑な品川、御楯橋を画中心の木製の橋に見立てて~


川瀬巴水『品川』1931年作

品川駅近くの運河にかかる御楯橋。絵に描かれた東京湾岸の漁村と、ターミナル駅として栄える現代の品川は大きく印象が異なりますが、川と橋を頼りに重なる風景を探しました。現在は高層ビルが連立し、時代の移ろいを感じさせます。


「品川」 『東海道風景選集』1931年(昭和6年)3月作

本作の舞台は写生帖に「品川猟師町」とあることから南品川猟師町と考えられます。当地は南品川宿から目黒川に沿って突き出た、南北に長い帯状の地に位置した純漁村で、「品川浦」ともいわれました。江戸城に鮮魚を納める役目を負った御菜肴八ヶ浦の一つとして発展。画面の堀にも漁で使われたであろう小舟が描かれています。

交通アクセス JR品川駅港南口から徒歩10分
撮影スポット 御楯橋近くの川沿いの遊歩道

まとめ

モデルコースマップ

「旅と郷愁の版画家」巴水が教えてくれた、東京の詩情

今回は山手線を中心に鉄道を駆使し、東京の東から南へと巴水が描いた情景を追う「ちょっと手の込んだ散歩旅」となりました。
実際にこの足跡をたどってみると、現代の喧騒の中にふと現れる、静寂に満ちた新版画の世界の名残を発見でき、その趣深さが心に残るでしょう。作品のモデル地を訪ねる小旅行が感性を刺激し、充実したアート巡りの体験をもたらしてくれます。

鉄道を用いた散歩旅の魅力は、移動そのものが旅情を誘う点です。駅を起点に、徒歩で周辺を深く散策することで、作品に描かれた当時の街の空気感と、現在の風景が重なり合う瞬間を見つけられます。都市の利便性を活かしつつ、日常を離れたノスタルジックな時空間の旅を、ぜひお楽しみください。

企画展のご紹介

「高橋松亭×川瀬巴水-日本の技と美-」大田区立郷土博物館


大田区立郷土博物館 外観


企画展での作品展示の様子 記事で取り上げた作品も複数展示されている

企画展は第1展示室(2階) 企画展は第1展示室(2階)


川瀬巴水作品の興味深い展示 海外に向けた“インバウンド広告”としての川瀬巴水作品の紹介など興味深い切り口の展示


川瀬巴水「池上本門寺」 大田区立郷土博物館から「池上本門寺」のモデル地には徒歩約20分で立ち寄ることができる

大田区立郷土博物館

住所 東京都大田区南馬込5丁目11-13
電話番号 03-3777-1070(代表)
時間 午前9時から午後5時
休館日 月曜日(休日・祝日は開館)、年末年始、展示替え、収蔵庫清掃の期間などの臨時休館があります。
交通アクセス JR大森駅からバスで「万福寺前」下車、徒歩約2分
値段 常設展は入館無料
特別展の観覧料についてはお問い合わせください
URL https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/manabu/hakubutsukan/index.html

著者紹介

さつま瑠璃

1994年神奈川生まれ。アートと伝統文化を専門としつつ、旅や街歩きなど幅広いジャンルで執筆している。日本伝統文化検定2級。SNSでも情報を発信中。

https://www.rurisatsuma.site/

  • 出典/国立国会図書館「NDLイメージバンク
  • 撮影/さつま瑠璃
  • 文/さつま瑠璃、大田区立郷土博物館
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