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久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。

紀州鉄道 きしゅうてつどう

御坊駅から西御坊駅(ともに和歌山県御坊市)までの2.7㎞、5駅。昭和3年に御坊臨港鉄道として営業を開始した私鉄。国や地方公共団体が出資する第三セクター鉄道を含めると芝山鉄道(2.2㎞、千葉県)が最短の鉄道会社。今回途中で見つけた「創業80周年」は平成20年に作られたものがそのままあった模様。

 御坊駅からすぐは線路につたい歩ける道はないので、まずは車道を歩いて、紀州鉄道との合流点を目指す。雲ひとつない快晴。10分ほどで、踏切にぶつかる。間違いない、紀州鉄道の単線だ。大きくカーブして海の方に向かっている。踏切を渡って、少し行ったところに左に折れる道があり、そこに入っていく。ごく細い道だ。観光客は誰も歩かない。

 稲刈りが終わった田んぼから、新たな緑の葉が出ている。レタス畑。ビニールハウスは何を栽培しているのだろう。左手の畑越しに線路が見えた。道と平行だ。確かにつたい歩いている。トラクターが田んぼの土を起こしている。木の壁で、瓦も立派な古い家々の間を抜ける。また線路が見えた。電線に見たことのない鳥がとまっている。短い行程なので、急がず景色を味わうように歩いている。

 今日は途中で電車に出会うのは難しいかな、と思っていたら、踏切の警報機が鳴り出す。慌ててそちらへ曲がる。ラッキー。終点の西御坊方面からの列車だ。一両車。小さい。バスのようだ。


電車というよりバスのような紀州鉄道の一両車。
逆光

 逆光ながらバッチリ撮ることができた。つたい歩きでは、途中その線の車両写真を押さえる、という自分に課した使命があるのも楽しみのひとつだ。これは偶然を引き寄せる訓練だと考えたりしている。列車と出会った時の背景、日差しの方向、線路までの距離など、いい写真が撮れるかどうかは、偶然に頼るほかない。時刻表を見て待ち構えて撮ることはしない。

 道が進行方向線路の右側から、左側に移った。その踏切には遮断機も警報機も何もなかった。渡ってすぐのところの、道と線路の間の狭い土地にごく薄い建物が建っていて、こんな家にどんな人が住んでいるのかな、と思ったらバーだった。


遮断機も警報器もない踏切。
道と線路の間に薄いバー

 さらにもう少し歩くと同じような線路際にカフェもあった。いずれも線路ギリギリの立地。線路の反対側は田んぼ。面白いなぁ。 またしばらく歩いて、線路を渡って右側に移る。ここにも遮断機などなし。ある家の鬼瓦が気になって近づくと恵比須様が釣りをしていた。釣り竿にはちゃんと糸も付いている。芸が細かくて、心が和む。


釣りをする恵比須様の鬼瓦。
糸まで付いている芸の細かさ
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