『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。

三角線 みすみせん

宇土駅(熊本県宇土市)から三角駅(宇城市)までの25.6㎞、9駅。明治32年(1899)に開通し、特別輸出港であった三角港からは福岡や長崎、天草、島原への汽船と接続していた。現在はジャズが流れバーカウンターがある特急「A列車で行こう」が人気だ。

 屋根と左右に塩ビの透明壁のついた待合所には古びたプラスチックの椅子が5つ固定されていた。時刻表を見ると、列車は行ったばかり。次の列車までなんと1時間20分! どうする。海まで戻り道を歩くか。いや、それは時間的に危ない。戻りの列車は決まっているのだ。山道を探すのも危険過ぎる。


まさに秘境駅、赤瀬駅ホーム。
ここにひとりで1時間以上過ごした

 どうする。ここにいてもなんにもない。少し考えて、しかしこれもまたとない機会、こんな山奥の無人駅で1時間20分ひとりで過ごすのも経験じゃないか、と腹を括る。椅子に腰をおろすと、とたんにたくさんの鳥の声が聞こえて来た。しっかり防寒しているので寒くない。静かだ。ゆっくりホームを端から端まで歩く。いろいろな樹木がある。ドングリが落ちている。もう一度待合所をゆっくりながめる。と、ジップロックのビニール袋が壁に下がっていて、中にノートが入っている。取り出す。誰かが置いた駅ノートだった。ここに来た人の文章がたくさん出ている。ボクは座ってじっくり読み出した。

 全国から旅人が来て、いろんなことを書き置いている。九州一周旅行で寄った人。ジャングルのようだという人。蚊に刺されて大変という人。暗闇の中でなお眼をつぶってみたという人。掃除をしたという人。なんだかジーンとしてきて、ここにいる時間がかけがえのないものに思えてきた。「秘境駅」としてテレビにも出たそうだ。心が落ち着き、列車を待つことはまったく苦痛でなくなった。


帰りはご褒美のような「A列車で行こう」号。
バーカウンターもある

 やがて列車が来て、波多浦まで乗り、そこから終点三角駅まで歩いた。予定通り「A列車で行こう」に乗り、BGMのジャズを聴きながら、デコポン入りの“A”ハイボールを飲んで帰る。なんだか満ち足りた帰り道だった。

※「旅の手帖」2016年3月号より掲載しました。

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