『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

長距離列車旅を快適にした名役者 祝!国内寝台車誕生110周年 日本初の寝台車が誕生したのは、明治33年(1900)4月8日のことでした。今年で誕生100周年を迎えた寝台車にスポットを当てて紹介します。(文=結解喜幸 写真=結解学)

What's 寝台車のはじまり?

 明治33年(1900)4月8日、私鉄の山陽鉄道(現在の山陽本線)神戸〜三田尻(現在の防府)間の急行列車に一等寝台車が連結されました。これが日本初の寝台車で、車両の長手方向に二段式寝台が並ぶ開放式(通路の両側に二段式8組16名分のベッドを配置)のものでした。同年10月1日には官設鉄道の新橋〜神戸間の急行117・118列車に一等寝台車が連結され、現在の東海道本線および山陽本線で寝台車が活躍。この車両はイギリスとアメリカから各2両の計4両を輸入したもので、各車両には4人部屋が5室設置されていました。当時の一等寝台車の利用料金(新橋〜神戸間は寝台料金4円)は高額なため、一般の庶民にとっては高嶺の花でした。

 明治36年5月1日には山陽鉄道に二等寝台車が登場。上野〜青森間を結んでいた日本鉄道も一等寝台車を連結するなど、路線の延長に伴う長距離列車の運行にあわせて寝台車が連結されるようになりました。

 大正時代には主な幹線の優等列車に寝台車が連結されましたが、すべて一等・二等旅客向けの高額なサービス設備でした。三等旅客向けの寝台車が登場したのは昭和6年2月1日のことで、東海道本線東京〜神戸間の列車に連結されました。これは昭和4年10月のニューヨークを発端に起こった世界恐慌の波が日本へも押し寄せて鉄道旅客が大幅に減少したため、一般旅客を誘致するための施策のひとつとして開発されました。

 昭和初期の寝台車は、一等寝台車が洗面台を備えた4人用区分室(一部の列車には2人用区分室もあった)、二等寝台車が中央の通路を挟んで両側に長手方向の二段寝台がある開放式、三等寝台車は片側通路・枕木方向に三段式ベッドが並ぶスタイル。一般庶民にとって高額ながら手の届く料金の三等寝台車が登場したことにより、長距離列車の旅が快適に楽しめるようになりました。

 なお、海外では1838年にアメリカのペンシルベニア州において世界初の寝台車が運行を開始しました。ヨーロッパでは1870年から寝台車の運行を開始し、1883年には有名なオリエント急行が誕生しています。

4人用区分室スタイルで登場した二等寝台車マロネ39

三段式寝台の三等寝台車ナハネ10形。夜行列車の旅をより快適なものにした

初の新在直通運転車両として登場した山形新幹線400系「つばさ」

 長距離列車に連結されていた一・二・三等寝台車は、太平洋戦争の戦況悪化に伴って昭和16年7月に三等寝台車、昭和19年4月には一・二等寝台車の連結を中止しました。戦後は昭和23年12月15日に「特別寝台車」として復活し、昭和24年5月1日には「一等寝台車」の名称に変更。その後は一等寝台車や二等寝台車が続々と復活し、主要幹線の長距離急行列車に連結されるようになりました。

 しかし、利用料金が高額な一等寝台車は利用率が低迷していたため、昭和30年7月1日に一等寝台車は廃止となり、その車両はすべて二等寝台車に格下げされました。これにより、2人・4人用区分室の旧一等寝台は二等A寝台、開放式冷房搭載の旧一等寝台は二等B寝台、従来からの二等寝台車は二等C寝台となり、同じ二等寝台でも寝台設備の異なる3タイプが使用されることになりました。

 当時の一等車は「イ」、二等車は「ロ」、三等車は「ハ」の記号が使用されていましたが、一等寝台車の廃止に伴って「マイネ」といった一等の形式(マ=車両重量・イ=一等・ネ=寝台車)は「マロネ」となりました。

平成11年12月の新庄延伸で増備された山形新幹線用E3系1000番台

 昭和33年10月1日、東京〜博多間の寝台特急「あさかぜ」にオール冷房完備の20系ブルートレインが登場。二等寝台車初となる1人用個室「ルーメット」が誕生し、シティホテル並みの快適さがサービスされるようになりました。好評を博したブルートレインは毎年増備が行なわれるようになり、東京〜西鹿児島間の「はやぶさ」や東京〜長崎間の「さくら」、東京〜熊本間の「みずほ」など、東京〜九州間の特急列車が次々とブルートレインで運転されるようになりました。

 主要幹線の長距離急行列車においても寝台車の連結が必要不可欠となり、二等寝台車オロネ10形や三等寝台車ナハネ17形などが増備されました。特にビジネス需要が多かった昭和30年代後半の東海道本線東京〜大阪間では、オール寝台車という寝台急行列車が設定されるなど、夜行列車の主役として寝台車が活躍するようになりました。

 昭和40年代もビジネスから観光まで幅広く寝台車が利用されるようになり、昭和42年10月には世界初の電車寝台581系が誕生。この車両は昼間が座席車の昼行特急列車、夜間は寝台車の寝台特急列車になるという昼夜兼行スタイルで、年々増加する旅客需要に応えるエースとして活躍するようになりました。

 また、ブルートレインも寝台幅の改善や三段式寝台の二段化などが実施され、14系や14系15形、24系、24系25形などの新系列が誕生。夜行列車の旅を快適に演出する寝台車が黄金期を迎えることになりました。

400系置換用として登場した山形新幹線用E3系2000番台

 昭和60年代に入ると空路の整備や高速道路の延伸に伴う夜行高速バスなどの台頭で、寝台特急列車は徐々に少なくなっていきました。時代のニーズにあわせてA・B寝台車の個室化が推進されるようになり、さらにシャワールームの設置など車内サービスの充実が図られるようになりました。

 昭和63年3月13日の青函トンネル開業にあわせて登場した上野〜札幌間の寝台特急「北斗星」には、個室内のトイレ・シャワールームを設置したA寝台1人用個室「ロイヤル」をはじめ、A寝台2人用個室「ツインデラックス」、B寝台2人用個室「デュエット」、B寝台1人用個室「ソロ」が連結され、予約制のコース料理が味わえる食堂車とあわせて豪華寝台特急列車として脚光を浴びることになりました。

 本州〜北海道間は観光需要が多いため豪華寝台特急列車の登場は効果的でしたが、このほかのエリアでは夜行列車の運行が減り、ダイヤ改正ごとに廃止がニュースとなってきました。近年では寝台特急「富士・はやぶさ」や寝台特急「なは・あかつき」、そして平成22年3月には寝台特急「北陸」が廃止となり、寝台特急列車は上野〜札幌間の「カシオペア」「北斗星」、上野〜青森間の「あけぼの」、大阪〜札幌間の「トワイライトエクスプレス」、大阪〜青森間の「日本海」、東京〜出雲市・高松間の「サンライズ出雲・瀬戸」の7列車のみとなっています。

 なお、青森〜札幌間の客車急行「はまなす」と大阪〜新潟間の583系電車急行「きたぐに」にも寝台車が連結されています。

データ

カシオペア

運転区間:
上野〜札幌間
使用車両:
E26系客車
特徴:
オールA寝台2人用個室のみ連結する豪華寝台特急列車

北斗星

運転区間:
上野〜札幌間
使用車両:
24系客車
特徴:
JR初のシャワールーム付き個室寝台を備えた寝台特急列車

あけぼの

運転区間:
上野〜青森間(羽越本線経由)
使用車両:
24系客車
特徴:
指定席特急料金で利用できる「ゴロンとシート」を設定

トワイライトエクスプレス

運転区間:
大阪〜札幌間
使用車両:
24系客車
特徴:
日本一の長距離区間を約22時間かけて走る寝台特急列車

★日本海

運転区間:
大阪〜青森間
使用車両:
24系客車
特徴:
開放式のA寝台と二段式のB寝台を連結したシンプルな列車

サンライズ出雲・瀬戸

運転区間:
東京〜出雲市・高松間
使用車両:
285系電車
特徴:
寝台はすべて1・2人用個室のみの電車寝台特急

昭和23年登場の一等寝台車マイネ40形。当初は特別寝台車として運用されていた

昭和33年10月に登場した元祖ブルートレイン20系客車

三段式B寝台車のサービス向上を図るため二段式寝台となった24系25形

東京〜博多間を結ぶ元祖ブルートレインとして活躍した寝台特急「あさかぜ」

青函トンネルを経由して上野〜札幌間を結ぶ元祖豪華寝台特急の「北斗星」

個室内にトイレ・シャワールームを備えた北斗星のA寝台1人用個室「ロイヤル」

オールA寝台2人用個室の豪華なサービス設備を備えた寝台特急「カシオペア」

開放式A寝台車と二段式B寝台車のシンプルな編成で運転される寝台特急「日本海」

 

写真協力:交通新聞サービス
※掲載されているデータは平成22年4月現在のものです。

バックナンバー

このページのトップへ