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薫り高き昭和の記憶 はやぶさ・富士物語

昭和30年代の登場以来、東京〜九州間を結ぶ寝台特急列車として活躍を続ける「はやぶさ」と「富士」。
一世を風靡した東京〜九州間のブルートレインの伝統を一手に引き継ぎ、今日も東京〜熊本・大分間で運転されています。
その名門寝台特急も、平成21年3月14日のダイヤ改正を機に現役を引退します。
そこで今回は、寝台特急「はやぶさ」と「富士」にスポットを当て、栄光の歴史と誕生の物語を振り返ります。

文=結解喜幸

東京〜九州間の寝台特急列車

 復興が順調に進んだ戦後の昭和30年代。日本経済は「神武景気」に続く「岩戸景気」に沸き、経済の好調は国鉄の輸送量増加に繋がっていきました。東海道本線の全線電化工事完成に伴う昭和31年(1956)11月19日のダイヤ改正では、東京〜博多間に特急7・8列車「あさかぜ」が誕生。これまで東京〜九州間を結ぶ急行列車は、京阪神地区での乗降を考慮して東海道区間が昼行、山陽区間が夜行でしたが、この列車では京阪神地区を深夜に通過するという初のダイヤが組まれました。東京駅を夕方に発車して、翌日の午前中に博多駅に到着するダイヤは好評を博し、その後に登場する東京〜九州間の寝台特急列車の運転時刻の基本になったのです。

 昭和32年10月1日改正では、東京〜長崎間に特急9・10列車「さちかぜ」が誕生し、東京〜九州間を結ぶ特急列車が2往復体制になりました。当時の列車は非冷房の寝台車や座席車を連結した旧形客車が使用されていましたが、昭和33年10月1日改正では「あさかぜ」が全車オール冷房という画期的な20系客車に置き換えられました。ブルーの車体にクリーム色の帯を巻いた華麗なスタイルから「ブルートレイン」と呼ばれ、一躍世間の注目を集める列車になったのです。オール冷房完備・個室寝台などの車内設備から“走るホテル”と絶賛されました。

寝台特急「はやぶさ」が登場

 20系「あさかぜ」の誕生と同じく、昭和33年10月1日の改正で登場したのが、東京〜鹿児島間を結ぶ特急9・10列車「はやぶさ」でした。当初、華やかな20系「あさかぜ」誕生の陰に隠れてしまいましたが、それまで最速を誇った急行「霧島」の所要時間が3時間10分も短縮され、東京〜鹿児島間は22時間50分で結ばれるようになったのです。非冷房の寝台車や座席車を連結した列車でしたが、所要時間が24時間を切ったこともあって好評を博しました。

 東京〜博多間の「あさかぜ」に続き、昭和34年7月20日には東京〜長崎間の「さくら」が20系客車となり、オール冷房完備のブルートレインは夏の暑さが厳しい九州で人気の的になりました。このため、鹿児島地区からは「はやぶさ」の20系置換えを望む声が一段と高まり、昭和35年7月20日、晴れてブルートレインの仲間入りを果たしたのです。

 電源車を含む14両編成の「はやぶさ」は1〜7号車が東京〜西鹿児島間の基本編成、8〜13号車が東京〜博多間の付属編成でした。しかし、昭和43年10月1日の改正で、博多発着の付属編成が長崎発着に変更となり、昭和50年3月10日改正で熊本発着に変更となるまで「はやぶさ」の愛称は長崎エリアでも親しまれていたのです。

寝台特急「富士」が登場

 「はやぶさ」の登場からちょうど6年後。東海道新幹線の東京〜新大阪間が開業した昭和39年10月1日の改正で、東京〜熊本・大分間の寝台特急「みずほ」の大分編成が独立し、東京〜大分間を結ぶ寝台特急「富士」が登場しました。東京〜九州間を結ぶ寝台特急列車としては新参者でしたが、「富士」の列車愛称自体は日本初の由緒あるもので、昭和4年9月に東京〜下関間の1・2等特別急行列車に付けられたのです。昭和30年代には東海道本線の151系電車特急に付けられましたが、東海道新幹線開業に伴う在来線特急列車の廃止によって東京〜大分間の寝台特急列車にその名が譲られることになりました。

 昭和40年10月1日の改正では、運転区間を東京〜西鹿児島間に拡大。これまで鹿児島本線経由の「はやぶさ」が日本一長距離を走る特急列車でしたが、日豊本線経由の「富士」が日本一の座を獲得することになりました。日本一の座は運転区間が宮崎発着に短縮された昭和55年10月1日改正まで続いたのです。

鹿児島本線博多駅を発車する下りの寝台特急「はやぶさ」。当時、非電化の鹿児島本線においてはSLがブルートレインを牽引していた。昭和40年4月20日撮影

昭和33年10月1日、東京〜鹿児島間の特急「はやぶさ」と上野〜青森間の特急「はつかり」の誕生を記念して発売された記念特別急行券(昭和33年9月28日付 交通新聞より)

当初は一般形客車で運転された特急「はやぶさ」も、昭和35年7月20日から20系客車化されてブルートレインの仲間入りを果たした

EF65形1000番台が牽引する寝台特急「富士」。東海道・山陽本線東京〜下関間の直流電化区間の牽引機はEF60形500番台、EF65形500番台を経て昭和53年10月からEF65形1000番台が担当した

富士山をデザインした独特のヘッドマークを付けて走る上りの寝台特急「富士」。昭和60年3月14日改正から東京〜下関間の牽引機は、高速貨物列車用として誕生したEF66形が使用されている

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