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久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。平成21年から足掛け2年をかけて東京から大阪までを散歩した近著『野武士、西へ 2年間の散歩』(集英社)が発売中。

烏山線 からすやません

宝積寺(栃木県高根沢町)から烏山(栃木県那須烏山市)までの全8駅。20.4㎞。2014年春からは蓄電池を搭載した新型車両が走る予定。今回は高根沢町と那須烏山市を歩いた。終点烏山の先に流れる那珂川は鮎の漁獲量日本一を誇る清流。

 さて、ミネラルウォーターも1本買い、烏山線と並行して走る県道を歩き出す。快晴。すぐに汗が噴き出る。都会からは姿を消した、火の見櫓(やぐら)がある。手摺りの金属のちょっとしたクルクルッというデザインが懐かしい。

 この辺は家もあるけど、ずっと田園地帯だ。稲の緑が眼にしみるようだ。川や用水も豊富。無人精米所がところどころにあった。米どころなんだな、と実感。田んぼの中に防風林が固まっていて、中に家や神社がちらちら見える。小学校で習ったな、防風林。しかし歩く人間には太陽から逃れる場所がなく、ひたすら暑い。日差しが容赦ない。
 無人野菜自販機で、米やキュウリやナスやトウガラシやマクワウリを売っていた。どれもひとパック100円くらい。安い。

 延々自動車道。個人宅庭で、高さ1m、直径5mぐらいの ( ) 青ビニールプールで遊んでいる家族を見た。スゲエ。
 川の水がきれい。「冷子川」と書いて「ひゃっこがわ」。読めない。でもカワイイ。田んぼのなかでトノサマガエルがパチャンと跳ねた。その音、お久しぶり。


県道のまわりはずっと水田。夏の太陽から逃げる場所、なし

仁井田駅(無人駅)で、吹き抜ける風のありがたさを思い出す

 ほぼ午後1時過ぎ、宝積寺からふた駅の仁井田(にいた)駅に到着。今日はここまでにする。無理しない。汗ぐっしょりなので、上だけ着替える。コンビニ的な個人店で「熱中症対策水」というペットボトルのドリンクを買って飲んだら、微かにしょっぱくて、それが実に実にオイシイ! 大量発汗のせいで、肉体が塩分を欲しがっていたのか。

 体もサッパリして、喉も潤って、さて次の電車を見たら、1時間以上ある。だいたい1時間に1本。駅前にラーメン屋がある他、飲食店一軒も無し。ラーメン屋で時間も潰せないので、むしろこの無人駅で過ごすことにする。そう決めたら、狭い駅舎の中の木のベンチもまた居心地がいい。
 と、線路の方から一陣の涼しい風が吹き抜けた。「ああ、いい風だ」と思わず声に出す。そういえば、昔、人々はよくそう口にしていた。瞬間、すーっと肌の熱が奪われ、実に心地いい。この感覚、忘れてた。蝉が鳴いている。なんの音楽も車の音も人の声もしない。時折いい風が通る。ボクはただ座って、それを味わう。素晴らしい時間だ。来てよかった。

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