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一世を風靡したブルートレイン

第4・第5の20系特急誕生 寝台特急「みずほ」「富士」が登場

 昭和37年10月1日改正では、東京〜熊本間の不定期特急「みずほ」が定期化され、東京と九州を結ぶ特急列車は4本体制となりました。どの列車も鹿児島本線博多駅を経由して長崎・熊本・鹿児島方面を結ぶため、大分をはじめとする日豊本線沿いの市町村からは東京直通の特急列車運転が強く要望されるようになっていました。そこで、「みずほ」の20系化と日豊本線大分発着の特急列車の運転が検討されるようになり、20系客車が増備されることになりました。
 昭和38年6月1日、東京〜熊本間の特急「みずほ」が20系客車化されるとともに、門司駅で付属編成の8〜13号車を分割し、大分発着として運転されることになりました。また、九州特急の全列車が15両編成に増強されることになりましたが、中でも昭和38年12月20日から1両増結された寝台特急「あさかざ」は、1号車にナロネ20形、2号車にナロネ22形、3〜5号車にナロネ21形、6号車にナロネ20形、7号車にナロ20形、8号車にナシ20形、9〜12号車にナハネ20形、13・14号車にナハ20形・ナハフ20形を連結した1等寝台中心のデラックスな編成となりました。
 昭和39年10月1日には寝台特急「みずほ」の大分編成が独立することになり、東京〜大分間に20系寝台特急「富士」が誕生しました。これにより、東京〜博多・長崎・熊本・西鹿児島・大分の5方面を結ぶ20系寝台特急が顔を揃えることになり、東海道新幹線開業で賑わう東京駅で5本のブルートレインが続々と発車する姿が見られるようになりました。なお、「みずほ」の大分編成は東京〜博多間の増結車となり、「富士」の付属編成は東京〜下関間の増結車となっています。

20系運転当初は熊本発着の基本編成と大分発着の付属編成を併結していた寝台特急「みずほ」

東京〜西鹿児島間を結ぶ寝台特急「富士」。日本一の長距離を走るブルートレインであった

東北方面へ20系客車投入 寝台特急「はくつる」「ゆうづる」登場

 東京〜九州間の5列車が出揃った昭和39年10月1日改正では、上野〜青森間を結ぶ20系寝台特急「はくつる」も登場しました。東北本線は対北海道輸送も担う主要幹線ですが、優等列車はキハ80系特急「はつかり」「ひばり」の2往復のみで、後は寝台車を連結した急行列車が主役として活躍していました。東北方面の人にとって特急列車は憧れの存在でしたが、今改正では20系客車の投入により上野〜青森〜函館〜札幌〜網走・釧路間を結ぶ特急列車ルートが誕生することになりました。
 昭和40年10月1日改正では常磐線経由の寝台特急「ゆうづる」も登場し、上野〜青森間を結ぶ寝台特急列車は「はくつる」「ゆうづる」のコンビとなりました。20系客車の快適さは人気の的となり、2列車の寝台券はプラチナペーパーとなっています。さらに増発を望む声はありましたが、昭和43年10月の東北本線全線複線電化完成に伴うダイヤ改正で寝台電車583系の投入も計画されており、同改正までは「はつかり」「はくつる」「ゆうづる」の3列車体制で運転されていました。
 また、同改正では新大阪〜西鹿児島・長崎間に寝台特急「あかつき」が登場。途中の鳥栖駅で分割して基本編成は西鹿児島発着、付属編成は長崎発着となる列車です。このほか、寝台特急「さくら」は東京〜博多間の付属編成を佐世保まで延長し、寝台特急「富士」は大分から西鹿児島まで延長運転するようになり、九州各地の主要駅でブルートレインの姿を見ることができるようになりました。
 さらに「あけぼの」「瀬戸」「出雲」「日本海」など、20系客車を使用したブルートレインが活躍するようになりました。しかし、14系や24系など新系列のブルートレインが登場すると急行用に格下げとなりましたが、昭和61年11月には急行列車からも撤退。JR化後は臨時列車に使用されていましたが、平成9年11月のイベント列車を最後に全車両が引退しています。

上野〜青森間を結ぶ寝台特急は東北本線経由が「はくつる」、常磐線経由は「ゆうづる」となった

昭和43年10月改正で登場した20系寝台特急「彗星」。新大阪と宮崎・都城間を結んでいた

※掲載されているデータは平成23年3月現在のものです。

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