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2022.01.25ジパング俱楽部映画『男はつらいよ』寅さんの愛した温泉【御茶ノ水編集室より】

あの国民的人気映画『男はつらいよ』の寅さんが訪れた温泉地

会員誌「ジパング倶楽部」を作っている、東京・御茶ノ水の編集室から、誌面では紹介しきれなかった専門家のお話や、取材のこぼれ話など、ここでしか見られない情報を発信していくコーナーです。

今回は、2月号特集「文豪の愛した温泉」でコラムを執筆していただいた温泉ライターの西村理恵さんに、映画『男はつらいよ』で寅さんの訪れた温泉について紹介していただきます。


映画『男はつらいよ』の知られざるエピソードとともに、奥深い温泉の世界へ!



【教えてくれたのはこの方!】

温泉ライター 西村理恵さん

各種メディアで温泉を紹介するライター。
温泉ライター歴は30年以上で、日本全国にとどまらず、台湾の温泉も数多く訪れる。
温泉地で幸せに暮らす猫や犬を紹介する「ねこ温泉 いぬ温泉」サイトも運営。
(公財)中央温泉研究所理事。

岩木山の麓で、傷付いた心を癒やす寅さん[青森県 嶽(だけ)温泉]

第7作『男はつらいよ 奮闘篇』(1971年公開)


岩木山観光の拠点にもなる嶽温泉。見晴らしのよい山麓に硫黄臭のある酸性のお湯が湧いています。「山のホテル」の内風呂


撮影時、山田監督をはじめキャスト一同が実際に宿泊した「小島旅館」。白く濁った湯が特徴です

知的障害のある少女・花子(榊原るみ)から信頼され、「寅ちゃんの嫁っこになる」と言われてその気になる寅さん。
やがて故郷・青森鰺ヶ沢から、花子の学校の先生が訪ねてきて……。
故郷で幸せそうに過ごす花子の姿を見た寅さんは、弘前郊外の嶽温泉に滞在し、傷付いた心をなぐさめます。

この作品では、嶽温泉(作品中は「岳温泉」)のバス停と車窓に流れる温泉街だけが映し出されており、温泉地に滞在していた様子は描かれていません。
湯治に来ていたばあちゃんやじいちゃんらと一緒にお湯に浸かっていたと、妹・さくらに語ることで、嶽温泉で過ごしていた寅さんの姿が浮かび上がってきます。

以前に、私、「映画『男はつらいよ』から見えてくる温泉地の役割」という論文を書きましたが、このシーンは、お湯を介して開かれた共生の場である温泉地ならではの役割がよく分かる場面といえます。
撮影時に俳優さんたちが宿泊したのは嶽温泉の「小島旅館」。現ご主人の祖父(故人)も、エキストラとして作品に登場しています。
春先とはいえ、寒さの厳しい北国の温泉地、当時、玄関近くにしつらえられていた囲炉裏のそばで、渥美清さんは火にあたりながら、撮影時の苦労話などをしてくれたそうです。
また、この作品には50数年前の懐かしい鉄道風景が随所に映し出されており、列車好きにもたまらない一作となっています。


嶽温泉

住所 青森県弘前市
問い合わせ先 0172・83・2130(嶽温泉旅館組合)
交通アクセス 奥羽本線弘前駅から弘南バス枯木平線約48分の岳温泉下車
URL http://www.dake-onsen.com/index.html

石見銀山の歴史が息づく温泉地で働く寅さん[島根県 温泉津(ゆのつ)温泉]

第13作『男はつらいよ 寅次郞恋やつれ』(1974年公開)


どこか懐かしい感じのする温泉街。石州瓦と呼ばれる独特の赤瓦と渋い光沢の黒瓦で町並みがデザインされています

寅さんは旅のプロですが、決してお金持ちではありません。
ではどうやって温泉宿に滞在していたのでしょう。この作品を見ると、それがよく分かります。舞台は島根の名湯、温泉津温泉。
世界遺産登録エリアにある町並みのステキな温泉地です。温泉津焼の窯元で働く女性に恋をした寅さんは、とある旅館の番頭になります。

とはいえ、働きぶりはこんな感じ。
朝起きたらまずは温泉。すっきりしたところで朝ごはん。新鮮なイカや鯵をたっぷり食べてから、おもむろにお仕事開始。土間を掃いて、打ち水をしていると、お目当ての女性が通りかかるので言葉を交わして……。そんな具合でお仕事は終了。
これではお給料はいただけないですよね。でも忙しい時には何でも屋として活躍し喜ばれたりしているんです。

お宿で働く人たちも「寅さんがいると楽しい」と思っている様子。一方の寅さんも、おいしいごはんは食べられるし、時々お小遣いはもらえるしで大満足。
旅のプロになるには人間力が大事なんだなと学べる一作です。


温泉津温泉

住所 島根県大田市
問い合わせ先 0855・65・2065(大田市観光協会温泉津観光案内所)
交通アクセス 山陰本線温泉津駅から徒歩約15分。または温泉津駅から大田市生活バス温泉津線約5分の温泉津温泉口下車。
URL https://www2.crosstalk.or.jp/yunotsu/

田の原川沿いの実在する温泉宿で、恋の師匠になる寅さん[熊本県 田の原(たのはる)温泉]

第21作『男はつらいよ 寅次郞わが道をゆく』(1978年公開)


「大朗館」の貸切湯は全11室に対して八つあり、ほとんど待たずに入浴できます

田の原温泉は、黒川温泉から2キロほど西にあるのどかな温泉地。
ある日、ふらりと田の原にやって来た寅さんは、老舗温泉宿「大朗館(たいろうかん)」に滞在します。

シリーズ中で全国40カ所の温泉地を訪れている寅さんですが、大朗館は数少ない実名で登場する現役の旅館です。
ここで出会ったのが、女性にフラれ続けている農業青年の留吉(武田鉄矢)。寅さんを恋の師匠として奮闘する姿がユーモラスに描かれた一作です。

大朗館は武田鉄矢のご両親が何度か訪れていた宿ですが、ここが舞台になったのは偶然が重なってのこと。当時30代半ばだったご主人の北里民夫さんから聞く撮影裏ばなしは、本当におもしろくて貴重なエピソードばかり。
撮影当日どうしても泣き止まない赤ちゃん俳優に代わり、お宿の次男さんが代役で出演したりもしているのだそうです。
今も寅さんとの思い出を大事にしている大朗館は、寅さんファンの聖地の一つです。


田の原温泉

住所 熊本県阿蘇郡南小国町
問い合わせ先 0967・42・1444(南小国町観光協会)
交通アクセス 豊肥本線阿蘇駅から杖立行き九州産交バス約53分の南小国町役場前下車、ゆうステーション行きに乗り換え約33分の田の原下車
URL https://www.town.minamioguni.lg.jp/kankou/tanoharu/tanohara-onsen.html

石畳の続く懐かしい温泉地で、希代のアイドルと共演する寅さん[大分県 湯平(ゆのひら)温泉]

第30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郞』(1982年公開)


湯平共同浴場「中の湯」 湯平共同浴場「中の湯」。2020年の水害を受け、現在は利用中止中


温泉街中央に敷かれた情緒ある石畳。約300年前の享保年間(江戸時代)、病魔退散を祈願し治水家の工藤三助らにより建設されました

観客動員数約228万2000人を記録したシリーズ後半最大のヒット作。
希代のアイドル・ジュリーこと沢田研二が、シャイな動物園の飼育係を演じたことでも話題をさらいました。

舞台となったのは湯布院の山あいにある湯平温泉。「山田洋次監督が、大分のロケ地視察の最後に、たまたま立ち寄った湯平の石畳を見て、ここだと即決した」と地元の人から伺いました。
約300年前に築かれた坂道には、丸みを帯びた石が敷き詰められており、多くの旅人がここを歩いたんだなと実感できます。
この作品は、湯平で出会った男女が、やがて恋に落ち結ばれるというストーリーで、寅さんは恋の指南役を務めます。

上映から7年後、役を演じた沢田研二と田中裕子が実生活でも結ばれ、世間を驚かせました。
ちなみに全48作品中、寅さんなじみの宿があると描かれている温泉地は、ここ湯平と宮城の鳴子温泉の2カ所だけ。寅さんにとって湯平は特別な温泉地の一つなのです。


湯平温泉

住所 大分県由布市
問い合わせ先 0977・86・2367(湯平温泉観光案内所)
交通アクセス 久大本線湯平駅から車で約10分
URL http://www.yunohira-onsen.jp/

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