トレたび JRグループ協力

2025.12.23ジパング俱楽部「忘れる・忘れられない」について|ジパング世代はどうしてる?

今回のテーマは【忘れる・忘れられない】。

  • 調査期間:2025年8月18日~9月14日
  • 回答者:「giftee BOX 1000ポイント分 」にご応募いただいた60代から90代の方645名


Q1.ご自身の物忘れが気になりますか?


はい 76.6%、いいえ 23.4%

今回のアンケートでは、「物忘れが気になる」と答えた方が76.6%と、約8割を占めました。

年齢を重ねると、ちょっとした記憶の抜けに不安を感じる方が多いようです。物忘れは誰にでも起こる現象ですが、脳の健康や記憶力を保つための工夫に関心が高まっていることがうかがえます。

一方で、「気にならない」と答えた方も23.4%。記憶力に自信がある、または前向きに捉えている方も一定数いることが分かりました。

Q2.  最近、うっかり忘れてしまったことは何ですか?


人の名前や顔を思い出せなかった 43.1%、何かを取りに行って、何を取りに来たか忘れた 29.8%、財布やスマホなどの持ち物を忘れた10.5%、とくに心当たりはない 7%、約束や予定を忘れた 3.9%、忘れたことを思い出せない 2.0%、食事や薬を取るのを忘れた 1.9%、そのほか 1.9%

もっとも多かったのが「人の名前や顔を思い出せなかった」で42.9%でした。名前が出てこない、顔は覚えているのに名前が浮かばない……こうした記憶の抜けは、多くの方が経験しているようです。 次に多かったのは「何かを取りに行って、何を取りに来たか忘れた」が29.6%。日常のちょっとした物忘れは、脳の健康や記憶力の低下のサインかも。 財布やスマホなどの持ち物を忘れた方は10.5%、約束や予定を忘れた方は3.9%と比較的少数でしたが、こうした忘れ物は生活に影響するため注意が必要です。

「とくに心当たりはない」と答えた方は6.9%で、記憶力に自信がある方も一定数いることが分かります。

具体的に何を忘れたのかの回答です。

  • 暗証番号
  • カギのかけ忘れ・ふたやドアの閉め忘れ
  • やろうと思ったこと・買おうと思ったもの・調べようとしたこと
  • モノの名前
  • バスの路線

Q3.  忘れないためにやっていることはありますか?


メモに取る・カレンダーに書く 45.1%、スマホのアプリを使っている 31.9%、ルーティン化・習慣化している 9.9%、特に何もしていない 7.5%、家族や友人に頼んでいる 3.9%、復唱する 0.3%、そのほか 1.4%

もっとも多かったのが「メモに取る・カレンダーに書く」で45.1%でした。紙のメモや手帳に予定を書き込む習慣は、物忘れ防止の基本として多くの方に支持されています。

次に多かったのは「スマホのアプリを使っている」が31.9%。リマインダーやスケジュール管理アプリなど、デジタルツールを活用する方も増えているようです。 「ルーティン化・習慣化している」と答えた方は9.9%で、毎日の行動をパターン化することで記憶力を補う工夫が見られます。

一方、「特に何もしていない」という方は7.5%。多くの方が物忘れ対策を始めているようです。

あなたの人生で忘れられない「出来事」はありますか?


はい 82.5% いいえ17.5% あなたの人生で忘れられない「出来事」はありますか?

はい 82.8% いいえ 17.2% あなたの人生で、忘れられない「人」はいますか?

はい 90.4% いいえ 9.6% あなたの人生で、忘れられない「旅」はありますか?

人生で“忘れられない”ものについて尋ねたところ、もっとも多かったのは「忘れられない旅がある」で90.4%という圧倒的な結果でした。旅先での体験や景色は、記憶に深く刻まれる特別な瞬間として多くの方に残っているようです。
次に多かったのは「忘れられない人がいる」が82.8%、そして「忘れられない出来事がある」が82.5%。人との出会いや人生の転機となる出来事も、心に強く残る記憶として大切にされていることが分かります。
ここからは、みなさまが教えてくださった“忘れられないエピソード”を具体的に紹介します。どんな旅や出会い、出来事が人生に刻まれているのか、一緒に振り返ってみましょう。

忘れられない「出来事」

  • 4〜5歳の頃。後に通った幼稚園の花祭りの時、小さなお釈迦様にお水をかけてみんなで賑やかにしたことが、初めて社会に出た楽しかった思い出です!!
  • 10歳の頃母親と大喧嘩をしたこと。嫌なことは結構覚えているかな?
  • 20代の頃、長野県のスキー場の帰り、バスに乗り遅れた私達男女4人は、山の麓のJRの駅に向かって、リュックとスキー板を担いでトボトボと歩いていました。山を下る自動車に、何度か手を上げてお願いしようとしましたが、1台も止まってくれません。そんな時、麓から登ってきたホンダ・シビックがUターンして私達の横に止まり、事情を聞いてくださり、駅まで送って下さいました。しかも、1回では乗り切らなかったため私たち女性を先に送り届け、戻って男性も送っていただきました。その若者が神様に見えました。
  • 30歳のころ海外留学の試験に合格し、1年間ウイーンにある研究所で勉強したこと。
  • 33歳で第二子を出産。退院の前日が3月3日で、暖かい部屋の窓を開けてみると美しい雪景色でした。そして、晩御飯は、男雛女雛のおにぎりが添えてありました。お箸づつみもお雛様の袋で、退院おめでとうございます。と書いてありました。給食を作ってくださった方々のお気持ちがありがたかったです。
  • 5年前、茨城の叔母(75歳)が事故に遭い亡くなったのですが、当時神奈川に住んでいた私が平坦な道を歩いていて転び両膝を怪我しました。後から同日同時間に叔母が事故に遭った事を知り、私を呼んでくれたのかと思いました。
  • 60歳の時、東京で全国で55人の功労者に選ばれ表彰されたこと。
  • 60年ほど前、同僚4人で大阪駅で待ち合わせ。同じメンバーで同じ人が2年続けてドタキャン! 正月早々 1時間 あまり 改札前で3人が待っていた。今では考えられない のんびりした時代でした。
  • 60年以上前、保育所からの帰り道に麦畑がありました。聞いたこともない騒がしい物音? その方に目を向けると、麦の穂より低い背丈の銀色の物体が3体、何か話している様子でした。今でもはっきり目に浮かびますが、宇宙人だったのかと……。
  • 18歳、賀茂川にかかる橋の上に立ち止まって夕日を見ている女性がいて、自分も同じようにしばし立ち止まった。その人が「きれいですねえ」と言い「そうですね」と答えたら、女性が「おおきに」とにっこり笑って立ち去った。ただそれだけの些細なことだったけれど、進学して一人暮らしを始めた緊張感が癒やされ、夕日の美しさと女性の柔らかい雰囲気が心に残っている。
  • 以前に国技館に大相撲観戦に新幹線で出かけたが、両国の駅に着いてからチケットを忘れたことに気づき、何を言っても入場させてもらえず、人生最大の失敗でした。仕方ないので、上野の動物園を見て、また新幹線で帰りました。
  • 私が37歳だった時、父が脳梗塞で倒れました。両親は兄一家と二世帯で暮らしていましたが、ほぼ1人で父の在宅介護をずっと続けていた母の慰労のために、数カ月に一度母娘水入らずであちこち電車で温泉旅行に連れ出していました。父が倒れてから11年、父が他界してから17年目の昨年、母が92歳で亡くなる2カ月前までそれは続きました。本当にさまざまな場所でたくさんおしゃべりし、泣き笑いして過ごした大切な思い出です。

忘れられない「人」

  • やはり奥さんのことかな。
  • 23歳のとき、たくさんの悩みがありました。仕事先で知り合った40代の女性に「あなた、私の旦那さんと同じまっすぐなんだね。だいじょうぶ、心に感じたこと信じてね」と言われました。以降、自分自身を大切にするようになりました。
  • 35年くらい前に同じツアー旅行(中国観光)で出会った高齢の男性が桂林の舟下りのときに、船に集まってくる中国の方の小舟からどんどん料理を購入して同行ツアーの人たちに振る舞った。「もうけさしたり」と言っていた。戦争で中国にかかわり思い入れがあるのかなという思いと、損得ではなく「もうけさせる」という発想を大切にしたいと思った。
  • 40代の時、父が亡くなりました。いろいろなことを助言してくれる人生の先輩でした。いなくなったときこれからは自分で物事を判断しなければいけないととまどったのを覚えています
  • 66歳で先月亡くなった姉です。31年前に難病になり3年前までひとことも弱音を言わなかった強い姉。私ももっと強い人間になりたい!
  • カトリックの修道女で私がつらい時期に、じっくりと話を聞いてくださってその後から、いろいろな方に出会うことができ、仕事にも恵まれ、友人たちに支えてもらえて今があります。彼女と出会えたことで人生が変わったような気がします。
  • トールペイント講師になるきっかけをくれた、当時の公民館の館長さん。自分の作品を持って訪ね、この手芸の教室で習いたいから先生を呼んでほしいと依頼したところ、「それはあなたの作品ですよね?あなたが先生になればよい。体験教室の募集をするから、体験する作品を窓口に置いてください」と逆に依頼され、それからカルチャー講師になりました。館長さんのおかげです。
  • 学生時代にスキー場で知り合った彼女に恋をしてしまい積極的にアプローチしたが振られてしまった。人生で一番理想の人だと今でも思っている
  • こどものころに知り合った人で、戦時中にジャングルでバナナなどを食べたり、トイレではアマガエルのようなヤモリが天井から落ちてきたとか、考えがえつかないまったく違う人生を送っていて、物の考え方も新鮮だった。
  • 両親。高校入学から親元を離れ、自分の好きなようにさせてくれ、支えてくれた。

忘れられない「旅」

  • 小学校の修学旅行で行った福島県の五色沼です。朝早く起きて、クラスのみんなと担任の先生とお散歩してリコーダーを吹いた記憶があります。音楽の先生で、優しくて楽しいことを提案してくれる大好きな先生でした。クラスが仲よくまとまっていたのは、先生のおかげでもあると思っています。
  • 大学生の時、初めてのアルバイトで得たお金で初めてのひとり旅で初めての寝台特急に乗っていつか行きたいと思っていた岩国市の錦帯橋に行ったこと。
  • やっぱり新婚旅行で沖縄に行ったこと。大好きな夫が泳げない私に水泳を教えてくれると言うので、現地で生まれて初めてのビキニを買って、とっくんしてもらったが泳げないままだった。けれど、どれも人生最高の思い出になった。
  • 10年ほど前、北海道のフェスにひとりで行った。現地で友達と合流。フェスも楽しかったし、「はまなす」を利用してオール在来線で行ったのがいい思い出。
  • 37年前、嫁ぐことが決まった私を「この先なかなか母娘で行けるチャンスがないから」と言って母が岐阜長良川の鵜飼いに連れて行ってくれました。暗い中でくりひろげられていた鵜飼いと漁り火が目に焼き付いています。今になって、嫁ぐ娘を思う母の心のありがたさが身にしみます。
  • 1年半ほどひきこもりをして、「このままじゃいけない!」と、一念発起して、頭を丸めて、諏訪から中山道を西に向かい、大阪を望む生駒の山中で、人生のやりなおしを決意した。
  • 高校2年のとき、姉とふたりでなんと!九州一周旅行。旅行なんて行ったことなかったのに、鈍行を乗り継いでユースホステルを泊まり歩き。若い時にしかできない!貴重な体験だった。
  • 高校一年の夏休み、親友と2人で10日間東北の旅に学割周遊券で旅した思い出。帰りには、親友の田舎山形に、世話になりました。忘れられないよい思い出です。
  • 今はない北海道ワイド周遊券を使ったひとり旅。途中で周遊券をなくして途方に暮れた日の夜、泊まった朱鞠内の宿に名寄駅から電話。渚滑駅の売店のおばさんが見つけて届けてくれたとのこと。翌朝名寄駅で無事に周遊券を受け取ることができた。スマホも携帯電話もない時代の真冬のあたたかい出来事だった。
  • 大学院生時代、冬に学会で京都に行った。その帰りに、東京に就職していた友達と飲む約束をして夜の東京に降りて、上野で楽しく飲んで別れて、電車の時間までまだあるから少し酔いをさまそうとしているうちに寝てしまい、最終列車に乗り遅れてしまった。ビジネスホテルに泊まるお金もない貧乏学生だったので、途方に暮れていたら、おじさんに呼び止められて「金あるか、酒買ってこい。あたたかいところ教えてやる」と言われた。からまれるのは嫌だなと思って、ワンカップを2つ買ってきた。そうしたら、駅舎近くの通路に座り込み、「この下をスチームが通っていてあったかいぞ」と教えてくれて、そのおじさんと一晩ちびちびやりながら駅の扉が開くまで待って、ヨレヨレになって仙台に帰った。

まとめ

今回もたくさんのご応募ありがとうございました。

エピソードを読んでいると、みなさんの人生を垣間見たような気がします。
ここで気になった回答をいくつか紹介します。

  • 【忘れられない出来事】5歳頃、保育園に行かずに雨の中軒下にいたこと。
  • 【忘れられない旅】20歳の頃。カニ族で北海道へ。親友と周遊券で初めての長旅。どこも素晴らしく、とくに利尻礼文島ユースホステルで覚えた歌や、ジャガイモにバターをつけてコーヒーに合うことを知ったり、思い出はたくさん。

忘れられない出来事からは、こどもの頃の何でもないワンシーンを。今よりも少し目線が低いところから見た景色を覚えている方も多いのではないでしょうか? 軒下にいるポツンとした感じが印象的でした。
忘れられない旅からは、「カニ族」が気になって選びました。カニ族とは1960年代後半から1970年代に、バックパッカーを指した言葉なんですね。勉強になりました。お得なきっぷを使って、独特のファッションで自由に旅する姿はちょっと憧れますね。
それでは次回もお楽しみに。