2025.06.30ジパング俱楽部使える芸術「陶芸」で、いつもの生活を少し豊かに|定年後が楽しくなる新しい趣味
定年後が楽しくなる新しい趣味を紹介するこの連載。第11回のテーマは「陶芸」です。
技術を習得して、食器や花器、アクセサリーやオブジェなどを自由に作ってみたい、と憧れや興味を抱いている方も多いのではないでしょうか。
埼玉県の「浦和造形研究所 陶芸教室工房ろび」で講師を務める藤本綾子さんに話を聞きました。
藤本綾子さん
陶芸は「芸術」と「伝統工芸」の2つの顔がある
「ほしい!」から「作りたい!」に
電動ロクロの指導をする藤本さん
陶土や磁土といった粘土を材料とし、こねて成形し、窯で焼き上げることで器やオブジェを生み出す、陶芸。芸術でもあり伝統工芸でもある2つの顔を持ちます。
――藤本さんはなぜ陶芸を始めたのでしょうか?
藤本さん 最初はただ東京藝術大学に行くことが大きな目標だったのですが、たまたま陶芸専攻だった予備校の先生のすすめから、デパートで開催されていた陶芸展へ行きました。その時に「ほしい!」と強く思えた作品と出合ったんです。それ以来、陶芸にひかれるようになり「ほしい」→「作れそう」→「作りたい」という気持ちになりました。
飾るのではなく「使える」のが陶芸
藤本さんと作品のひとつ。エレガントなティーカップです
――陶芸の魅力とは?
藤本さん 器というものは私たちが必ず使うものですよね。食器なら、食卓を華やかにしたり、料理を美しく見せたり、おいしくすることができる。それに、日本の食器は種類が多くて、ひとつの料理のためだけの器もあったりします。そんなきめ細かさもおもしろく感じます。そういった生活の大事なシーンを担うことができるのが陶芸のよさではないでしょうか。
――ほかのアートと比べて陶芸はどんな特徴があると思いますか?
藤本さん 身近さでしょうか。アートというと遠く感じますが、陶芸は食器や花器など、誰でも手に取れます。生活空間に彫刻を飾るのは難しくても、陶芸、とくに器なら気軽に置いておけますよね。
「浦和造形研究所 陶芸教室工房ろび」の代表・金子希望(のぞむ)さんにも聞きました
素焼きされた生徒さんの作品を確認する金子さん
金子さん ほかのアートとの違いは、「使える」ですね。絵画や彫刻は飾るものですけど、陶芸に関しては完全に使えるものが作れるんです。自分で作ったカップでお茶が飲める、お皿にサンマをのせられる……というのは陶芸ならではでしょう。
焼き上がりまででき栄えは分からない、火の芸術
この日の教室に参加していた生徒の上原典子さん、内田弘一さん、村田容子さんにも話を聞きました。
焼成に使う電気窯。素焼きの温度は750~800度になります
多種類ある粘土と釉薬(うわぐすり・ゆうやく)の組み合わせによる違いを一覧にしたテストピース
完成したものは愛着が湧き、使うのも楽しい
成形したカップに模様を彫る上原さん
上原さん 私はこちらの絵画教室に通っていて、欠席の振り替えで陶芸を受講したのがきっかけです。
陶芸には憧れがありましたし、普通はなかなか経験しないものだから先入観がないじゃないですか。だから構えず始めやすかった。その人の好きに作れるし、うまい、下手も初心者にはそれほど分からないから、ほかの人のレベルもあまり気になりません。3年続いていますが、陶芸は癒やされますね。
――どんな時が楽しいですか?
上原さん 作りたいものを作れるのが楽しいです。作りたいものを先生に伝えれば、 それに近いものを作る方法や技術を教えてくれます。
完成したものは愛着が湧いて、使うのも楽しいです。使いたいと思う器が自分で作れたら楽しいと思いませんか。
制作中は無心になれる
ロクロでパスタ皿を成形した内田さん
内田さん 陶芸はあしかけ20年になるかな。定年退職して2~3年後に、家の周りを歩くようになった時に初めて近所に陶芸教室があるのを見つけ、陶芸を習い始めました。時間はたっぷりあるし、何かやってみようと思ったんです。
その教室では手びねりでしか作れなかったので、そのうち電動ロクロをやりたくなってこの教室を知って入会しました。
――陶芸のよさは?
内田さん まがりなりにも器ができることに魅力を感じています。今までは、陶器がこんなふうにできるなんて考えもしませんでした。粘土をこねて成形するだけじゃなく、素焼きができあがったらやすりで表面を滑らかにしたりするんですよ。
粘土によって、釉薬によって、さまざまな色に変わることもおもしろいです。 指を動かすこともわれわれの世代には大事ですよね。 制作中は無心になれるのがいいかな。嫌なこともその時だけは考えなくて済みます。 失敗する時もありますけど、「できた!」という達成感も気持ちがいいです。
――これまでどんなものを作られましたか?
内田さん 花器、コーヒーカップ、ビアコップ、お皿、丼……と、ひととおりのものは作ったでしょうか。最近は使いきれなくなってきたので、知人がかかわるバザーに提供して活用してもらっています。
今日作ったのは大皿2枚です。パスタ、焼きそば、カレーに使いたいですね。黒天目(くろてんもく)という釉薬を塗るつもりなので、かなり黒くシックに仕上がると思いますよ。
土に触れて、心が落ち着く
素焼きした皿に絵付けの下書きをしていた村田さん
村田さん 陶芸歴は15年ほどです。主人が習いたがったので、共通の趣味を持ってコミュニケーションを図ろうと始めたのがきっかけです。結局、主人は早めにやめましたけど(笑)、私はもともと絵が好きだったので陶芸の絵付けにはまりました。
――趣味にしてよかったと思うところは?
村田さん やっぱり、土に触っていると自然と接しているようで落ち着きますよね。 それに、陶芸はやきもの、“火の芸術”。平面に絵画を描くのとは違って曲面の絵付けは難しいのですがやりがいがありますし、絵を描いて終わりではなく、窯に入れて焼き上がらないと本当のでき栄えが分からない。焼いてみると別物でびっくりしちゃいますよ。それが陶芸の楽しさであり、奥深さだと思います。
また、集中できるのもいい。夢中でやっていると自分の魂が入っちゃうんですよね。没頭した作品とそうじゃない作品は見ると違いが分かるので、精神状態が出るのもおもしろいです。
県展などに出品することも励みになっています。今以上のものを作りたい!という気持ちになるでしょう? 向上心が芽生えます。ぼけている暇なんてないですよ(笑)。
陶芸から生まれる新しい興味や刺激
新しい目標づくりにちょうどいい
生徒さんたちの作品。色も形も多彩で個性豊かです
――シニア世代の生徒さんにはどんな成長や変化を感じますか?
藤本さん 年齢問わずではあるのですが、生徒さんたちを見ていると、初めは重くしか作れなくてもだんだんと薄く作れるようになる。でも、薄ければいいというわけでもないので、今度は使いやすさや用途を追求するようになる。うまくいかなかった悔しさが、「もうちょっと〇〇したい」という欲が、新しい目標となり次のステージに行ける。そんなみなさんの成長を目の当たりにできて、自分もとても勉強になります。
――シニア世代が陶芸をすることはどんなよさがあると思いますか?
藤本さん ひとつは、目標の持ちやすさでしょうか。単純に作ることを楽しむだけでなく、その先に、誰かに作ってあげたいとか、誰かと一緒に使いたいとか、作品を誰かに見てもらいたいとか、具体的な目的や目標がある人が生徒さんには多いような気がします。
お仕事をリタイアされると目標を失いがちだと思うので、そんな時に陶芸は身近な目標を作りやすいと思います。
また、陶器は使えるものだからあげて喜ばれることが多いので、それが張り合いになることもあると思います。
ロクロで粘土に手を添えながら上へ持ち上げていくと高さが出ます
金子さん 陶芸は細かい作業の連続です。手先を使う創作活動は脳の活性化につながるといわれています。 陶芸には材料の粘土も技法もいろいろあり、自分で作るようになると、それまで意識もしなかったことに気づくようになります。
料理屋さんで器を見て、「私ならこんな料理をのせたいな」とか、「サンマをのせるお皿がほしいな。今度作ろう」と思ったり。陶芸をやらないとそういう発想にはなかなかならないでしょう。
新しい興味や考え方は生きるうえでいい刺激となるので、大事にしてほしいですね。
ゆったりした空間で思いおもいに作品と向き合います
藤本さんの考える、「陶芸を始めたい人への3ステップ」
最近は動画で気軽に作品制作のコツなどを見ることはできますが、「見る」と「やる」はまったく違うので、興味があるならまず陶芸教室で体験を。
私の知人で、陶芸を始めたくて最初にいきなり窯とロクロを買ったものの結局何もできなかったという人がいました。陶芸とはどんなものか、何が必要なのかを知ってから、本格的に取り組むことをおすすめします。
技術向上のためには、絵画と一緒で、好きな作品をまねすることが近道です。ただ漠然と思うままに作るよりも、まねしたい作品があるほうが、再現するためにはどうしたらいいのかが具体的に分かるので、上達は早くなると思います。
デパートや美術館・博物館などで開催されている陶芸展に足を運んで、さまざまな作品を自分の目で見ましょう。作家さんがいれば話を聞いてみるのもいいですね。
また、日本料理店やレストランなどに行ったら、どんな器があるか、どう盛り付けてあるかに注目してみては? 料理の作り手はその器を意識して使っているはずです。陶芸をする側の目線で器や料理を見ると、おもしろみが違いますし、とても参考になりますよ。
文/下里康子 写真/田中仁志