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2025.09.05ジパング俱楽部正座をしない「テーブル茶道」で、どこでも気軽に伝統文化のおもてなしを|定年後が楽しくなる新しい趣味

定年後が楽しくなる新しい趣味を紹介するこの連載。第13回のテーマは「テーブル茶道」です。

日本の伝統的な芸道のひとつである「茶道」は趣味としても常に人気がありますが、その一方、「敷居が高そう」「正座ができないから……」とためらう声も。

テーブルでできる茶道を広める「日本テーブル茶道協会」の代表・神林浩子さんに話を聞きました。


神林浩子さん

12歳で茶道宗徧(そうへん)流に入門し、25歳で教授職・看板の許状を取得。
子育てを経て2006年より茶道を再開し、2013年に武者小路千家の「茶の湯ワークショップ」でテーブルお点前(略盆点前)を学ぶ。
2014年に東京都(秋葉原)でテーブル茶道教室「有結(あゆ)サロン」をオープン。 2015年に一般社団法人日本テーブル茶道協会を設立。
https://japantablesado.com/

日本が誇る伝統的文化を気軽に

正座不要、膝が悪くてもできる


少人数で行なわれるテーブル茶道教室「有結サロン」のレッスン 少人数で行なわれるテーブル茶道教室「有結サロン」のレッスン

独自の様式や作法に則り、お茶を点(た)てて客人にふるまい、あるいは客人としてお茶をいただく行為「茶道」。「茶の湯」とも呼ばれる、日本が誇る伝統文化です。

対して「テーブル茶道」はその名のとおり、畳で行なわれる茶道をそのままテーブルに持ってきた、誰でも気軽に取り組める茶道です。


「テーブル茶道は、服装は自由なんですよ」と神林さん 「テーブル茶道は、服装は自由なんですよ」と神林さん

神林さん 湯を沸かすための釜は使わず、ポットや水筒の湯でお茶を点てるので、お茶室がなくてもテーブルと椅子があればどこでもできます。

畳での茶道は決まりごとが多く、「格」を大切にしています。また、さまざまな流派がありそれによって決まりごとや解釈の違いもあります。ですが、「テーブル茶道」は諸々を取っ払い、流派にもとらわれません。お茶碗は抹茶茶碗ではなく自分の好きなカフェオレボウルを使ってみたり、空間のしつらえも簡略化して自由です。

ただ、おもてなしの心やお点前(てまえ)の所作など、芯の部分は畳の茶道と同じで、伝統を重んじています。


テーブル茶道では水筒に入れた湯を使います テーブル茶道では水筒に入れた湯を使います

――正座をしなくていいことも魅力ですね。

神林さん 「膝が悪くて茶道は諦めていたけど、ここでならできる」とよく言われます。車いすでもできますので、高齢者施設で教室を開くと喜ばれることも多いです。

人に喜ばれる、格の高いおもてなし


「茶道は緊張を楽しむもの。脳のいい刺激にもなります」と神林さん 「茶道は緊張を楽しむもの。脳のいい刺激にもなります」と神林さん

――ご自身がテーブル茶道に引かれたのはなぜですか。

神林さん 楽しい茶道をやりたいと思ったのが一番ですね。

畳の茶道しか知らなかった頃は、作法を厳格に守らなければいけない気持ちが強かったので、友人が家に来ても気軽にお茶を点てることができませんでした。 それが、テーブル茶道ならおしゃべりしながらカジュアルにお点前ができる。それでいて、いつもとは違う格の高いおもてなしとしてとても喜んでもらえるのです。

ホームパーティーでも茶筅(ちゃせん)と抹茶を持参すれば、お湯を借りて、そのお宅にある器を総動員してお点前ができますし、庭園にだって道具を持ち出してシートを広げればすぐに一服が楽しめます。

――日常生活に特別な時間が生まれそうですね。

神林さん 茶道は非日常なんです。ですので、お教室では指輪や時計などを必ず外していただきます。それは道具を傷つけないためでもありますが、「今の生活とは離れた時間を持ちましょう」という意味なのです。

非日常体験は普段なかなかできませんが、私が茶道を長く続けられたのは、そういう非日常状態の空間に自分の身を置けることに幸せを感じたからでもあるんです。

人生100年時代に、長く続けられる趣味を

子育てや介護から卒業した人も

神林さんが開く「有結サロン」では50~60代の生徒さんが圧倒的に多く、子育てや介護から卒業して何かを始めたいと門を叩く方もいるそうです。

神林さん 女性ばかりと思われますが男性もいらっしゃいます。男性は習われると「もっと極めたい」と畳の茶道に進んだり、お茶碗にこだわったり、ひとつのことを突き詰める傾向があるように思います。

女性の場合は講師や生徒さんとのコミュニケーションも楽しみになっているようです。趣味を超えて70代で講師になる方もいるんですよ。

早起きも生かせて、時間を有意義に

道具が簡潔で始めやすい

生徒の品川順子さん、赤津順(より)子さん、佐藤綾子さんにも話を聞きました。


左から、赤津さん、佐藤さん、品川さん 左から、赤津さん、佐藤さん、品川さん


建水、茶碗、茶筅、茶杓、茶巾、なつめ、水筒が主な道具です 建水、茶碗、茶筅、茶杓、茶巾、なつめ、水筒が主な道具です


着付けの先生でもある品川さん 着付けの先生でもある品川さん

品川さん  自宅で料理教室を開いていたのですが、自分のスタイルを作りたいと考えていた時に茶懐石と出合い、茶道に興味を持ちました。

こちらの教室を体験したのが2017年。 自宅で茶を点てたくなっても炉や釜を作る必要はありませんし、お道具が簡潔で身の回りから調達できるという気軽さが魅力です。

年を重ねるといつでも外に出られるわけではなくなりますが、自宅でも自分らしい生活スタイルが構築できたと思っています。

緊張感が心地よく、脳がスキッとする


自宅で教室を開く講師でもある赤津さん 自宅で教室を開く講師でもある赤津さん

赤津さん 若い頃に茶道をかじって、お点前をしている時の凛とした感覚が好きでした。また習いたかったのですが、正座が苦手で(笑)。

ある時、SNSでこの教室を知り、2018年に門を叩きました。 緊張感がとても心地よく、脳がスキッとしましたね。

当時は50代後半で、「人生100年時代なのにこのまま職場と自宅の往復だけで年を取っていくのは嫌だな」と思っていましたが、この茶道ならずっと続けられると感じて今に至ります。

ザワザワする心が鎮まる


アクティブになったという佐藤さん アクティブになったという佐藤さん

佐藤さん たまたま見たテレビ番組に神林先生が出演されていて、テーブル茶道の存在を知りました。

正座をしないテーブル式ならひょっとしたら私にもできるかもしれないと思って、2022年からお世話になっています。

じつは、パワーリフティングもやっているのですが、大会などの遠征先にもお茶道具を一式持って行き、一人でお点前しているんです。お茶を点てていただくと、ザワザワする心が鎮まり穏やかになるんです。

シンプルな幸せが詰まっている

美しい所作が身につき好印象

茶道を行なうことで、どんなことを習得でき、どのような効果が生まれるのでしょうか。

神林さん まずは茶道のお点前の習得ですね。お菓子のいただき方やお茶のいただき方など、日本人のたしなみとして知っておきたい作法が身につきます。 「この年になって知らなくて恥ずかしかった」という生徒さんも堂々とお茶をいただけるようになりますよ。 所作も美しくなるので、食事の席やおもてなしの場などで好印象を持たれるでしょう。

精神的な面では、奉仕の心が満たされます。 お茶をふるまうことで喜ばれ、人のために何かできた、自分が役に立ったという幸せが得られると思います。

また、お点前は精神の浄化にもつながります。現代人は情報に追われてスマートフォンが手放せず、脳が疲弊しているので、ほかのことを考えず、ひとつのことに集中できる時間を持つことはとても大切なのです。


お茶を飲む前にまずお菓子をいただきます お茶を飲む前にまずお菓子をいただきます

腰に挟んだふくさを手に取り、たたみ直します 腰に挟んだふくさを手に取り、たたみ直します


たたみ直したふくさで茶杓を拭いて清めます たたみ直したふくさで茶杓を拭いて清めます

手首を使って素早く茶筅を振り続けます 手首を使って素早く茶筅を振り続けます


お茶をふるまう時は、客人の右側からお茶碗を差し出します お茶をふるまう時は、客人の右側からお茶碗を差し出します

両手で茶碗を持ち、「ちょうだいいたします」と軽く礼 両手で茶碗を持ち、「ちょうだいいたします」と軽く礼

むくみや生活習慣病の予防にも効果的

――抹茶自体の健康作用も見逃せません。

神林さん はい。今、抹茶は世界中でスーパーフードとして注目されています。

煎茶などは茶葉の抽出液ですが、抹茶は日陰で育てた茶葉を蒸して乾燥させ、石臼などで碾(ひ)いて粉末にしたもの。茶葉すべてをいただくので、成分もまるごと摂ることができるのです。 カテキンは抗酸化物質として注目される成分ですが、高血圧や高血糖など生活習慣病予防をはじめ、抗がん作用、抗ウイルス作用、殺菌作用、消臭作用、虫歯予防とさまざまな効果があるとされています。

昔から日本人が食後にお茶をいただくのも、冷蔵庫のない時代に食あたりを防ぐ知恵だったのです。 カフェインは作業効率のアップ、利尿作用があるのでむくみ防止にも役立ち、ミネラルは整腸作用が期待できます。

また、アミノ酸のテアニンは旨み成分であり、リラックス効果があります。 抹茶は本来、中国から漢方薬として伝来したので、数え方は「一杯」ではなく薬と同じように「一服」と表されるのです。


スーパーフードとして世界から注目される抹茶 スーパーフードとして世界から注目される抹茶

インナーマッスルも鍛えられ、美容・健康にもいい

――お点前は常に背筋を伸ばしながら手を動かすので、座ったままとはいえ筋肉も使いそうですね。

神林さん インナーマッスルが鍛えられるので、健康・美容にもいいんです。

人って、口から入るものだけで幸せになれるんですよね。 お菓子やお茶を口にして、「おいしかったなあ」と思えるだけで満足できる。茶道にはそんなごくシンプルな幸せがあります。

――シニア世代も手軽に幸せになれる趣味かもしれませんね。

神林さん そうですね。テーブル茶道ならご自宅でできるので、家族や友人などが集まるたびにお茶を点てられます。 「こどもとの会話がめっきり減ったのが、お茶を通していろいろ話せるようになった」「夫が外出帰りに和菓子を買って来てくれるようになった」などと、生徒さんからお話を聞くと、お茶が団らんのきっかけにもなり、周りの方にも幸せを分けられているように思います。


レッスンの合間のおしゃべりも楽しい時間です レッスンの合間のおしゃべりも楽しい時間です

神林さんの考える、「テーブル茶道を始めたい人への3ステップ」

① 体験できる場を探そう!
 

自分で道具を揃えてから始めるよりも、まず、教えてもらえる場を探して体験するのが一番。 テーブル茶道を学べる場は今では全国的に増えています。私たちの教室のように手ぶらで参加できる場所に、気持ちひとつで飛び込んでみてください。


② 積み重ねが上達への近道
 

上達への近道は、とにかく数をこなすこと。毎日お点前を続けていくと、無駄な動きがなくなり洗練されていきます。 朝10分早く起きてお点前をするとか、お客様が来たらお点前でおもてなしをするとか、ご家族との団らんに一服点てるとか、機会を見つけて積み重ねましょう。


③ 姿勢と指を大事に!
 

お点前に夢中になると、つい顔が前に出たり、前傾姿勢になりがちです。自分の体の軸がぶれないように姿勢を保つことを日常的に心がけたいですね。

指も大事で、生徒さんにはよく「ここ(教室)に来たら4本の指(人差し指、中指、薬指、小指)に糊をつけてくださいね」と言っています。道具を持つ時、指と指の間が開いてしまう人も多いのですが、4本の指をしっかり揃えて持つのがポイントです。

日頃から、何かを受け取る時にも“指に糊”を意識すると所作がきれいに見えますよ。


文/下里康子 写真/田中仁志