2025.08.05ジパング俱楽部鉢の中に風景を表現する「盆栽」と向き合い、時間を有意義に!|定年後が楽しくなる新しい趣味
定年後が楽しくなる新しい趣味を紹介するこの連載。第12回のテーマは「盆栽」です。
中高年男性が嗜(たしな)む渋い趣味というイメージは今や昔。近年は女性、若者、こどもと幅広い人が関心を持つようになりました。
埼玉県の盆栽園「清香園(せいこうえん)」で「彩花(さいか)盆栽教室」を主宰する山田香織さんに話を聞きました。
山田香織さん
大自然の風景を鉢の中で表現するのが盆栽
「盆」は「鉢」という意味
趣ある佇(たたず)まいの「清香園」の正門に立つ山田さん
盆栽の「盆」という字は「鉢」の意味。一鉢の中に、大自然の風景を一本の木で表現する盆栽は、見立てや空間を楽しむ美術品とも、想像の遊びともいわれます。
伝統的な盆栽に対し、「清香園」の山田さんが提唱する「彩花盆栽」はより華やか。木だけでなく草花を添えて、小さい庭を作るように寄せ植えにします。選んだ鉢がその木々と草花による景色を引き立てます。
木の根元に下草を植えるなど、複数の植物を寄せ植えした作品
山田さん 花や実を楽しむだけではなく、木の造形を作りながら、山の風景なり、海沿いの風景なり、心の中の原風景なりを表現していきます。自分で描いたとおりのものができればうれしいですし、飾っても楽しめます。楽しみ方が広がるものだと思います。
実技に入る前に講師が作業の要点を伝えます
根の張り具合がみごとなヤマモミジの盆栽
育てれば育てるほどいとおしく
「夏は日差しと暑さが心配ですね」と山田さん
――山田さんは盆栽のどんなところにひかれますか?
山田さん 盆栽によっては何百年も生きている木があります。しんどかったり悩みがあったりする時は、そんな古い盆栽のそばに行き、盆栽の時間軸に入ります。生命の営みというか、時間の流れが人間とは全然違う異次元なので、悩みを俯瞰させてくれる。「あなたの何百年に比べたら私の40年なんて……」と思わせてくれるんですよね。
古い盆栽にはそんな宇宙を感じられるのがおもしろいですし、若い木なら同時進行で一緒に生きていく相棒のような感覚が強いです。
育てれば育てるほど、情が移って、いとおしくなって、「お前もずいぶん太くなったね」とか「最近調子悪そうだね」なんて話しかけたりして、ペットのような感覚になりますね。 単に、木の造形、風景を鑑賞するだけではなく、盆栽の持つ時間の流れも感動できるのです。
管理のしやすさはシニア世代にもいい
紅葉や落葉が楽しめる、育てやすい唐楓
――ガーデニングや生け花などとの違いは?
山田さん 生け花は、長い歴史のなかで確立されてきた形がありますが、盆栽はそこまで厳格な形はありません。どちらかというと盆栽はアクアリウムの感覚に近いかもしれません。水槽の中の空間に大きな景色を表現して、お手入れをして、そこで生き物を飼ってみたりする。美しい世界が仕上がった時に無上の喜びがある、という。
ガーデニングも楽しいですが、気を抜くとすぐに草葉が茂りますし、日々の管理は本当に大変。ですが、盆栽はとにかく管理しやすい。持ち運びができ、残土の処理も楽、植え替えしても鉢は巨大にならない。小さいから消毒も簡単です。ある程度コントロールできる園芸ではないでしょうか。
生徒様も年齢を重ねるにつれて、「先生、重いのは嫌だから小さくしたい」とおっしゃるようになります。盆栽は鉢のサイズをキープしたり、小さくする技術があるので、コンパクトに楽しめる点はシニア世代にもメリットだと思います。
早起きも生かせて、時間を有意義に
時期に合わせた手入れを学び、実践
盆栽教室とはどんなことをするのでしょう。
「彩花盆栽教室」の場合、入門してしばらくは素材(植物)と鉢が用意され、講師の指導のもと、植え付けて盆栽を仕立てます。そして、それを持ち帰り自宅で育てていきます。
回を重ねて手持ちの盆栽が増えてくると、指定された盆栽を持参し、枝葉の剪定や植え替えなど、時期に合わせたお手入れを講師から学びながら実践します。
講師の方が席を回り、一人一人の鉢を見てアドバイスします
訪れたこの日の教室は、手持ちの盆栽の夏のお手入れがテーマ。樹形向上のために枝や幹に針金をかけ矯正する「針金成形」をしたり、松の葉を短くするための「芽切り」などを行なっていました。
葉を長く伸ばさないために新芽を切ります
曲げたい枝にていねいに針金を巻きます
この日受講していた生徒のヤブツバキさん、関典子さんにも話を聞きました。
やればやるほど集中できる
松を手にするヤブツバキさん
ヤブツバキさん 浦和の商業施設で盆栽の展示販売会を見て、6年前に始めました。花に興味があってカトレアなども育てているのですが、盆栽の小ささにひかれました。
――取り組んでみてどうでしたか?
ヤブツバキさん 奥が深くて、やればやるほど集中できるというか。
あちこちの盆栽展に足を運んだりするようにもなりましたね。
今は盆栽をやる若い人が結構増えていますよね。YouTubeにも盆栽関連の動画は多いんですよ。
――何を育てるのが好きですか?
ヤブツバキさん 雑木類が好きで、とくに紅葉がきれいなものがいいですね。ロウヤ柿などの「実もの」もいい。実がなる喜びがあります。
でも、自分にとって盆栽は幅広くある趣味のひとつなので、毎日忙しくて……。 盆栽の作業で大変なのは夏場。水やりが欠かせないんですよ。
日本文化を守る一役にも
3鉢のお手入れをした関さん
――盆栽を始めた理由は?
関さん 2017年、銀座で盆栽の展示を見た時に1日体験のことを知ってチャレンジしました。62歳から始めましたが、最初から楽しめています。 今まではよく植物を枯らしていたんですよ。でも、そういう記憶はなくして(笑)、日本文化を守っていくことも大事かなと思いました。
――盆栽を続けてよかったと思うことは何ですか?
関さん まずは季節を感じるようになりました。
それに、私はほかにも習い事をしているのですが、盆栽をしていることが話題になって、「今度発表会に持ってきて!」と言われたりすると、盆栽を作る楽しみのほかに、人に見せる、あげる楽しみもできる。もっと大切に育てよう、もっとセンスよく仕立てよう、なんて新しい意欲も生まれます。
――生活も変わりましたか?
関さん 年を取ってくると早起きしようと思わなくても早く目覚めてしまうんですよね。でも、その分、盆栽と向き合う時間ができるのでちょうどいい。私は起きたら、ベランダにある盆栽たちにまず挨拶して、話しかけながら水やりをします。「今日はどんな具合かな~?」って盆栽たちの様子をチェックする。その時間が大切だし、励みになっています。
どうせなら時間を有意義に使いたいですし、人間はいくつになっても成長しなければいけないなとも思うんですよね。ここのところ猛暑で枯らすことが多くて盆栽たちにはかわいそうだけど、それも自分の経験だと思って次に生かしていきたいと思っています。
触ること自体がヒーリングに
健康促進にもつながる
どの葉を切ればいいか、講師が指導します
――シニア世代が趣味にするメリットについてどう思いますか?
山田さん 手先を動かすことはもちろんですが、生き物を育てるほどよい緊張感のおかげで生活にハリが出ると思います。普段使わない感覚、五感も大いに刺激されますし。根っこのにおい、土のにおい、花のにおい……、今の都市生活で自然を感じることってなかなかありませんよね。でも、植物がないデジタルな生活って疲れませんか?
自然とつながる安心感は人類にとってきっと不変なこと。植物に、土に、触ることそのものがヒーリングだと私は思います。盆栽が身近にあるだけで、同じ姿勢でずっとテレビを見続けてはいられません。窓をガラッと開けてベランダに出て、水やりを続けるだけでも運動になるし、日常的に日に当たって、四季や気温に敏感になって、健康促進にもつながると思います。
道具は盆栽ばさみ、竹箸、根かき、ピンセット、やっとこなど
余分な力が抜けて、冷静な判断も
葉が茂った堂々たるヤマモミジ。目線を同じ高さにして木を見上げることで大木感を感じます。これが盆栽鑑賞の楽しみ方のひとつです
――盆栽を続ける生徒さんにはどんな変化を感じますか?
山田さん 生徒様も5年くらいお続けになると、余分な力が抜けるようです。「うちではこの木は育たなかったけど、この木なら育つから」などと、うまくいかないことも冷静に受け入れて、ご自身に合った盆栽ライフを確立しているようにお見受けします。
――枯らしてしまうのはつらいですね。
山田さん はい、みなさんすごく悲しまれるんですよ。大事にしてきた盆栽だから。でも、そこも含めて植物とのかかわりを心得る。盆栽を育てると、何百年の盆栽がいかに手間をかけて受け継がれてきたものかを実感でき、その真価がわかります。山火事を見れば「取り戻すのに何十年かかるんだろう」と思いを馳(は)せますし、農業や林業の尊さがリアルに感じられるんですよね。
――それゆえ、丹精こめて育て、花が咲いた時の喜びは本当に大きい。
山田さん そうですね。このサイズ感だからこそ儚(はかな)げにも見えますしね。 盆栽はひとりでは生きていけません。人と一緒じゃないと生きていかれない。そんな点もまた、山坂越えてきたベテラン世代にとっては一層感慨深く味わえるのではないでしょうか。
旅に出たくなり、見た景色が作品づくりの糧に
石付きの五葉松の盆栽。崖の景色が見えてきそうです
――最後に一言お願いします。
山田さん 盆栽は、私は入口のひとつだと思っています。それを機に、旅に出たくなったり、やきものの里を訪ねてみたくなったり、梅林や植物園で観察したくなったりと、興味関心が広がるアイテムなのではないでしょうか。もし遠くに出かけられなくてもわが家で取り組めますし、出かけられれば、見た景色が作品づくりの糧になるでしょう。ですので、趣味のひとつとして気軽に触れてみてほしいですね。
「清香園」では素材の植物や鉢などの販売もしています
山田さんの考える、「盆栽を始めたい人への3ステップ」
盆栽は屋外で育てるのがベスト。まずはわが家のどこに迎えるか、場所を探しましょう。主に庭、ベランダ、玄関先になるかと思いますが、毎日水やりすることを考えると生活動線の中にあるといいでしょう。
場所を決めたら、おうちとなる棚を用意して、周りの整理整頓を。 地面に直置きするのではなく、棚に置きたい理由は主に3つ。照り返しによる枯れを防ぐため、病害虫から守るため、風通しのためです。できる限り地面から離れた高さになるような棚や台がおすすめです。
自分が育てたいと思う盆栽を迎えましょう。
初めての盆栽なら、唐楓やヤマモミジなどのカエデ類もいいと思います。お手入れが複雑な松と比べて、育てやすいこと、四季の変化があることがポイントです。紅葉して、葉が落ちて、新芽が出て……と、年間通して変化のあるほうがおもしろく、感動も大きいはず。
鉢を買うなら、必ず鉢底に排水穴があり、内側に釉薬が塗られていない鉢を選びましょう。
盆栽は生き物なので、育てていくうえで戸惑うことも多いはず。モチベーション維持のためにも相談相手を見つけておくことも重要です。盆栽園やお店など、購入先が聞きやすいでしょう。ネット購入の場合は、売りっぱなしでなくアフターフォローをしてくれるところを選ぶと安心です。
相談相手ができて、安心して盆栽を楽しめるという点では、盆栽教室に通うのも有効です。
文/下里康子 写真/田中仁志