トレたび JRグループ協力

2025.12.08ジパング俱楽部自分の感性、人生が生かされる「絵画」で、どこまでも自由な世界を描く |定年後が楽しくなる新しい趣味

定年後が楽しくなる新しい趣味を紹介するこの連載。第16回のテーマは「絵画」です。

多くの人が幼少期から親しみ、学校の授業でも取り組んできた絵画は、人生で最初に触れる芸術ではないでしょうか。


画材も画風もテーマも縛りのない自由な表現を、時間のある今こそ楽しんでみませんか。
日本画家で「彩光舎(さいこうしゃ)絵画教室」の講師を務める伴戸玲伊子さんに話を聞きました。


伴戸玲伊子(ばんどれいこ)さん

1974年、京都府生まれ。2000年に女子美術大学大学院美術研究科日本画修了後、日本画家に。
2005年文化庁新進芸術家海外派遣員、2018年日経日本画大賞展(上野の森美術館)、2024年女性日本画家展(佐藤美術館)に出展ほか、画廊、百貨店、美術館の個展・グループ展に多数出品。

複数の美術大学にて助手や非常勤講師を務め、現在は、彩光舎絵画教室、SRカルチャースクール(ともにさいたま市)で講師として絵画指導を行なう。

「彩光舎絵画教室」のホームページはこちら

 

絵画はおおらかで自由度の高い芸術

日常の中の小さな発見を味わえる

小さい頃から絵を描くのが好きで、小学生の時から絵画教室に通った伴戸さん。中学時代から油彩を始め、美大受験を志望後はデッサンや水彩画に取り組み、大学から日本画を学んだそうです。

伴戸さん 小学校の写生大会が好きでしたね。学校の延長線上でありながら特別な時間。友達の普段とは違う一面も感じられるし、「どこを描こうかな」と思い悩んで風景を探すうちに通い慣れた公園や道もちょっと違って見える。そういう日常の中の小さな発見を味わえることが楽しかったのでしょうね。

手軽で続けやすい芸術表現

――どんなところが絵画の魅力だと思いますか。

伴戸さん いつでも自分らしく表現できる「自由度の高さ」ではないでしょうか。絵画は、どのような世界をどのように描いてもいい。自由だからこそ難しくて楽しい。また絵画教室なら、共に制作してそれぞれの個性や価値観をおおらかに認め合えるのが魅力だと思います。

たとえば、影の色を作る時は極力、混ぜる色を指定しないようにしています。色感は個人差が大きく、人によって影は青くも赤くも見えますから、それを限定したくない。自分の感性を大切に、自由に描いてもらいたいと思っているんです。

また、素晴らしい芸術表現はいくつもありますが、道具や設備、体力や根気が伴う作業は時として継続が困難になります。絵画は、手元にある筆記用具でも描くことができるので制作の続けやすさもあります。


伴戸さんのスケッチ見本。いろいろな描き方があり、印象も異なります 伴戸さんのスケッチ見本。いろいろな描き方があり、印象も異なります

絵の具による発色の違いを知ろう

――ひと口に絵画といっても水彩画、油画、日本画などジャンルはありますが、その違いは?

伴戸さん まず、画材と技法が異なります。特に絵の具の違いが大きいのではないでしょうか。
どの絵の具にも色彩の素となる顔料が含まれていますが、これにどのような定着材を加えるかによって絵の具の種類が変わります。
おおまかに言うと、アラビアゴムを用いたものが水彩絵の具、油を加えたのが油絵の具、岩絵具(定着材を含まず、制作時に膠を使用)などを日本画絵の具と呼びます。

その表現を比べると、発色も質感もそれぞれ。水彩画はみずみずしく淡い。油画は立体的な盛り上げもでき、透明感や艶感も出せる、バリエーション豊かな表現手法。日本画は半貴石などを砕いて作る岩絵の具に代表されるように、独特な輝きや柔らかい色彩が多いことが特徴です。

屋外で水彩画を描く場合、持ち運ぶ画材類は少なくしたいですよね。
私はパレットに水彩絵の具を20∼30色程度あらかじめ出して乾燥させたものを持ち運んでいます。これにスケッチブック、筆1∼2本、ペットボトル1∼2本分の水があれば十分です。

また、色鉛筆(油性・水性)、ペンなどを使って描くのも味が出ておもしろいですよ。さまざまな画材があるので、ご自分のライフスタイルに合ったものを選ぶとよいと思います。


屋外スケッチに必要な道具。ペットボトル2本分ほどの水も必要です 屋外スケッチに必要な道具。ペットボトル2本分ほどの水も必要です

――絵画初心者には水彩画が始めやすそうですね。

伴戸さん そうですね。はじめにデッサンや水彩画を学んで基礎力をつけておけば、油画、日本画、テンペラ、パステル、水墨画など、さまざまな表現ジャンルに移っても応用できると思います。
絵画初心者の方には特に、美術館・博物館で実物の作品を鑑賞することをおすすめします。自分はどんな作品に引かれるのか、どんな発色やタッチが好きか、テクスチャー(質感)の好みはどうかなど、「好き」が具体的になれば自然と描きたいものが見えてきます。

打ち込めるものがあるだけで世界は広がる

季節の色の変化にも気づくように


制作前にデモンストレーションをする伴戸さん 制作前にデモンストレーションをする伴戸さん

見本があると、生徒さんのイメージも膨らみます 見本があると、生徒さんのイメージも膨らみます

伴戸さんが受け持つ「やさしい水彩画と色鉛筆画教室」は、デッサンをしたことがない人、自分で絵の具を買ったことのない人でも始められるビギナー向けの教室です。月2回の講座では、鉛筆の削り方、色の仕組みや物体の形の取り方など、講義で一から教わりながら、基礎のデッサンから着彩まで順を追って学ぶことができます。

おじゃましたこの日は、教室で初めてのスケッチ会。会場となった公園は朝から快晴で、絶好のスケッチ日和です。
伴戸さんによる説明とデモンストレーションを経て、公園内でスケッチ開始。参加者は思いおもいの場所で筆を動かし、伴戸さんが巡回し個別指導を行ないます。中間と最後には描いた作品を一堂に並べての講評タイム。伴戸さんは一つひとつにアドバイスをします。

教室がスタートした2025年に入会し、スケッチ会に参加した、きょうこさん、さちよさん、おおやまさんにも話を聞きました。

難しさも一つひとつクリアしていきたい


「風景画が好き」と、きょうこさん 「風景画が好き」と、きょうこさん

きょうこさん 仕事が一段落して、絵を描きたくなって教室に入りました。学生時代は美術部で、絵も美術館めぐりも好きです。物作りにも興味があり、これまでアートフラワー、指輪づくり、編み物もやりました。

――大人になってからの絵画はどうですか。

きょうこさん 難しい(笑)! プロの先生による指導は、奥が深くて、学べば学ぶほど難しく、まだ今は「楽しい」までは辿り着いていないんです。でも、それをクリアしていくのがいいのかもしれませんね。いつか自由に描けるようになりたいです。

――絵画を始めてご自身は変わりましたか?

きょうこさん 絵を鑑賞する視点はガラリと変わりました。自分で描くようになると大変さが分かるから、大したことないと思っていた作品も、そのすごさに気づけるようになるんです。画家さんのモチーフのとらえ方に共感したり、感心したり……。

――ずばり、絵画の魅力とは?

きょうこさん 自分ひとりで向き合えることがいいですね。教室に通っていても基本的にひとりの戦いと言いますか、ひとりで取り組むものだから、周りの人に気を遣わずに打ち込めます。個人プレーが好きな私には性に合っています。
絵画って感性が大事だと思います。続ければ、誰にも遠慮することなく自分の気持ちや感性を出せるいい趣味になるのではないでしょうか。

いつかスケッチ旅行をしたい


和気あいあいと個別指導を受けるさちよさん(右) 和気あいあいと個別指導を受けるさちよさん(右)


さちよさんのお父さんが80代で描いたスケッチ画。印刷して絵葉書にしたそう さちよさんのお父さんが80代で描いたスケッチ画。印刷して絵葉書にしたそう

――絵画教室に入ったのはなぜですか。

さちよさん 60歳になったら何か始めたいと思って絵画を選びました。仕事は今もフルタイムなので、教室の日は会社に半休をもらって通っています。
それまで絵を習ったことはないのですが、もうすぐ100歳になる父がちょうど私と同じ年の頃から絵を習い始めて、80代に銀座で個展を開いたんです。そんな父と一緒に絵を描きたいなと思ったのがきっかけです。毎週スケッチブックを持って実家に帰り、父の体調に合わせながら庭や室内で絵を描いています。

――ご自身に感じる変化はありますか。

さちよさん 色への関心が高まりました。同じ赤でもこの赤とこの赤は全然違うなとか、木の緑を見ても、この緑とこの緑は違うなあとか、感じられるようになりましたね。
それと、電車に乗っている時でも歩いてる時でも、景色を見ると、風景画としてとらえるようにもなりましたね。たとえば、直線の道が先に行くほど一点に集中していくことを認識できたり、「この景色を絵に描くなら……」と考えたりというふうに。

――今後してみたいことは?

さちよさん スケッチ旅行をしたいです! 私の父は80代でヨーロッパへスケッチ旅行に行きました。私も、5~6年後にはちゃんとした風景画を描けるようになりたいですし、スケッチ旅行に出かけられるような80代になれたらいいなと思います。

自分の生きた証しをかたちに残したい


黄葉の道をスケッチするおおやまさん(右) 黄葉の道をスケッチするおおやまさん(右)


風景写真を模写したおおやまさんの作品 風景写真を模写したおおやまさんの作品

おおやまさん(仮名) 70代になってから自分の生きた証しを何かかたちに残したいと思うようになり、絵画教室に入りました。大学時代には絵のサークルで油絵を描いていたのですが、講師はいなかった。だから基礎からしっかり勉強したかったんです。
ソフトウェア開発の仕事をした後、今は大学で講師を務めています。絵画は使う脳が違うから、頭の疲れが取れるような気がしますね。

――何を描くのが好きですか。

おおやまさん 四季折々の風景を描いていきたいですね。ひとつの風景でも季節によっても時間によっても、表情が違うじゃないですか。発見があっておもしろいです。おかげで、今まで見過ごしていた季節の色の変化にも気がつくようになりました。ぼーっとしている無駄な時間がなくなったような気がします。

家で水彩画に挑戦した時もありましたが、ひとりだとつまらないし、自分の描き方がいいのかどうか分からないんですよ。教室に通えば先生や仲間がいて、質問したり励まし合いながらできるのでありがたいです。

 

今後の希望は、何年後かに教室のみなさんとグループ展をすること。また、個人的には私自身の画風、描き方を追求していければと思っています。
そういう目標があると、「5年後まで頑張ろう」とか「10年後まで元気でいよう」という気持ちが湧いてくるんですよ。われわれ高齢者にはその気持ちが大事だと、絵画に取り組んでみてそう感じました。

 

――「興味はあるけど絵が下手で」という方もいるかもしれませんが……。

おおやまさん それは自分で思っているだけ。描きたい気持ちがあればどんな方でも描けます。自分では上手に見えなくてもそれが個性に変わってくるのだと思います。
絵じゃなくても自分が打ち込めるものが一つあるだけで、世界がちょっと広がるはずです。

年齢を重ねるほど、人生経験を生かした豊かな表現ができる

美しいものを美しいと感じる心はエイジレス


参加者の制作中の作品を並べて、中間講評をする伴戸さん 参加者の制作中の作品を並べて、中間講評をする伴戸さん

――絵画に取り組むことでよかったと思うことはありますか。

伴戸さん 日常の中にある美しい瞬間に気持ちを向けることで、日々の過ごし方が変わりました。たとえば、晩秋の夕暮れ時、日差しの最後のひとすじが薄い雲を通してふんわりと地面の枯れ葉を照らし出している。黄金色に輝く枯葉のグラデーションが美しいな、絵になるなと感じる。風に揺れるたびに変化する木陰の色も、食卓に上る季節の果物の姿も、グラスの中の水のきらめきも、小さくて何気ないものに宿る美しさにハッとしたり。
ささやかだけど美しい瞬間に触れると、新鮮な喜びが湧いてきて、それだけでも気持ちが明るくなります。そういう発見ができたら今日は幸せだなと感じるんです。そして美の瞬間に触れたくて絵を描く。つまり制作のモチベーションにもなっているんですね。

――それは年齢関係なく?

伴戸さん 関係ありません。いくつになっても、美しいものを美しいと感じられる心はずっと変わらないはず。エイジレスです。

旅で見た景色を絵にすることで追体験


生徒さんの個性豊かな作品。「みんな違ってみんないい」と伴戸さん 生徒さんの個性豊かな作品。「みんな違ってみんないい」と伴戸さん

――生徒さんの中には、「旅先で絵を描きたい」という方も多いそうですね。

伴戸さん 「旅行が趣味なので写真だけじゃなくて絵も描いてみたい」というお声があります。旅先で写真を撮っても、撮りっぱなしになるから、と。目にした景色を絵に描くと、ずっと覚えているんですよ。それはじっくりと観察するからだと思うのですが、自分で描いた絵を見返すと「この日は風が強かったなあ」と、記憶が鮮明によみがえったり、もう一度旅をするように絵の中の時間を追体験できたりします。

絵画は人生観が表われる

――絵画に取り組むにあたって、シニア世代ならではの強みを感じることはありますか。

伴戸さん 人生経験を生かした豊かな表現ができることでしょうか。絵を描くことは人生観が表われる。絵画って人そのものなんです。
たとえば、看護師の生徒さんが描く人物って、ちゃんと厚み・重みがあるんですよ。それはやはり人間というものと長年向き合ってきたからだと思うんです。建築士の生徒さんが描く街並みは端正で整っている。それは設計する目線を持っているから、街を俯瞰して見ることができるのでしょう。

みなさんの人生経験がそれぞれの作品に自然とにじみ出ているので、「その観点から解釈するとこうした作品になるのだな」と驚きと感服の連続です。私は絵のことしか分からないので、むしろ生徒さんに勉強させてもらっています。その人らしさがそのまま表現できるようにこれからもみなさんをお支えしていきたいですね。


制作終了後、参加者一人ずつ感想を言い、拍手で称え合います 制作終了後、参加者一人ずつ感想を言い、拍手で称え合います

伴戸さんの考える、「絵画を趣味にしたい人への3ステップ」

① 心に響くものを大切に!
 

きれい、かわいい、ジーンとくる、気になる……など、ささやかなことでもいいので自分の心に響くものを見つけましょう。スケッチする時間がなければ、写真を撮る、メモに書き残すだけでもOK。感動のカケラを集めることが、自分らしい絵を描く種になります。


② 作品を鑑賞しよう
 

美術館や博物館などで実際に作品を鑑賞しましょう。観察して、どんな順番で色が重なっているのか、どんなものを使って描かれたのか、なぜこのように描いたのか、などを推察してみてください。創作のヒントがきっと得られるので、ご自身の作品制作に試してみるといいと思います。
普段行かないジャンルの展覧会、訪れたことのない美術館や博物館に出かけるのもおすすめ。思いがけない発見や、新しい自分と出会うこともあり、興味や視野が広がります。


③ 好きな絵を集めよう
 

好きな絵を、ポストカードや画集、写真、新聞雑誌の切り抜きなどどんなかたちでもいいので集めてみましょう。好きなもの、心引かれるものを自覚すれば、どんな作品が描きたいのか目標が明確になるはず。同時にセンスを磨くことにもつながります。できれば、ファイルやスクラップブックを作っておくと、見返すことができて分析・検討しやすく効果的です。


文/下里康子 写真/オカダタカオ