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2023.06.28鉄道『鉄道小説』収録、滝口悠生氏の「反対方向行き」が受賞! 第47回川端康成文学賞 贈呈式

鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト
2022年10月14日の鉄道開業150年に向けて、交通新聞社で始動した鉄道文芸プロジェクト、通称「鉄文(てつぶん)」。さまざまな角度から「鉄道×文芸」について掘り下げます。


『鉄道小説』収録「反対方向行き」が第47回 川端康成文学賞を受賞

昨年刊行したアンソロジー『鉄道小説』に収録されている、滝口悠生さんの「反対方向行き」が、第47回川端康成文学賞に選ばれた、とのニュースを耳にしたのは今年の4月。

川端康成文学賞とは、公益財団法人 川端康成記念会が主催する文学賞で、前年度に刊行された短編小説の中から最も完成度の高い作品に贈られる賞です。

そして、6月23日、東京都港区のオークラ東京プレステージタワーにて、第36回三島由紀夫賞・山本周五郎賞(一般財団法人 新潮文芸振興会主催)と併せて行われた贈呈式に、「鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト」事務局のメンバーも参列。受賞の喜びを分かち合いました。

 

今回は、川端康成文学賞の受賞者挨拶と、選考委員代表の小説家・辻原登氏による祝辞の一部を抜粋してご紹介します。

受賞者挨拶


受賞者挨拶をする滝口氏 受賞者挨拶をする滝口氏

この度はありがとうございます。

賞に関わる方々に作品を読んでいただいたことを大変嬉しく、ありがたく思っています。

こんな華やかな立派な場にいると、全て自分の手柄のように思えてしまうんですが、辻原さんがおっしゃったように、小説を書くというのは、自分の言葉ではなく他者の言葉、他者の声を聞くことだと年々思うようになっています。こういう場所にも、作中の登場人物たちが来てくれて、彼らにお祝いを言えたりするといいなと思います。

小説というのはフィクションなので、現実には登場人物たちもここには来ないし、どこにもいないので、代わりにこの場にいるというような感じがしています。


フィクションではありますが、フィクションの中に書かれて読まれた人たちが、現実の私たちを励ましてくれたり、助けてくれたりするということもあるので、小説を書くこと、そして読むことというのは、面白いし、不思議だし、すごいことだな、と小説を書いていると思います。

今回、受賞をいただいた、「反対方向行き」という作品は、実は10年前に書いた「寝相」という作品の後日談として書いたものです。なぜそんな前の話の後日談を書いたのか、というと、もう、締切を大幅に過ぎてしまって、まだ何もかけないという状態で思いついた苦肉の策みたいなところがあります。

なので、身も蓋もない話ですが、かつて自分が書いた人たち、その小説に書かれた人たちが、現実の書き手に助けの手を差し伸べてくれたようにも思っています。

そして書いた作品が、こういった立派な賞をいただくことになると、なんか、いいのかなという気がしますが、それもやっぱり読んでくださった方が決めたことなので、読み手と作中人物との間に結ばれた関係、その言葉によって結ばれた関係だと思うので、書き手が恐縮するのも、またちょっとおかしなことなのかもしれない、と思います。

この、「反対方向行き」という作品は、鉄道を題材にした『鉄道小説』というアンソロジーのために書いた作品で、その『鉄道小説』という本は、交通新聞社という出版社、いつもは毎月の時刻表や、情報誌の編集をしている方々が有志で集まって、小説の本を作ろうと立ち上げたプロジェクトの一環として、編集され刊行された本です。

朝比奈さん(編集部注:同日に、第36回三島由紀夫賞を受賞された朝比奈秋さん)が、「何の因果か小説を書き始めることになって」という風におっしゃっていましたが、小説家という仕事は、ほっといても小説を書いてしまう人が就く、就くほかない、それしか残されていない、みたいな仕事のような気もしていて。

ただ、続けていると「書きなさい」とか「書いてみたらどうですか」という風に背中を押してくれたり、きっかけをくれたり。話を自分に向けてくれる人がいることで、自分が書き手であり、その仕事を続けられるということも事実です。

「反対方向行き」は、そのことを改めて気づかせてくれた仕事でしたので、プロジェクトに関わって、本を出すことに協力、尽力してくださった方々に、改めてこの場でお礼を言いたいと思います。

どうもありがとうございます。

選考委員祝辞


祝辞を読む辻原氏 辻原氏から祝辞が送られた

賞の贈呈の様子 賞の贈呈

滝口さんは、受賞の言葉の中で「小説の言葉は誰のものか」と問いかけて、「それは作中の人物たちのものだと思う。書き手である自分は、彼らの言葉を受け取って読み手に届ける中間業者のような位置にいて、書かれた言葉は読み手に届く一方、作中のひとたちにまた返っていくのではないか。そして書き手の手には残らない。」と述べておられます。

私は、これは見事な小説についての解説の1つだと思います。

時刻表の中にある路線図、日本地図ほど不思議なものはなくて、路線と駅名を書き入れただけのものですが、正確な方角、距離、場所、時間を示すものではないのに、眺めているうちに奇怪な生き物のように動き出します。

やがて1人の作家の手で時間と空間の彩色を施されて小説の言葉となって編み出され、湘南新宿ラインで宇都宮へ行くはずが、間違えて反対方向、小田原行きに乗ってしまった主人公なつめの中で、都市や町をつなぐ路線が時に複線化しながら静かに結ばれていきます。
なつめは、路線図を見ながらあれこれ思い出していると、もういない人もいるみたいに思えてくる、と言います。
夢を形づくる素材からできた現実のような世界が、路線図の中から現出するのです。

この小説には、なつめ以外に実はもう1人の女性の主人公、語り手がいるのですが、それはもう1人の語り手であることを作者は隠し通しています。

他にも隠していることがありますが、この小説そのものが最後は書き手の手を離れて、反対方向の列車に乗ったからという理由だけからでなく、目的の宇都宮に永遠にたどり着くことなく走り続けるようです。その理由はまた路線図の中に隠されています。

極めつきの鉄道小説。 しかも不思議な味わいの秀作です。

滝口さん、おめでとうございます。

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