トレたび JRグループ協力

2010.02.01鉄道鉄道遺産を訪ねて―ループ線(湯檜曽ループ線、鳩原ループ線、大畑ループ線)

未来に伝えたい鉄道遺産

1872(明治5)年の新橋駅~横浜駅間開業以降、全国にその網を広げ続けてきたに日本の鉄道。厳しい地理的条件を克服するために、さまざまな技術が施された場所も少なくありません。できあがった当時の社会や先人たちの苦労を、無言で語っているかのような鉄道遺産。そんな、未来にも伝えていきたい名建築を訪ねる旅に出てみませんか。

勾配を一周回りで上る「ループ線」

「ループ線」とは高低差の大きな線区で勾配を緩くするため、線路をループ状に一周させて勾配を克服する方法です。ループ線には、新交通システムや路面電車の終点で、列車の折り返し目的に使用されるものもありますが、ここでは勾配緩和のためのループ線を取り上げます。

鉄のレールと車輪で走行する鉄道は粘着力が低いため勾配に弱く、急峻な勾配克服にはスイッチバックやループ線が用いられました。ループ線は迂回をして距離を稼ぐことで、勾配を緩く抑えることができます。スイッチバックやトンネルと組み合わせて、全国各地で見られましたが、長大トンネルが掘削できるようになったため、曲線が多く距離が長くなるループ線を使用しなくても緩勾配ルートが選定できるようになり、ループ線は減少する傾向にあります。ただし、新交通システムなどでは、今でも勾配緩和用でループ線が採用され、現役で活躍しています。

今回は日本を代表するループ線を紹介しましょう。

湯檜曽ループ線(ゆびそるーぷせん)

上越国境にそびえる雄大なループ線


山の中腹の湯檜曽ループ線に上り列車が現れる(写真中央)。単線時代の湯檜曽駅はこのループ線の土合寄りにあった

中腹を走っていた上り列車がループ線を下りて湯檜曽駅に入線してくる。一部始終をホームで眺められる


上越線の最大の難路は、上越国境と呼ばれる水上駅〜石打駅間です。群馬、新潟県境をまたぎ、谷川連峰を越えるこの区間には20‰(パーミル)の勾配が連続し、現在も重量のある貨物列車は機関車の重連で国境越えをしています。今は複線ですが、1931(昭和6)年の開業時は、全長9702メートルの清水トンネル(最急勾配15.2‰)を挟み、湯檜曽駅〜土合駅間に「湯檜曽ループ線」、土樽駅〜越後中里駅間に「松川ループ線」の2つのループ線を設け、国境越えを行ないました。

後に複線化が行なわれた際、水上〜土樽間は全長13490メートルの新清水トンネルが掘削され、ループ線の迂回ルートから直線的に一気に国境を越えることになり、トンネル内の最急勾配も8‰に抑えられました。土樽〜越後中里間はΩ(オメガ)ループとなった新松川トンネルがつくられ、いずれも下り線専用になりました。

現在、「湯檜曽ループ線」「松川ループ線」は上り線専用として存在していますが、「松川ループ線」は松川トンネルの中にあり、ループ線の出口に湯檜曽駅ホームがある「湯檜曽ループ線」が構造も分かりやすく、ホームからループ線を下りてくる列車をゆっくりと見学することができます。

また、列車に乗車していても、車窓右下に湯檜曽駅を見下ろし、ループトンネルを下りて駅に辿り着く体験ができるので、ループ線を楽しく学ぶことができます。

鳩原ループ線(はつはらるーぷせん)

昭和初期に敷設された緩勾配新線


悠々と聳える上りループ線が、直線の下り線とクロスする。上り特急列車がループを駈け上っていく


鳩原ループ線ではダイナミックな走行シーンが常に展開する

北陸本線の下り列車に乗り、新疋田(しんひきだ)駅を過ぎると疋田トンネルを抜け、その先からしばらく25‰の急勾配が続きます。笙(しょう)の川の谷を鳩原(はつはら)に向けて下りる山間の難路です。線路はやがて10‰ほどの勾配になりますが、険しいままに敦賀へと至ります。

このルートは1957(昭和32)年の複線化の際に、増設する線路の緩勾配化が検討され、結果的に鳩原付近にループ線を設けて勾配を緩和することにしました。距離は若干長くなりますが、それがもっともふさわしい緩勾配の解決策だったのです。長いトンネルを掘削することだけが緩勾配ではないという、鉄道の原点に帰った解答です。


ループ線は上り線専用で、下り線をオーバークロスした直後からループの「衣掛トンネル」に入ります。左に下り線を眺め、再びトンネルに入ると下り線は右車窓に戻り、新疋田駅に到着します。

この区間は上下線の関係が逆転する箇所が多く複雑な線形ですが、見応え十分。特急列車や新快速電車など列車本数も多いので、ループ線や立体交差に輻輳(ふくそう)する列車を車窓から見られるチャンスもあり、幹線ならではのたくましさも感じられます。

また、ループ線付近は鉄道写真の撮影名所としても知られ、新疋田駅は訪れるファンで賑わっています。

大畑ループ線(おこばるーぷせん)

スイッチバックを組んだ「矢岳越え」


大畑駅でスイッチバックをする「いさぶろう・しんぺい」号

肥薩線は人吉を過ぎると25‰の急勾配が連続する峠越えが始まります。名にし負う「矢岳(やたけ)越え」です。肥薩線は、かつて鹿児島本線として内陸を通り、山岳地帯を越え、鹿児島に向けて建設が行なわれました。
「矢岳越え」は人吉〜吉松間の矢岳駅をサミットとした峠で、大畑駅、真幸(まさき)駅の2つのスイッチバックのほか、勾配緩和のため、大畑にはループ線が必須となりました。


急勾配の途中にある大畑駅では通過線を持たない「折り返し型スイッチバック」で勾配を克服していますが、大畑駅はさらにループ線の途中にあります。大畑駅から矢岳駅にかけては25‰、半径300メートルの曲線で勾配を上り続け、人吉駅からの線路と横平トンネル上で交差してループを描きます。その後、勾配は30.3‰に変わり、隘路(あいろ)がひたすら連続します。

蒸気機関車が最後まで格闘した難所でしたが、開通は1909(明治42)年。当時の鉄道技術を考えても、このスイッチバックを含めたループ線の線路選定は、当然すぎる最良の建設方法だったと言えるでしょう。

ループ線を車内から一望することはできませんが、「いさぶろう・しんぺい」号に乗車すると、同区間はエンジンも最高出力。いかにも重く力強い走行が続き、往年の苦労が偲ばれます。

  • 写真協力:冒険は終わらない(JiJi)
  • 掲載されているデータは2010年2月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。
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