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2022.12.09鉄道名入りのすすめ。昔も今も多くの作家が愛用する日本文学の影の立役者・浅草『満寿屋』の原稿用紙

鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト
2022年10月14日の鉄道開業150年に向けて、交通新聞社で始動した鉄道文芸プロジェクト、通称「鉄文(てつぶん)」。さまざまな角度から「鉄道×文芸」について掘り下げます。


錚々たる作家に愛された、名入り原稿用紙

鉄道開業150年の節目に実施された「鉄文(てつぶん)」文学賞。12月3日に大宮の『鉄道博物館』にて開催された授賞式にて、受賞者3名に記念品として贈られたのが、『満寿屋』(舛屋)の名入り原稿用紙だった。

舛屋は、創業140年を迎えた老舗の紙屋。歴史と文学に関連する品にこの上なくふさわしい品と言えよう。今回、代表取締役社長の川口昌洋さんに、この原稿用紙が生まれた経緯や歴史、なぜゆえ作家たちに愛されてきたか、さらに新商品や注文方法についてうかがった。

はじまりは、作家・丹羽文雄のひと言だった

明治15年(1882)創業の舛屋。砂糖を包む和紙の化粧袋など、紙袋・包装紙を手がけていた。原稿用紙が生まれたのは、3代目となる川口ヒロさん(昌洋さんの祖母)の時代のことだ。

「祖母は文学が好きで、本を読むだけでなく、物を書いたりしていました。新宿にあった作家さんが集まる喫茶店にも通っていて、すでに時の人だった作家の丹羽文雄さんに自作を『読んでください』って渡したり。とても活発な人だったんです」

若き日のヒロさんについて、昌洋さんがとてもまぶしげに語る。


丹羽文雄が書いた商品名「満寿屋の原稿用紙」。この文字が現在、数々の商品に添えられている 丹羽文雄が書いた商品名「満寿屋の原稿用紙」。この文字が現在、数々の商品に添えられている

文学を語らい、時には議論も飛び交ったであろう喫茶店で、ある日、丹羽文雄は、ヒロさんにこんな相談を持ちかけた。

「君の家は紙屋だろう? 原稿用紙を作ってくれないか」

第二次世界大戦の足音が聞こえ、物資不足がじわじわと広がっていた頃だ。作家にとって必要不可欠な原稿用紙も例外なく品薄になっていた。

丹羽文雄の願いを受け止めたヒロさんは、取引のある紙メーカーから紙を仕入れ、罫線を印刷して原稿用紙を作り始める。

「最初は、祖母の内職のようなもので、丹羽先生と親しい作家さんにもご希望の原稿用紙を作ってお届けしていたんです」

それが評判となり川端康成、吉川英治、司馬遼太郎、吉行淳之介といった錚々たる作家に広がっていくのだが、文学を志していたヒロさんにとって、作家が使う原稿用紙を作る仕事はきっとやりがいがあったことだろう。

万年筆で書くための紙、好みの罫線

当初は、取引があった紙メーカーから紙を仕入れ好みの色の罫線、名前を入れて印刷していた。この流れは紙の在庫を抱えずに済み好都合だったが、次第にオイルショックの波が近づいてくる。

「紙が入手できなくなっては大変です。それで意を決してオリジナルの紙を作ることにしたのです。昭和30年代より我が社専用の紙を漉いていただいています」


「浅田次郎先生はずっとうちの原稿用紙を使ってくださっていましたが、名入れを注文されたのは直木賞を受賞されてからなんです」 「浅田次郎先生はずっとうちの原稿用紙を使ってくださっていましたが、名入れを注文されたのは直木賞を受賞されてからなんです」

「オリジナルの紙は、万年筆で書くことを念頭に開発しました。最優先したのは書き味です。書きやすい、滲まない、裏抜けしない、すべりがちょうどいいことを目指して、国内外のいろいろな万年筆で実験を重ね開発しました」

「すべりがちょうどいい」とは?

「すべりが良すぎると筆先が必要以上に動いてしまい、作家さんのように長時間書いていると手が疲れてきます。だから多少の筆記感を残すことが大切なのです。また、右から左へと文字を書いていて、インクが手についてしまうこともありますよね。うちの原稿用紙は手につかないと言われますが、これはインクの吸収がちょうどいいからです」

「ちょうどいい」という、実に微妙で感覚的な書き心地を追求した紙は、夜が更けてから執筆する作家の目を思ってクリーム色(名称は「クリーム紙」)。ライトの照り返しを吸収してくれるやさしい色だ。さらに、罫線がきれいに出る純白(名称は「デラックス紙」)と、2色揃えた。

デザインは、驚くなかれ35種類も!

「作家さんからの依頼で始まった原稿用紙作りです。さまざまな罫線、デザインが豊富にあるのは、個別の多種多様なご希望に対応して作っていたからです」

こうして「満寿屋の原稿用紙」は、知る人ぞ知る名品となっていく。

マス目に縛られない新しい商品


5代目の川口昌洋さん。真後ろの額は、川端康成のために作っていた和紙の原稿用紙に、本人直筆の『千羽鶴』冒頭 5代目の川口昌洋さん。真後ろの額は、川端康成のために作っていた和紙の原稿用紙に、本人直筆の『千羽鶴』冒頭

祖母・ヒロさん、父・誠さんの心意気を受け継いだ昌洋さんは、原稿用紙の起源や、400字詰めの理由、また罫線の意味についてことあるごとに調べている。

「『塙保己一史料館』(東京都渋谷区)を訪ねてわかったのですが、起源は中国で、元は原稿を書くというより印刷するための版木。美濃判に収まるのが400字だったと想像します」

歴史に興味を持ちつつも、原稿用紙の未来を模索する川口さんは、新しい商品も開発している。紙好き、文房具好きが魅了されリピートしているアイテムをご紹介しよう。


まずは、一筆箋としても重宝するハガキサイズの原稿用紙(上写真左)。元の版木(中央)は、和紙の原稿用紙(右)のためにデザインされたもの。古き良き文化と現在のニーズにより誕生した。


ハガキサイズの原稿用紙柄が数タイプあり、それぞれ3色(赤、紺、茶)各20枚、60枚が天のりで綴じられている。携帯にも便利。

「紙がいいからノートを作ってほしい」というリクエストで誕生したノートのシリーズ「MONOKAKI(物書き)」も誕生した。


さまざまなサイズがある「MONOKAKI」シリーズ さまざまなサイズがある「MONOKAKI」シリーズ

罫線を裏面に印刷した紙を使った便箋&封筒シリーズ「FUTOKORO(ふところ)」。便箋はうっすら透けて罫線が見える。もちろん罫線がある裏面に書いてもいい。いわば、2way!


便箋と封筒のシリーズ「FUTOKORO(ふところ)」 便箋と封筒のシリーズ「FUTOKORO(ふところ)」

縦書きに不慣れな人も多い昨今、ニーズに応えて誕生した、縦書きと横書き両方に対応する賢い原稿用紙。便箋として使う人も。


左はB5判400文字詰、純白のデラックス紙、罫線はグリーン。右は300文字詰、クリーム紙、罫線はグレー 左はB5判400文字詰、純白のデラックス紙、罫線はグリーン。右は300文字詰、クリーム紙、罫線はグレー

プロ仕様の紙で作った商品を手にすると、ひさしぶりに万年筆で書きたくなる。そうなれば次は名入り原稿用紙が欲しくなるかも……。

名入り原稿用紙を注文してみよう

作家だけが使えると思っていた名入り稿用紙。最低印刷ロットだった4000枚が、B4サイズなら1000枚になり、一般にも広まっていった。では、どのように注文するのだろう。川口さんにポイントを教えていただいた。

名入れをする原稿用紙は既存の商品から選ぶのが一般的だが、大前提として、罫線や名前の部分は基本の用紙サイズに収まるデザインなら自由に注文可能で、慣れた方ならデザインソフトで制作した完全版下を持ち込んでもOKだ。

紙は、「クリーム紙」か純白の「デラックス紙」、どちらかを選ぶ。万年筆で書くならば「クリーム紙」、鮮やかな色の罫線を求めるならば「デラックス紙」がふさわしい。

罫線は好みで選ぶ人が多く、文字を大きく書きたいなら「ルビなし」がおすすめ。小説家で放送作家でもある藤本義一は連載ごとに罫線の色を分けていて、5色作っていたという。名前は入れる位置、書体ともに自由で、手書きも対応できる。

迷ったら、好きな作家が愛用していたものにするのも一案で、最初からそう決めて注文する人も少なくない。

なにはともあれ、原稿用紙を作るぞと決めたら、まずは『満寿屋』さんに相談しよう。今回、受賞者に贈った原稿用紙は、デラックス紙+人気の罫線No.111+各作品のイメージに合った罫線の色なのだが、やはり川口さんと相談しながら進めた。

デザインが決まり入稿後、校正のやりとりが終了したら3週間ほどで完成する。


「鉄文」文学賞の記念品としてオーダーした原稿用紙。大賞・『旅の手帖』編集長賞のやすざわ こうじさん「魚梁瀬の森に日は沈みぬ」、『散歩の達人』編集長賞のスズキ与太郎さん『駅奇譚:渋谷迷宮篇』、『鉄道ダイヤ情報』編集長賞の水叉 直さん「夜行」。罫線の色はそれぞれの作品をイメージして選んだ 「鉄文」文学賞の記念品としてオーダーした原稿用紙。大賞・『旅の手帖』編集長賞のやすざわ こうじさん「魚梁瀬の森に日は沈みぬ」、『散歩の達人』編集長賞のスズキ与太郎さん『駅奇譚:渋谷迷宮篇』、『鉄道ダイヤ情報』編集長賞の水叉 直さん「夜行」。罫線の色はそれぞれの作品をイメージして選んだ

父の日や恩師の退職記念、還暦祝いなど贈りものに好評だと聞くが、紙に文字を書くことが好きな人ならば、いつか自分のためにと思わずにいられない!?


原稿用紙に文字を書く時間を、もっと日常に。『満寿屋』の原稿用紙がますます親しまれますように。


浅草 満寿屋(舛屋)

紙洗橋の交差点近くで営む。社内の一角に商品紹介コーナーがあり購入も可。注文の相談は要予約

東京都台東区浅草5-70-11 川口ビル1F
03-3876-2300
http://www.asakusa-masuya.co.jp/

取材・文=松井一恵
撮影=渡邉 恵(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)



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