
東海道本線の全線電化が完成した昭和31年11月19日。東京~博多間に特急「あさかぜ」が登場しました。東京~九州間の優等列車はいずれも東京~大阪間が昼行。大阪~九州間が夜行というのが定番でしたが、「あさかぜ」は、下り7列車が東京発18時30分~大阪発2時01分~博多着11時55分。上り8列車が博多発16時35分~大阪発2時29分~東京着10時と、関西圏を無視した大胆なダイヤでデビューしました。
愛称も夜行列車は従来「天体」から名付けられ、また特別急行列車は「鳥類」や「日本を象徴するもの」に由来し、「富士」が候補となっていましたが、富士山麓を通過するのは夜間、早朝と愛称にそぐわず、「あさかぜ」と爽やかで新鮮な列車名に決まりました。
しかし、編成は10系客車を中心とした二・三等、座席車の編成で、特急列車としては物足りない内容でした。
昭和33年10月、集中電源方式による固定編成、全車冷房完備の斬新な20系客車が誕生し、「あさかぜ」に投入されることになりました。20系客車はブルーの車体にクリーム色の3本帯を配した優雅なスタイルで、個室寝台もあり、そのゴージャスな雰囲気から「動くホテル」と賞賛されました。
昭和38年12月には「ルーメット」と呼ばれる1人用個室寝台ナロネ22形も組み込まれ、編成は1号車から8号車まで、ナロネ20、ナロネ22、ナロネ21、ナロネ21、ナロネ21、ナロネ20、ナロ20形と続く豪華なものとなり、「殿様あさかぜ」などと呼ばれました。
昭和43年8月には臨時特急「第2あさかぜ」が登場。この列車は同年の10月1日改正から「あさかぜ2・1号」として増発されます。編成はナロネ21、ナロネ22形をそれぞれ1両づつ連結したハネ中心の列車でした。
昭和45年10月1日改正では東京~下関間に、急行「安芸」の特急化により「あさかぜ3・1号」がデビュー。「あさかぜ」は3往復体制となります。
昭和47年3月15日改正では、「あさかぜ2・3号」が新型の14系客車に置き換えられます。
山陽新幹線博多開業による昭和50年3月10日改正ではブルートレインの見直しが行なわれ、14系化されたばかりの「あさかぜ2・3号」が廃止。2往復に減便されます。豪華な編成を誇った「殿様あさかぜ」もナロネ22形が2両、ナロネ21形が1両の3両のみの編成となり、2人用個室を備えたナロネ20形、座席車のナロ20形は廃車されてしまいました。
昭和51年10月、東京口の九州ブルートレインに二段式寝台の24系25形が登場します。「あさかぜ」は伝統の20系のまま据え置かれましたが、翌年に「あさかぜ2・1」号が24系25形化されます。そして昭和53年1月31日。「あさかぜ1・2」号がナロネ22形ルーメットのA個室も誇らしげに最後の旅立ちをし、定期列車の20系客車に終止符が打たれ、24系25形と交代をしました。A寝台が並ぶ豪華な編成から特別感が無くなってしまいましたが、「あさかぜ」の人気はまだ高く、24系25形時代がしばらく続き、昭和61年11月には「あさかぜ1・4号」の食堂車にグレードアップが行なわれ、4人用個室「カルテット」を連結。平成2年3月からは「あさかぜ2・3」号にA個室、ミニロビー、シャワーが連結されます。しかし、ブルートレインは徐々に人気は衰え、航空機にシフトされる傾向が目立ちます。平成5年3月には食堂車が廃止。翌、平成6年12月3日。東京~博多間の伝統の「あさかぜ1・4」号が廃止されてしまいます。
残された東京~下関間の「あさかぜ」は名ばかりの列車となり、利用客も低迷を続け、残念ながら平成17年3月1日に最後の「あさかぜ」がひっそりと消えていきました。












