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2024.10.09鉄道山陰本線(JR西日本)日本最長の“偉大なるローカル線”

山あり、海あり、湖あり。鉄道の魅力の宝庫・山陰本線(JR西日本)

日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。

日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?

今回は、日本最長の在来線路線であり、車窓風景はさまざまな表情をもち、多彩な列車が走る山陰本線をご紹介します。

山陰本線とは

支線を含む営業キロ676km、最長の在来線路線であり、そののどかな沿線風景から“偉大なるローカル線”とも呼ばれる路線が、JR西日本の山陰本線です。
京都駅を起点に鳥取、米子、出雲市、長門市と山陰地方の主要都市を経由し、下関の手前、幡生駅までを結ぶ路線。1日で全線を乗り通す乗り継ぎは下り方向の1本しかなく、16時間近くかかります(長門市〜滝部駅間は代行バス)。大変長い路線で、2024年9月現在は豪雨災害により人丸〜滝部駅間が不通となっていますが、車窓風景は山あり、海あり、湖ありと変化に富み、飽きることがありません。沿線には鳥取砂丘、宍道湖、萩と有名な観光地も多く、時間はかかっても一度は全線に乗ってみたい路線でもあります。

山陰本線の歴史

「境港に鉄道を」から始まった山陰本線の歴史

600kmを超える路線であるだけに、その建設には36年という長い時間を要しました。山陰地方に鉄道建設の機運が高まったのは明治20年代。山陰地方を代表する港町、境(現・境港)から米子、鳥取を経て山陽鉄道(現・山陽本線)がある姫路までを結ぶ官設鉄道(国鉄)の建設が決定したことに始まります。


山陰本線米子駅付近(1971年3月撮影)

同じ頃、関西では日本海側の要衝・舞鶴への鉄道建設熱が高まっており、京都を起点とする京都鉄道や、大阪を起点とする阪鶴鉄道などが競合していました。1897(明治30)年2月、京都鉄道が二条〜嵯峨(現・嵯峨嵐山)駅間を開業します。これが現在の山陰本線を構成する鉄道の最初の開業区間となりました。この時建設された二条駅の駅舎は、現在京都鉄道博物館に移築・保存されています。

さて、日露戦争の危機が迫ると、境から姫路を目指して建設中だった官設鉄道の終点を和田山に変更、さらに日露戦争後には福知山まで延伸し、阪鶴鉄道・京都鉄道を国有化して接続。京都から出雲今市(現・出雲市)に至る“山陰縦貫鉄道”の建設が決定します。この路線は「山陰本線」と名づけられて1912(明治45)年3月に全通し、1928(昭和3)年までに山口県の須佐駅まで延伸しました。

一方、山口県側では1914(大正3)年に長州鉄道が東下関(廃止)〜幡生〜小串駅間を開業させます。この長州鉄道も1925(大正14)年に国有化されて小串線となり、厚狭〜正明市(現・長門市)〜萩駅間が開業していた美禰線(現・美祢線)との接続が図られます。1930(昭和5)年、長門古市〜阿川駅間が開業して小串線に接続。そして1933(昭和8)年2月、最後に残った須佐〜宇田郷駅間が開業して、京都〜幡生駅間の鉄道が完成しました。同時に、小串線と美禰線宇田郷〜阿川駅間が山陰本線に編入され、現在の山陰本線が完成したのです。

山陰本線の車両

最新振子車両や寝台特急など多彩な特急車両たち

大変な長距離路線であるだけに、山陰本線は使用されている車両も多岐にわたります。
京都〜城崎温泉駅間の主力車両が、〔きのさき〕(京都〜城崎温泉)、〔こうのとり〕(新大阪〜福知山〜城崎温泉〕、〔まいづる〕(京都〜綾部〜東舞鶴)、〔はしだて〕(京都〜福知山〜天橋立)に使用されている287系です。北陸本線の〔サンダーバード〕などの増備用として2009年に投入された683系4000番代をベースに、直流電化区間専用に開発された車両で、全部の車両の、片側の台車だけにモーターを装備した「0.5M方式」を採用しています。〔きのさき〕〔こうのとり〕には、〔しらさぎ〕で使われていた683系2000番代の交流機器を使用停止とした289系も使用されています。
さらに、一部の〔まいづる〕〔はしだて〕は京都丹後鉄道のKTR8000形気動車を充当。こちらは、工業デザイナーの水戸岡鋭治さんが手がけた観光特急で「丹後の海」の愛称があり、藍色の高級感あふれる車体と、木をふんだんに使った和テイストの車内インテリアが人気です。

大阪〜和田山〜鳥取駅間を播但線(姫路〜和田山)経由で結ぶ気動車特急〔はまかぜ〕は、キハ189系を使用。2010年に登場した普通車のみの特急型車両で、3両編成時には山陽本線で電車並みの130km/hで走れる性能を誇る一方、キハ47形やキハ181形といった旧型気動車と性能を合わせられる「性能選択スイッチ」を備えています。

山陰本線の主役とも言える特急型車両が、〔スーパーまつかぜ〕(鳥取〜米子・益田)、〔スーパーおき〕(鳥取・米子〜益田・新山口)で使用されるキハ187系です。鳥取〜益田間の高速化工事に合わせて登場した車両で、カーブで車体を傾けて高速通過するベアリングガイド式制御付き振子装置を装備しています。

〔やくも〕(岡山〜伯耆大山〜出雲市)用の273系は、最新の振子式電車として2024年に登場した車両です。車両に搭載したセンサーとマップデータから車両自身が現在位置を正確に把握し、最適なタイミングで車体を傾ける「車上型制御付き自然振子装置」を搭載。車体を傾斜させる際のタイムラグをほぼゼロにして、乗り心地を劇的に改善しました。


最新の振子装置を搭載した〔やくも〕(2023年10月撮影)

このほか、大阪〜鳥取・倉吉駅間を智頭急行経由で結ぶ智頭急行HOT7000系や、国内唯一の定期寝台特急〔サンライズ出雲〕(東京〜伯耆大山〜出雲市)に使用される寝台電車285系も山陰本線を走っています。

国鉄型のキハ40系がいまも主力

普通列車用の車両も多彩です。京都〜園部駅間は「JR嵯峨野線」の愛称をもつ通勤路線で、221系、223系といったJR西日本の主力通勤電車が活躍。綾部〜城崎温泉駅間では、223系5500番代を中心に、国鉄形の113系や、小浜線・舞鶴線を中心に活躍している125系(綾部〜福知山)も運行されています。
そして、和田山〜鳥取〜出雲市〜西出雲駅間及び益田〜幡生駅間で、今も主力車両として活躍しているのが国鉄型のキハ40系です。1977(昭和52)年に登場した全国向けの一般形気動車で、かつて東京近郊で多く見られたことから「首都圏色」と呼ばれる朱色の車両が現役です。 


「首都圏色」のキハ40系と、奥に見えるのはキハ121形(2019年6月 栗原景撮影)

キハ40系とは対称的な気動車が、浜坂〜益田間で使用されているキハ121・126形です。こちらは、鳥取〜益田間の高速化工事に伴うスピードアップを目的として2000年に登場した気動車で、軽量ステンレス車体の車両はまるで電車のよう。また1992年に登場しJR西日本の地方輸送近代化に貢献したキハ120形(松江〜益田ほか)や、国鉄時代から山岳路線で活躍し伯備線から乗り入れる115系(伯耆大山〜米子)も見られます。

山陰本線には、バラエティ豊かな観光列車も運行されています。主役は、鳥取〜出雲市間や鳥取〜城崎温泉間などで運行されている〔あめつち〕。「ネイティブジャパニーズ」をコンセプトに自然や神話を表現した紺碧の車両で、海側を向いたカウンター席もある車内は、因州和紙や石州瓦といった山陰地方の伝統工芸品がふんだんに使われています。


「ネイティブジャパニーズ」をコンセプトにした〔あめつち〕(2018年6月 荘原~直江駅間撮影)

さらに、「多様性」「くつろぎ」「カジュアル」をコンセプトとする長距離列車の〔WEST EXPRESS 銀河〕や、ホテルのような上質さと心休まる懐かしさを感じるクルーズトレイン〔TWILIGHT EXPRESS 瑞風〕が運行されることも。山陰本線は、そのバラエティ豊かな車両から、生きた「鉄道車両ミュージアム」とも言えそうです。


山陰の美しい原風景を堪能できる〔TWILIGHT EXPRESS 瑞風〕(2017年4月 玉江~三見駅間撮影)

山陰本線の見どころ

通勤区間を抜けて歴史ある余部橋梁へ

山陰本線は、いくつかのエリアに分けられます。京都〜園部駅間は、「JR嵯峨野線」の愛称をもつ京阪神の通勤輸送区間で、221系や223系といった通勤タイプの電車が多数運行されています。嵯峨嵐山〜馬堀駅間は、保津川(大堰川)沿いの名勝・保津峡を通過しますが、1989年に新線に付け替えられ、トンネルが連続する区間となりました。保津峡を忠実にたどる旧線を活用した嵯峨野トロッコ鉄道が観光客に人気で、現在の山陰本線もトンネルの合間にちらりと渓谷美が見えます。

園部から福知山を経て城崎温泉までは、電化され多くの特急列車が運行されています。中でも福知山駅は、京都からの山陰本線と大阪からの福知山線の結節点として機関区などが置かれ、「鉄道のまち」として発展。駅前に転車台とC11形蒸気機関車が保存・展示されているほか、福知山城公園には鉄道にまつわる資料を展示する体験型ミュージアム「福知山鉄道館フクレル」があります。


鎧駅のホームからは、のどかな漁港を見晴らせる(2019年6月 栗原景撮影)

電化区間は城崎温泉駅でいったん終わり。ここからはぐっとローカル色が強くなり、竹野駅の先からは日本海がちらりと見えてきます。ホームからのどかな漁港を見晴らせる鎧駅を過ぎると、山陰本線のハイライトのひとつ、余部橋梁へ。全長310m、高さ41.5mの橋梁で、現在の橋は2010年に完成した二代目です。赤い鋼製橋脚が11基並び山陰地方の鉄道風景の象徴だった初代橋梁は撤去されましたが、一部が保存されて餘部駅から旧橋梁上を散策できる「余部鉄橋『空の駅』」となっています。


山陰本線のハイライトのひとつ、余部橋梁(2019年6月 栗原景撮影)

数多くの曲線を改良してスピードアップを果たす

鳥取〜米子〜益田駅間は、2003年までに高速化改良が行われた区間です。左右のレールの高さ(カント)を調整して曲線通過時の傾きを最適化したり、行き違い可能な駅の分岐を、通過側が直線になるよう設計変更をして通過列車が速度を落とさずに通過できるようにしたり(一線スルー化)といった改良が行われ、特急は120km/h運転が可能となっています。


宍道湖に落ちる夕陽(2022年6月 栗原景撮影)

全体にカーブの多い山陰本線ですが、下北条駅から4駅先の赤碕駅までは珍しく線路がほぼ一直線の区間。名和駅を過ぎると、車窓左手に中国山地を代表する大山が見えてきます。

米子駅を発車すると島根県に入り、松江駅に到着。乃木駅付近から車窓右手に宍道湖が近づき、しばらく湖畔を走ります。夏場に上り〔サンライズ出雲〕に乗車すれば、個室寝台から宍道湖に落ちる夕陽を見られるかもしれません。


憧れの寝台列車〔サンライズ出雲〕(2018年6月 直江~出雲市駅間撮影)

出雲市駅を発車するとまた非電化区間となり、沿線の民家も減ってローカル線らしい車窓となります。田儀駅の先で国道が内陸に去り、日本海を見はらしながら、波根駅へ。ここでは、民家の屋根に注目してください。出雲地方の黒い瓦に代わり、石見地方特有の石州瓦を使った赤い屋根の民家が増えるのです。

西へ行くほど絶景に 水害からの復旧が待たれる

徐々に田畑も乏しい狭い谷に入り、時々日本海や風力発電所を見ながら走ると、突然満々と水をたたえる江の川を渡り江津駅に到着。かつて寝台特急〔出雲〕の終着駅だった浜田駅を過ぎて周布駅付近まで来ると、また美しい海岸沿いの区間となります。

赤い瓦の木造駅舎が美しい岡見駅からは、岩礁を見下ろしながらいくつかの岬を通過していきます。海岸を離れて市街地に入ると山口線が分岐する益田駅で、ここからは普通列車のみの区間となります。列車本数も1日数本となり、通勤電車がたくさん走っていた京都側と同じ路線とは思えません。一方、線路は海岸沿いの崖にへばりつくように走り、車窓風景がどんどん美しくなっていくのもこの辺りです。


岡見駅(2010年6月 栗原景撮影)

キハ120形(2010年6月 栗原景撮影)

毛利36万石の城下町で、明治維新の原動力となった人材を輩出した萩の玄関口は東萩駅。かつては特急〔いそかぜ〕や急行列車が発着しましたが、現在は1日上下8本の列車が停車するのみです。観光列車の〔○○のはなし〕の始発駅ですが、2024年9月現在は人丸〜滝部間が不通のため運休しています。隣の萩駅は、1925(大正14)年に竣工した駅舎が健在で、国の登録有形文化財にも登録されています。内部は、鉄道の父・井上勝の関連資料を展示する萩市自然と歴史の展示館として公開されています。

仙崎支線が分岐する長門市駅から終着・幡生駅までは、本州最西端の海沿いを走る絶景路線ですが、前述のように2024年9月現在は人丸〜滝部間が豪雨災害により不通となっています。2025年度中の全線復旧を目指しており、1日も早い運転再開が待たれます。

さまざまな表情をもち、多彩な列車が走る山陰本線には、日本の鉄道の魅力が詰まっています。2〜3日かけ、沿線の温泉や観光地に宿泊しながらじっくりたどるのがおすすめです。


山陰本線(JR西日本) データ

起点   : 京都駅
終点   : 幡生駅、仙崎駅(仙崎支線)
駅数   : 161駅
路線距離 : 本線:673.8km、仙崎支線:2.2km
開業   : 1897(明治30)年2月15日
全通   : 1933(昭和8)年2月24日
使用車両 : 273系、285系、287系、289系、キハ187系、キハ189系、KTR8000系、HOT7000系、117系(WEST EXPRESS 銀河)、87系(TWILIGHT EXPRESS 瑞風)、221系、223系、113系、115系、125系、キハ40系、キハ120形、キハ121・126形


著者紹介

栗原 景(くりはら かげり)

1971年、東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリー。
小学3年生の頃から各地の鉄道を一人で乗り歩き、国鉄時代を直接知る最後の世代。
東海道新幹線の車窓を中心に、新幹線の観察と研究を10年以上続けている。

主な著書に「廃線跡巡りのすすめ」、「アニメと鉄道ビジネス」(ともに交通新聞社新書)、「鉄道へぇ~事典」(交通新聞社)、「国鉄時代の貨物列車を知ろう」(実業之日本社)ほか。

  • 写真/栗原景、交通新聞クリエイト
  • 掲載されているデータは2024年9月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。
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