富士山やのどかな景色が楽しめるローカル線・御殿場線(JR東海)
日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。
日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?
今回はかつては東海道本線として活躍し、現在は風光明媚な景色が楽しめるローカル線、御殿場線をご紹介します。
御殿場線の歴史
かつては東海道本線の一部だったローカル線
JR東海の御殿場線は、神奈川県の国府津駅と、静岡県の沼津駅を結ぶ全長60.2kmの路線です。
箱根山地を取り囲むようなルートで、沿線には手軽なハイキングコースや温泉など観光地も多く、首都圏から気軽に訪れられる観光路線として人気です。
谷峨(やが)駅を走る御殿場線(1976年9月撮影)
御殿場線は、日本の大動脈である東海道本線の一部として建設されました。開業は1889(明治22)年2月1日。東海道本線国府津〜御殿場〜静岡間が開業し、東京から静岡まで鉄道が通じました。
小田原から熱海を経て沼津に至る区間は、古代に、現在の伊豆半島となる海底火山が約100万年前に日本列島に衝突した場所で、衝突の衝撃とその後の火山活動によって生じた、極めて険しい地形が立ちはだかっています。明治時代の日本にここを鉄道で越える技術はなく、東海道本線は酒匂川(さかわがわ)の谷に沿って北へう回するルートを選択しました。
それでも、山北駅~裾野駅間では御殿場駅を頂上に25‰(1000m水平に進むごとに25mの高低差)の急勾配区間が連続し、補助機関車を連結したり、貨物列車は編成を分割して越えたりと、東海道本線最大の難所となったのです。
大正時代に入ると、トンネル技術の発展に伴い熱海〜沼津間を長大トンネルで短絡する新線の建設が決定します。1934(昭和9)年12月1日、16年にわたる難工事の末、「丹那トンネル」が開通。熱海経由の新線が東海道本線に編入され、従来の国府津〜御殿場〜沼津間は「御殿場線」として分離されました。
その後も、本線時代と同様に複線で運行されていた御殿場線ですが、太平洋戦争が激しくなった1943(昭和18)年に単線化されました。戦後の1968(昭和43)年に電化されて、現在に至ります。
御殿場線の車両
小田急電鉄の特急も乗り入れる
第二酒匂川橋りょうを渡る特急〔ふじさん〕(2025年2月 栗原景撮影)
御殿場線には、松田駅〜御殿場駅間で特急〔ふじさん〕が運行されています。小田急電鉄新宿駅から直通する特急ロマンスカーで、地下鉄にも直通できる小田急電鉄60000形「MSE」が使用されています。
座り心地のよいリクライニングシートを装備し、ドーム状の天井に間接照明を活用して落ち着きのある空間を演出。鉄道の国際デザインコンペティションであるブルネル賞や、鉄道友の会のブルーリボン賞など、数多くの賞を受賞した車両です。
御殿場線を毎日運行している特急は、このMSE〔ふじさん〕のみ。「特急がすべて私鉄車両で運行されているJR路線」は、全国で御殿場線が唯一です。
313系(2013年10月撮影)
普通列車は、JR東海の313系と315系が使用されています。313系は、500両以上が在籍しているJR東海の主力車両。腐食に強い軽量ステンレス車体に、エネルギー効率に優れメンテナンスも容易なIGBT素子VVVFインバータと、かご形三相誘導電動機を装備する高性能な電車です。
313系には2・3・4・6両編成の4タイプがありますが、御殿場線で使用されるのは2両編成と3両編成の2タイプ。1〜2編成を組み合わせて、最大5両編成で運行されています。バラエティに富むのが座席のタイプ。ワンマン運転対応の1300番代(2両)は転換クロスシート+車端部ロングシートで、300番代(2両)は転換クロスシート+車端部ボックスシート。3000・3100番代(2両)が4人掛けセミクロスシート+車端部ロングシートである一方、2300・2350番代(2両)と2500・2600番代(3両)はオールロングシートです。同じ313系でも、転換クロスシートと4人掛けセミクロスシート、ロングシートと3種類に分かれるのです。よく見ると、窓枠の分割やパンタグラフの数も番代ごとに違いがあり、ファン心をくすぐる車両です。
2024年12月に御殿場線でデビューを果たしたのが、JR東海の最新型電車である315系です。座席はオールロングシートで、一層の省電力化を図ったSiC素子VVVFインバータを装備し、バリアフリー設備の充実やAIによる制御を取り入れた空調など、一層快適で環境に優しい車両となっています。御殿場線では2025年6月現在一部の電車にとどまりますが、2026年度以降、本格的な導入が始まります。
御殿場線のおトクなきっぷ情報
東海・名古屋方面からはお得なきっぷが豊富
御殿場線には、週末を中心にお得なきっぷも用意されています。
JR東海の「休日乗り放題きっぷ」は、東海道本線熱海駅〜豊橋駅間と、御殿場線・身延線の普通列車に1日乗り放題のきっぷ。土休日及び年末年始(12/30〜1/3)に利用できて2720円(子ども半額)で、沼津駅〜国府津駅間を往復するだけでお得です。
また、「JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ」は、JR東海全線と沿線16社の私鉄に2日間乗り放題のきっぷ。土休日を利用開始日として連続する2日間有効で、8620円(子ども4040円)。
いずれも特急券を購入すれば特急列車にも乗車でき、「乗り鉄☆たびきっぷ」は〔ひかり〕〔こだま〕も4回まで乗車できます(要特急券)。静岡や名古屋などからの旅にぴったりです。
ただし、どちらも国府津駅では販売していないので注意が必要です。
御殿場線の見どころ
長いホームは東海道本線時代の名残
国府津駅付近から見える車窓(2018年10月 栗原景撮影)
国府津駅から、御殿場線の旅に出ましょう。
クロスシート車が来るか、ロングシート車が来るかは運次第。座席は、国府津駅〜足柄駅間は沼津駅に向かって左側、足柄駅〜沼津駅間は右側がおすすめです。
なお、国府津駅はJR東日本との境界にある駅で、東海道本線東京・小田原方面から交通系ICカードで乗り通すことはできないので注意しましょう。
駅構内で駅弁は販売していませんが、駅前広場で小田原駅・熱海駅の駅弁を購入できます。
御殿場線の電車は、多くが3番線からの発車です。電車はすぐに高架線に上がり、右にカーブして東海道本線と別れて北西へ。運転席の後ろから眺めると、ちょっと不思議な光景が見られます。日本の鉄道は左側通行ですが、沼津方面行き電車は2本あるうちの右側の線路を走るのです。
じつは、左の線路はJR東日本の国府津車両センターへの線路。東海道本線や湘南新宿ラインの電車が出入りします。
左に国府津車両センターが見えてくると単線となり、酒匂川の左岸をまっすぐ走ります。晴れていれば、左手に富士山が見えるでしょう。線路脇には、複線だった時代の名残が見られます。
下曽我、上大井、相模金子と、どの駅もホームが200m前後と非常に長いのも、かつてここが東海道本線だった名残です。
桜のトンネルや明治の橋脚など見どころ豊富な山北付近
山北駅付近の桜のトンネルは圧巻(2009年4月 栗原景撮影)
松田駅に到着する直前、右側から合流する線路は、小田急電鉄からの連絡線。特急〔ふじさん〕は、ここを通って小田急とJRを行き来します。
山北駅から、いよいよ25‰の急勾配が始まります。この山北駅には、かつて峠越え専用機関車の機関庫があり、御殿場方面に向かう列車は必ず停車して機関車を連結していました。
山北町は鉄道の町として栄え、駅前には多くの商店が並んでいたそうです。
機関庫跡は、現在は山北鉄道公園となり、御殿場線で使われたD52形70号機が保存されています。
この機関車は、2016年に自治体と有志の努力によって12mのレールが敷かれ、圧縮空気による動態保存が実現。月1回程度、整備運行が行われています。
駅に隣接する山北町鉄道資料館では、国鉄時代の貴重な資料を無料で公開しています(土休日の12〜16時開館)。
山北駅の西側には地面を掘り下げた区間が約500m続き、線路の両側に約120本のソメイヨシノが植えられています。
毎年春には満開の桜が線路を包む「桜のトンネル」が現れ、御殿場線随一の名所となっています。
列車は、酒匂川の源流に沿って狭い谷を進み、トンネルが連続します。沼津方面に向かって左側に見える古いトンネルは、かつて御殿場線が複線だった時代の下り線跡。ただし、1943(昭和18)年に単線化された時点で線路が残されたのは主に下り線で、今列車が走っている旧上り線の線路が撤去されました。
1968(昭和43)年に御殿場線が電化された際、旧上り線を復活させて旧下り線から線路を移設。現在の姿となりました。
山北駅から2つめのトンネル、箱根第二号トンネルの上には、JRの関係者しか立ち入れない珍しい神社があります。ここは「線守(せんもり)稲荷神社」。明治時代、東海道本線の建設によって巣を追われたキツネが、牛や置き石に化けて機関士を驚かせ、最後は機関車にはねられて死んでしまうという伝説がありました。キツネを哀れに思った関係者がトンネルの上に祠(ほこら)を造り、京都・伏見の稲荷大社からお札を受けて「正一位線守稲荷神社」と名づけたのです。JR東海の敷地内にあるため一般の人は立ち入りできませんが、今も毎年4月にはJR関係者と地元の人々で祭礼が行なわれています。
第二酒匂川橋りょうを渡る313系(2021年6月 栗原景撮影)
狭い谷を蛇行する酒匂川を、御殿場線は何度も渡ります。
山北駅から2つめの第二酒匂川橋りょうは、今も明治時代のレンガ積み複線橋脚が現役。御殿場線の歴史に触れることができます。
駿河小山駅を過ぎると谷を抜け、視界が開けて標高300m台の高原へ。右手に富士山が優美な姿を現すのはこのあたりからです。
次の足柄駅は、金太郎伝説がある金時山・足柄峠への玄関口で、隈研吾デザインの特徴的な駅舎の前には「足柄山の金太郎像」があります。
列車はさらに急勾配をのぼりますが、東名自動車道路をくぐると市街地へ入って標高455mの御殿場駅に到着します。特急〔ふじさん〕はこの駅止まり。
御殿場線も富士山の一部であることを感じる
富士岡駅の旧ホーム跡「富士見台」から313系を見る(2021年6月 栗原景撮影)
御殿場駅からは、逆に一方的なくだり勾配となります。特に南御殿場駅〜裾野駅間では8kmあまりにわたって25‰の勾配が連続。
このため、富士岡駅と岩波駅は1968年の電化まで、勾配上の本線から分岐して平たんな場所にホームを設置する「スイッチバック方式」の駅でした。両駅とも、駅の沼津寄りにスイッチバック時代のホーム跡が小高い築堤として残っており、とくに富士岡駅は富士山を眺められる「富士見台」として公開されています。富士見台に立つと、沼津駅寄りへ行くほど現在の線路との高低差が大きくなり、御殿場線の急勾配を実感できます。
御殿場駅~南御殿場駅間から見える富士山(2009年4月 栗原景撮影)
この区間では、車窓風景にも注目しましょう。沼津駅に向かって右手には富士山の雄大な姿が見えますが、その頂上から、富士山特有の曲線を描く斜面が、御殿場線の線路までずっと続いていることが観察できます。いわば、御殿場線も富士山の一部なのです。
岩波駅を発車した直後に渡る小さな川は深良(ふから)川。この川は、江戸時代に芦の湖から隧道(ずいどう)で水を引いた深良用水(箱根用水)が注ぐ川で、御殿場線の周辺にも水田が増えます。
もっとも、のどかな景色は長くは続かず、次の裾野駅からは市街地に入ります。
2002年に開業した長泉なめり駅を過ぎると、次は下土狩駅。東海道本線時代には初代三島駅だった駅で、修善寺への駿豆鉄道(現・伊豆箱根鉄道駿豆線)が分岐していました。
東海道新幹線をくぐり、最後の大岡駅を過ぎると左から東海道本線が合流して、終着・沼津駅に到着です。
沼津駅は丹那トンネルの開通によって全列車停車となりにぎわった駅で、今もバラエティ豊かな駅弁を販売している駅として人気です。
東海道本線の歴史を感じ、富士山の雄大な景色を楽しめる御殿場線は、30分から1時間に1本程度と列車本数も比較的多く、首都圏や東海地方から気軽に訪れられる路線です。
日帰りや1泊で、ぜひのんびり訪れてみてください。
御殿場線(JR東海) データ
起点 : 国府津駅
終点 : 沼津駅
駅数 : 19駅
路線距離 : 60.2km
開業 : 1889(明治22)年2月1日
使用車両 : 313系、315系、60000形(小田急電鉄)
著者紹介
- ※写真/栗原 景、交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2025年5月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。