トレたび JRグループ協力

2026.05.11鉄道名松線(JR東海)のどかな里山を走るローカル路線

田園風景が楽しめ、地域の足としても活躍する名松線(JR東海)

日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。

日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?

今回は里山の景色が楽しめ、松阪と伊勢奥津を結ぶ路線・名松線をご紹介します。

名松線の歴史

奈良から名張を経て伊勢へと続く道は伊勢本街道と呼ばれ、古くから大和と伊勢を結ぶ重要な交通路でした。その伊勢本街道を思わせるルートで、松阪と名張を結ぼうとした鉄道が、JR東海の名松線です。
三重県の松阪駅と伊勢奥津駅を結ぶ全長43.5kmの路線で、伊勢平野の田園風景や布引山地の麓(ふもと)を走る、のどかなローカル線。古典的な保安システムが見られるなど、懐かしい鉄道の旅を体験できる路線です。

関西と伊勢の接続を目指し挫折したローカル線

名松線は、その名の通り「名」張と「松」阪を結ぶ計画で建設されました。大正時代、鉄道が全国に広まるなか、この地域にも鉄道を求める声が高まり、1929(昭和4)年8月に松阪駅〜権現前駅間が開業。1935(昭和10)年までに、伊勢本街道の宿場町である伊勢奥津駅まで延伸しました。


開通当時の名松線(津市美杉ふるさと資料館蔵)

ところが、この間に世の中の状況は大きく変わります。1930(昭和5)年、現在の近畿日本鉄道の前身のひとつである参宮急行電鉄が、奈良県の桜井駅から山田駅(現・伊勢市駅)までの路線を開通させ、「大和〜伊勢間」の鉄道が実現。「名張と松阪を結ぶ」名松線は、存在意義の大部分を失ってしまいました。結局、名松線の建設は三重・奈良県境から約4km手前の伊勢奥津駅で中止。行き止まりのローカル線となりました。

廃止の危機を何度も乗り越える

近畿と伊勢を結ぶという志半ばで建設が止まった名松線は、戦後、地域の足として歩みます。1968(昭和43)年には、国鉄諮問委員会が提出した意見書により「役割を終え」廃止すべきとされた「赤字83線」のひとつに数えられ、1980(昭和55)年に施行された国鉄再建法では第2次廃止対象路線の基準に該当するなど、長年厳しい状況にありました。
1982(昭和57)年8月1日には、各地の鉄道に大きな被害をもたらした台風10号による土砂災害で全線不通となります。そのまま廃止されてもおかしくない状況でしたが、沿線の熱意もあって翌1983(昭和58)年6月に全線復旧。やがて、代替となる道路が未整備だったことから廃止対象から除外され、国鉄改革を生き延びます。
JR発足後も、名松線の受難は続きました。2009年10月8日、台風18号に伴う豪雨により、家城駅〜伊勢奥津駅間で40カ所以上にわたって土砂崩れや路盤流出が発生し同区間が長期にわたり不通となるのです。
この災害による不通は実に約6年半におよび、JR東海も一度は家城駅〜伊勢奥津駅間の廃止を表明しましたが、自治体が災害対策を実施することで存続が決定。2016年3月26日に全線復旧を果たしました。2025年には開業90周年を迎えています。

名松線の車両

JR東海ではここでしか見られないキハ11形


キハ11形(2017年栗原景撮影)

名松線の列車は、全て普通列車です。松阪駅〜伊勢奥津駅間に1日6往復、深夜早朝には松阪駅〜家城駅間や家城駅〜伊勢奥津駅間に列車が設定されています。日中は概ね2時間ごとに運行されているので、本数が多いとはいえませんがプランは立てやすいといえるでしょう。
車両は、2026年現在は全列車キハ11形300番代が使用されています。JR東海発足直後の1988(昭和63)年に登場したキハ11形をベースに車体をステンレス製に変更、出力350PSと従来よりパワーアップしたエンジンを搭載したマイナーチェンジ車で、1999年に登場しました。
車内は4人掛けボックスシートとロングシートを組み合わせたセミクロスシートで、窓は開きませんが大型の1枚窓なので車窓風景がよく見えます。
JR東海の非電化路線の車両は、ほとんどがキハ25形に置き換えられており、JR東海でキハ11形が運用されている路線はここ名松線しかありません。

名松線の見どころ

名松線沿線に残る中勢鉄道の痕跡

起点の松阪駅は、近鉄と隣接している駅で、名松線の列車は5番線から発着します。売店で「元祖特撰牛肉弁当」など駅弁を買ったら、ボックスシートに座りましょう。座席は、伊勢奥津駅に向かって右側がおすすめです。
松阪駅を発車した列車は、1kmほど紀勢本線の線路を走ります。分岐した後もしばらく紀勢本線と並走し、松阪駅起点2.5km付近でようやく別れると、広い伊勢平野の田園地帯を北西に進みます。左手に森や丘陵地が近づいて来ると、一志駅。実は、ずっと700m程度離れて近鉄線が並走していたのですが、一志駅は近鉄線に最も接近するポイント。県道を挟み、近鉄大阪線の川合高岡駅まで150mほどしか離れていません。駅周辺には新興住宅地もあり、町の雰囲気です。
一志駅からは平野を離れます。低山の裾野に沿って進み、沿線の民家も少なくなってきました。井関駅の先で大井トンネルを通過すると、右手に雲出川の清流が現れます。次の伊勢川口駅は、雲出川が作った狭い平地にある無人駅ですが、伊勢奥津駅に向かって右手の道路に注目しましょう。何でもない普通の道ですが、実はこれは戦時中の1943(昭和18)年に廃止された中勢(ちゅうせい)鉄道の線路跡。中勢鉄道は津市と伊勢川口を結んだ軽便鉄道で、名松線の開業よりも早い1925(大正14)年までに開業しました。
しかし名松線が開業すると、軽便鉄道規格では太刀打ちできず、1943年に全線廃止。名松線は参宮急行電鉄に敗れて全通を果たせませんでしたが、名松線に敗れて消えた鉄道もあったのです。駅から1kmほど離れた雲出川には、今も中勢鉄道の橋脚が残っています。

全国的にも珍しい家城駅の票券・スタフ受け渡し


スタフ閉塞(2017年栗原景撮影)

家城駅は沿線最大の駅で、唯一の交換設備があります。ここでは、全国でも極めて珍しくなった、票券とスタフによる保安システムによって、列車の安全を守っています。
名松線は、松阪駅〜家城駅間が票券閉塞、家城駅〜伊勢奥津駅間がスタフ閉塞。これは、一定の区間ごとに「票券」「通票」「スタフ」と称する通行手形のようなものを使い、その通行手形を所持した列車しかその区間を走行できないという、シンプルな保安システムです。
スタフ閉塞は、この通行手形が最初から1つしかない最も原始的な方式。しかしスタフ閉塞では、スタフが戻るまで同じ駅から次の列車を出せません。これを補うため、同方向に続けて列車を出せるようにしたのが票券閉塞です。通券箱に通票を差し込むと通券を取り出せ、その間は通票を抜けません。先行列車には通券、最後の列車には通票を持たせることで、続行運転を可能にします。
下り伊勢奥津行きが家城駅に到着すると、駅員が運転士から松阪駅〜家城駅間の「票券」、「通票」を受け取ります。続いて上り松阪行きが到着。駅員は上り列車の運転士から家城駅〜伊勢奥津駅間の「スタフ」を受け取り、先ほど下り列車から受け取った「票券」、「通票」を渡します。そして下り列車に戻って、「スタフ」を渡すのです。運転士は、受け取ったスタフが確かに家城駅〜伊勢奥津駅間のものであることを確認。こうして、上り・下り双方の列車が発車できるようになりました。

清流から渓流に姿を変える雲出川


伊勢八知駅の木造駅舎(2017年栗原景撮影)

家城駅から、列車は大きく左にカーブして雲出川を渡ります。この辺りは家城ラインと呼ばれる景勝地。高見山地を源流とする雲出川が白山台地で蛇行し、見事な景色を創り出しています。川沿いには桜並木があり、春は桜、夏は鮎釣りでにぎわいます。
車窓風景はここから一変。雲出川の左右に山が迫る渓谷に入ります。伊勢竹原駅からは車窓右手に雲出川が近づき、青々とした清流を眺めることができます。カーブや勾配が増え、雲出川は徐々に川幅を狭くしていきます。
伊勢八知駅には立派な瓦屋根の木造駅舎があります。地元の特産品である美杉材をふんだんに使った公共施設を併設しており、まるで歴史ある民家のようなたたずまい。ここからは沿線の民家がぐっと少なくなり、狭い谷に入っていきます。
雲出川は車窓左手に移り、川幅も狭くなって渓流に姿を変えました。左右の斜面は杉やヒノキの森です。


伊勢奥津駅の給水塔(2017年栗原景撮影)

そこを抜けると小さな盆地に出て、終着駅の伊勢奥津駅に到着。ホームの奥には、蒸気機関車時代の給水塔が残っています。駅周辺は宿場の面影を残した集落で、古民家を利用したカフェなどもありますので、次の列車までの約2時間、散策を楽しんではいかがでしょうか。

名松線で活用できるおトクなきっぷ情報

名松線の旅にぴったりな「青空フリーパス」

名松線の旅には、乗り放題のきっぷがおすすめです。「青空フリーパス」は、土休日や年末年始に使えるフリーきっぷで、愛知・岐阜・三重エリアのJR東海および伊勢鉄道線に1日乗り放題。特急券を購入すれば特急列車も乗車でき、2620円(こども半額)とリーズナブルに楽しめます。
名松線は、令和の時代に残していきたい、国鉄の香りを残すローカル線です。週末、ちょっと足を伸ばして列車の旅を満喫しましょう。


青空フリーパスの詳細はこちら


名松線(JR東海)データ

起点   : 松阪駅
終点   : 伊勢奥津駅
駅数   : 15駅
路線距離 : 43.5km
開業   : 1929(昭和4)年8月25日(松阪〜権現前)
全通   : 1935(昭和10)年12月5日
使用車両 : キハ11形


著者紹介

栗原 景(くりはら かげり)

1971年、東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリー。
小学3年生の頃から各地の鉄道を一人で乗り歩き、国鉄時代を直接知る最後の世代。
東海道新幹線の車窓を中心に、新幹線の観察と研究を10年以上続けている。

主な著書に「廃線跡巡りのすすめ」、「アニメと鉄道ビジネス」(ともに交通新聞社新書)、「鉄道へぇ~事典」(交通新聞社)、「国鉄時代の貨物列車を知ろう」(実業之日本社)ほか。

  • 写真/栗原景,津市美杉ふるさと資料館
  • 掲載されているデータは2026年5月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。
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