鬼の洗濯板など沿線の観光スポットもあわせて楽しみたい日南線(JR九州)
日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。
日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?
今回は複数の鉄道をルーツに持ち、懐かしい車両とともに日向灘の絶景を楽しめる日南線をご紹介します。
日南線の歴史
複数の軽便鉄道をルーツとする南国路線
日豊本線の南宮崎駅と鹿児島県の志布志駅を結ぶJR日南線は、九州南東部の日南海岸に沿って走る、南国ムード溢れるローカル線です。国鉄世代のキハ40形気動車が現役で活躍し、豊かな景色をたくさん楽しめる観光特急〔海幸山幸〕も運転されて旅情たっぷり。一部区間は宮崎空港線とともに空港アクセス鉄道としても機能しています。
「鬼の洗濯板」付近を走行する日南線(1963年4月撮影)
日南線もまた、複雑な歴史を辿った路線です。そのルーツは、1913(大正2)年8月に飫肥(おび)〜油津間が開業した軌間約762mmの宮崎県営鉄道飫肥線と、同年10月に赤江(現・南宮崎)〜内海間が開業した宮崎軽便鉄道にあります。宮崎軽便鉄道は国鉄と同じ軌間約1067mmながら、小さな蒸気機関車がマッチ箱のような客車と貨車を牽引した軽便鉄道。青島〜内海間は現在と異なり日向灘沿いを辿るルートで、日南海岸のハイライト「鬼の洗濯板」をたっぷりと見ることができたそうです。1943(昭和18)年に戦時統合により宮崎交通鉄道部となり、1962(昭和37)年、国鉄日南線の建設に伴い全線廃止となりました。
日南線の終着である志布志は、志布志湾に面する古くからの天然の良港です。現在も大阪から毎日フェリーが運航されるなど、九州南部の海上交通の要衝でもあります。
1925(大正14)年、この志布志に鉄道がやって来ました。国鉄宮崎線(現在の吉都線と日豊本線)都城駅から分岐する志布志線です。志布志線は物流の動脈となり、昭和に入るとさらに東へ延伸。1935(昭和10)年4月に志布志〜榎原間が開業。1937(昭和12)年には油津まで達します。宮崎県営鉄道飫肥線は国に買収されて油津線となり、1941(昭和16)年に志布志線に組み込まれて約1067mmに改軌のうえ北郷まで延伸されました(手続き上は油津線を廃止し志布志線を新設)。
宮崎駅を発車する日南線の開業列車(1963年5月撮影)
そして戦後の1963(昭和38)年5月、宮崎交通線の廃止と引き換えに日南線南宮崎〜北郷間が開業。同時に北郷〜志布志間が日南線に編入されて、現在の日南線が完成しました。その後、志布志線都城〜志布志間は、大隅線志布志〜国分間とともに国鉄再建法に基づく廃止対象路線に指定され、JR発足直前の1987(昭和62)年3月28日に廃止。志布志駅は行き止まりの終着駅となりました。
日南線の車両
高千穂からやって来た観光列車〔海幸山幸〕
ローカルムードいっぱいの日南線ですが、起点の南宮崎駅から次の田吉駅までの2.0kmだけは少し雰囲気が異なります。田吉駅からは宮崎空港線が分岐しており、空港アクセス鉄道の一翼を担っているのです。特急〔ひゅうが〕〔にちりん〕〔にちりんシーガイア〕〔36ぷらす3〕といった787系による特急列車が乗り入れ、交通系ICカードSUGOCAも使えます。普通列車も、JR九州の主力普通電車である817系のほか、国鉄時代から活躍を続ける「サンシャイン電車」こと713系も乗り入れています。なお、宮崎駅〜宮崎空港駅間のみ特急列車を利用する場合は、乗車券だけで自由席に乗車できる特例があります。
油津駅~大堂津駅間を走る〔海幸山幸〕(2009年11月撮影)
日南線の主力はやはり気動車です。宮崎駅〜南郷駅間では、週末や祝日を中心に観光特急〔海幸山幸〕が運転されています。使用されるキハ125形400番代は、2003年に当時の高千穂鉄道(廃止)が導入した「トロッコ神楽号」がルーツ。2005年9月の台風14号によって高千穂鉄道が被災した後、2009年にJR九州が購入して改造のうえ同年10月から〔海幸山幸〕として運転を開始しました。車体と客室には沿線で産出される飫肥杉が豊富に使われ、コンセプトは「木のおもちゃ箱のようなリゾート列車」。車内では列車名の由来となった「海幸彦・山幸彦」の伝説が紙芝居で紹介されます。
2両編成の車両は2+1列のゆったりとしたリクライニングシートで、各車両の南郷駅寄りにはフリースペースのソファーが用意されています。観光特急としては珍しく、2号車の一部座席(6席)が自由席となっているのも特徴で、気軽に乗車できます。
特急「海幸山幸」についてもっとくわしく
国鉄時代の懐かしい旅を味わえるキハ40形
普通列車は、1日1往復設定されている快速〔日南マリーン号〕を含め、原則として国鉄世代のキハ40形・キハ47形で運転されています。エンジンはJR化後に全車高出力タイプに換装されていますが、車内は昔ながらの4人掛けボックスシート。
2025年現在稼働中の13両のうち10両は、国鉄時代末期に登場したクリーム+青帯の九州色で走り続けています。またキハ40 8098は「タラコ」の愛称で親しまれる国鉄首都圏色(朱色)を再現。日南線カラーともいうべき明るいイエローの車両も2両あり、このうちキハ40 8099は「ポケットモンスター」シリーズに登場する「ナッシー」と「アローラナッシー」をデザインしたラッピングトレイン「ナッシートレイン宮崎」として運転されています(2026年3月までを予定)。
日南線の見どころ
地球がつくりだした芸術・鬼の洗濯板
日南線の起点は南宮崎駅ですが、下り列車の多くは宮崎駅から発車します。座席は志布志駅に向かって左側が断然おすすめ。
〔海幸山幸〕なら2列席のA・B席側ですが、窓が大きいのでC席からでも日向灘の景色は十分楽しめます。
天然記念物「鬼の洗濯板」
南宮崎駅を発車するとすぐに日豊本線と別れ、左に大きくカーブします。次の田吉駅を出ると左手に宮崎空港の滑走路と旅客機が見え、宮崎空港線が左に分岐。木花駅から青島駅にかけては、宮崎県総合運動公園や「こどものくに」といったレジャー施設が連なります。全長1330mの青島トンネルを抜け内海駅を発車すると、日南線最初のハイライト。車窓左手の海岸に、国の天然記念物「鬼の洗濯板」が広がります。これは今から約700万年前に、海底地層が少し傾いた状態で隆起し、長い年月をかけて波に洗われた結果、硬い砂岩層が板のように積み重なっているものが、巨大な洗濯板のように見えることから「鬼の洗濯板」と呼ばれます。日南線の前身である宮崎交通鉄道線時代は青島から内海までずっと鬼の洗濯板を眺めながら走っていましたが、日南線から見えるのは内海駅〜小内海駅間のここだけ。〔海幸山幸〕は一時停車して、景観をたっぷり楽しませてくれます。
次の伊比井駅は、日南地方有数の見どころ、鵜戸神宮へのアクセス駅の一つ。本数は限られますが駅前からバスが接続しており、鵜戸崎岬の洞窟に本殿がある美しい神社を参拝できます。鵜戸神宮へは油津駅からもバスが接続しています。
1月に花見を楽しめる北郷駅
1月中旬には日南寒咲1号が見ごろ
さて、日向灘とは伊比井駅でいったんお別れ。列車は富士川に沿って内陸へ向かいます。全長3670mと日南線最長のトンネルである谷之城トンネルを抜けると、日南市に入って北郷駅。古くから飫肥杉の山地として知られる里で、日南線のルーツのひとつである宮崎県営鉄道飫肥線は、この地域の飫肥杉を油津の港へ搬出することを目的に建設されました。ホーム横には日南寒咲1号と呼ばれる早咲きの桜が21本植えられ、毎年1月中旬から花見ができるスポットとして知られています。
広島東洋カープのカープ坊やがデザインされた油津駅
列車は、車窓左手に広渡川の清流を眺めながら南下し、市街地に入ると飫肥駅、日南駅を経て油津駅へ。ここから次の大堂津駅までは再び日向灘のオーシャンビューとなります。堤防の向こうには、七つの岩が重なるように見えることから「七つ八重」と呼ばれる七つ岩や、ひょうたんのような形をした南郷大島も見え、間に道路を挟まないのどかな景色を楽しめます。
海水浴場で知られる大堂津海岸から細田川を河口付近で渡る細田川橋梁にかけても、見逃せないビュースポット。間もなく列車は〔海幸山幸〕の終着駅、南郷駅に到着します。海水浴やシーカヤック、水中観光船などさまざまなレジャーを楽しめる観光拠点で、毎年冬にはプロ野球の埼玉西武ライオンズがキャンプを行うことから、駅舎はライオンズカラーに飾られています。
さまざまな地形を乗り越え志布志の町へ
大隅夏井駅から近い、ダグリ岬海水浴場
南郷駅からは、また山越えの区間となります。曲線半径200mの急カーブが連続し、縁結びの神さまとして親しまれる榎原神社の最寄り駅・榎原駅からは25‰(1000m水平に進むごとに25mの高低差)の急勾配区間へ。このあたりは昭和初期に建設された区間で、地形に逆らわずに峠を越えるため、トンネルはありません。やがて標高103mの峠を越えると下り勾配となり、大平川と福島川が作った扇状地に出て日向大束駅に到着。視界が開けて、さつまいも畑や茶畑が広がります。
駅前に広島電鉄の路面電車が保存されている串間駅を発車すると、右にカーブしてまた海岸が近づきます。福島高松駅からは海岸までせり出した丘陵地を通り、短いトンネルが連続。その合間に志布志湾がちらりちらりと見えます。4つめのトンネルで宮崎・鹿児島県境を越え、大隅夏井駅を発車すると徐々に市街地に入り、前川を渡って終着・志布志駅に到着します。かつては国鉄志布志線と大隅線が集まるジャンクションでしたが、行き止まりの終着駅となってまもない1990年に70mほど短縮して現在位置に移転しました。かつての駅構内跡には志布志鉄道記念公園が整備され、C58形蒸気機関車やキハ52形気動車などが保存されています。
南国ムード満点の車窓風景を存分に楽しめる日南線は、バスなどと組み合わせて周辺を観光しながら乗り歩くのがおすすめ。九州らしい旅を満喫できる路線です。
日南線(JR九州) データ
起点 : 南宮崎駅
終点 : 志布志駅
駅数 : 28駅
路線距離 : 約88.9km
開業 : 1913(大正2)8月18日 宮崎県営鉄道飫肥線 飫肥駅〜油津駅間
※宮崎県営鉄道・宮崎軽便鉄道とも手続き上は一度廃止されたのちに日南線が別途建設されたことになっているので、現在の日南線につながる路線としては1935(昭和10)年4月15日 志布志駅〜榎原駅間
全通 : 1963(昭和38)年5月8日
使用車両 : キハ125形400番代、キハ40形、キハ47形
(南宮崎駅〜田吉駅間のみ)787系、713系、817系
著者紹介
- ※写真/交通新聞クリエイト、宮崎県観光協会、公益社団法人鹿児島県観光連盟
- ※掲載されているデータは2025年8月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。