温泉に世界遺産に動物園と見どころ満載な紀勢本線(JR東海・JR西日本)
日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。
日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?
今回は太平洋の眺めを楽しみながら紀伊半島を一周できる長大路線・紀勢本線をご紹介します。
紀勢本線の歴史
全通まで68年を要した悲願の路線
紀伊半島を海岸線に沿ってぐるりと一周する紀勢本線は、全長384.2kmの路線です。全通は戦後の1959(昭和34)年7月15日。国鉄時代に「本線」と名づけられた幹線のうち最後に全線開業した路線で、現在はJR東海(亀山駅〜新宮駅間)とJR西日本(新宮駅〜和歌山市駅間)が運営しています。沿線に白浜温泉や勝浦温泉、あるいは世界遺産に登録された熊野古道といった見どころが点在し、太平洋の雄大な車窓を楽しめる絶景路線でもあります。
紀伊半島は、海岸線ギリギリまで山地が迫る入り組んだ海岸が多く、その南端は大都市圏から遠く離れることもあって、建設には60年を超える長い年月を要しました。その過程は、5つの区間に分類できます。その過程を見てみましょう。
最初に開業したのは、三重県側の亀山駅〜多気駅間です。1891(明治24)年に関西本線などのルーツである関西鉄道が亀山〜一身田間を開業し、同年中に津まで延伸。1893(明治26)年に、現在の参宮線の前身である参宮鉄道によって津〜相可(後に相可口を経て多気と改称)〜宮川間が開業しました。こうした歴史的経緯から、亀山駅〜多気駅間は紀勢本線が全通するまで参宮線の一部とされていました。
次に開業したのは、和歌山県側です。1903(明治36)年3月、現在の和歌山線の前身である紀和鉄道が、奈良県の五条駅からの路線の一部として和歌山(初代)〜和歌山市間を延伸しました。この和歌山駅は、現在の紀和駅です。
3つめの開業区間は、紀伊半島南部の新宮鉄道です。1912(大正元)年から翌年にかけて、新宮〜勝浦(現在の紀伊勝浦駅)間が開業しました。
尾鷲駅(1959年6月撮影)
1923(大正12)年、多気駅側から「紀勢東線」の延伸が、翌1924(大正13)年には初代和歌山駅から「紀勢西線」の建設が始まります。2つの路線は、大正から昭和初期にかけて毎年のように延伸を繰り返していきました。1934(昭和9)年7月、新宮鉄道が国有化されて「紀勢中線」と命名。同年12月に紀勢東線が尾鷲駅に到達すると、1940(昭和15)年8月には串本駅で紀勢西線と紀勢中線が接続し、亀山〜相可口(現在の多気駅)間が参宮線、相可口〜尾鷲間が紀勢東線、紀伊木本(現在の熊野市駅)〜和歌山(初代)間が紀勢西線、和歌山〜和歌山市間が和歌山線という構成になります。
残るは、現在の尾鷲駅〜熊野市駅間34.3kmでしたが、太平洋戦争の勃発により、建設はストップします。延伸が再開したのは、戦後10年以上を経た1956(昭和31)年4月のことで、紀伊木本(現:熊野市)〜新鹿間が開業。東側からも延伸工事が進められ、1959(昭和34)年7月、三木里〜新鹿間の開業によって紀勢本線はついに全通を果たしたのです。この時、亀山〜多気間が紀勢本線に編入され、相可口駅は多気駅に、紀伊木本駅は熊野市駅に改称されました。
紀勢本線全通を記念した急行「那智」(1959年7月撮影)
その後、1968(昭和43)年に和歌山駅(初代)が紀和駅に、東和歌山駅が和歌山駅(二代)に改称。1972(昭和47)年には紀和〜和歌山市間が紀勢本線に編入されます。1978(昭和53)年10月に和歌山市〜新宮間の電化が完成して、現在の紀勢本線が完成しました。
紀勢本線の車両
ハイブリッド車両が駆け抜けるJR東海区間
〔南紀〕に使用されるHC85系(2019年12月撮影)
現在の紀勢本線は、JR東海が運営する亀山駅〜新宮駅間は非電化、JR西日本が運営する新宮駅〜和歌山市駅間は直流電化されています。このため、使用されている車両も大変バラエティに富んでいます。
JR東海から見てみましょう。特急列車は、ハイブリッド特急型車両のHC85系を使用した〔南紀〕が名古屋駅〜津駅〜新宮・紀伊勝浦駅間で運行されています。HC85系は、ディーゼルエンジンで発電した電気でモーターを回し、エネルギーの一部を大容量リチウムイオン電池に充電。加速時など大きなエネルギーが必要な時に使用します。このシステムにより、従来1両に2基必要だったエンジンが1基となり、大幅な環境性能の向上を果たしました。最高速度は120km/h。〔南紀〕は全車普通車ですが、明るいオレンジを基調とした車内は全席にコンセントを装備し、車いすスペースや大型荷物スペースも確保されています。車内放送時に流れるメロディが、国鉄時代の気動車列車に使用された「アルプスの牧場」のアレンジバージョンであることも注目です。
快速〔みえ〕(2016年9月栗原景撮影)
名古屋駅〜津駅〜多気駅〜鳥羽駅間の快速〔みえ〕に使用されているのが、キハ75形気動車です。JR東海発足からまもない1993年に登場。伊勢・鳥羽方面の観光輸送に対応した転換クロスシートの車両で、米国カミンズ社製のエンジンを搭載して最高速度は特急と同じ120km/h。快速〔みえ〕は2028年度から新型HC35形の導入が決まっており、JR第一世代車両のパワフルな走りを楽しめるのは今のうちです。
亀山駅〜新宮駅間の普通列車は、全列車キハ25形気動車が使われています。電車である313系とほぼ同一の車体を使用し、全車ロングシートを備えています。
「パンダくろしお」や観光列車も人気のJR西日本区間
「オーシャンアロー」の愛称で親しまれる283系(2016年9月栗原景撮影)
JR西日本は、京都・新大阪駅〜和歌山・白浜・新宮駅間で特急〔くろしお〕を運行しています。使用される車両は3種類。283系は、「オーシャンアロー」の愛称がある振子式車両。曲線で車体を内側に傾け、高速で通過できます。新宮駅方の先頭車には前面展望を楽しめる展望グリーン席を備え、3号車には誰でも利用できる展望ラウンジを装備。展望ラウンジでは全席が海側を向いています。
〔くろしお〕の主力車両が、287系です。3列シートのグリーン車と、4列シートの普通車を備えた標準的な特急型車両で、グリーン車は全席、普通車は車端部の座席にコンセントを備えています。パンダで有名だった白浜のテーマパーク「アドベンチャーワールド」とタイアップして、車内外にパンダの装飾を施した「パンダくろしお」も3編成運行されており、家族連れに人気。運行スケジュールはJR時刻表や公式X(旧Twitter)から確認できます。
289系は、かつて北陸本線の特急〔しらさぎ〕用として活躍した683系2000番代を直流専用に改造した車両。287系と同等の設備で、やはりグリーン車全席と普通車車端部席にコンセントを備えています。
「パンダくろしお」についてはこちらもチェック
223系2500番代(2013年5月撮影)
225系5000番代(2013年5月撮影)
普通列車は、和歌山駅〜御坊駅(一部列車は紀伊田辺駅)間では主に223系0・2500番代と225系5000・5100番代が使用されています。阪和線や関西空港線でも使用されている車両で、座席は1+2列の転換クロスシート。また、和歌山市駅〜新宮駅間では2019年に登場した227系1000番代が使用されており、こちらは全席ロングシートです。
「WEST EXPRESS 銀河」(2020年1月撮影)
このほか、寝台列車ライクな旅を楽しめるJR西日本の観光列車「WEST EXPRESS 銀河」も、例年夏や秋に「紀南コース」として京都駅〜和歌山駅〜新宮駅間で運行される時期があります。JR時刻表や、JR西日本の「JRおでかけネット」で確認してください。
紀勢本線の見どころ
貴重な駅弁を購入できる松阪駅
紀勢本線の起点は、亀山駅です。ここから和歌山市駅まで、紀伊半島を一周する旅に出かけましょう。座席は、和歌山市駅に向かって左側、海側の席がおすすめです。和歌山側から乗車する場合は進行方向右側ですね。特急〔南紀〕ならA席側、〔くろしお〕ならC・D席側となります。
亀山駅〜津駅間は、普通列車のみの運行です。亀山駅で、名古屋方面に向かって発車するのは、この区間が大阪・京都方面からの路線として建設された名残。かつて名古屋駅からの直通列車は当駅で進行方向を変える必要があり遠回りだったため、現在の伊勢鉄道がショートカットルートとして建設されました。
小さな峠を2つ越え、伊勢平野に降りた列車は、その伊勢鉄道と合流し、近鉄名古屋線をくぐって津駅に到着します。しばらく近鉄と並走し、高茶屋駅を過ぎると田園地帯に出て、右手には鈴鹿山脈も見晴らせます。
松阪駅は、JR東海を代表するローカル線である名松線の分岐駅。松阪牛で知られる町でもあり、駅構内や駅前の売店では、1959年発売の名物「元祖特撰牛肉弁当」をはじめ、牛肉を使った駅弁を購入できます。紀勢本線内では、この先和歌山駅まで駅弁を日常的に販売している駅はないので、ぜひチェックしてみてください。
1駅区間で一気に海岸まで駆け下りる
多気駅は、紀勢本線が全通するまで紀勢東線の始発駅だった駅です。多気駅の先で参宮線が直進し、紀勢本線が右へ分岐する線形に路線の歴史を感じられます。
列車は、志摩半島のつけ根を横断します。栃原駅から宮川、三瀬谷駅からは大内山川に沿って谷を走り、徐々に山をのぼっていきます。次第に谷が狭くなり、一番奥まで来たところが標高192mの梅ケ谷駅。ここが紀勢本線で最も標高の高い駅で、ここから次の紀伊長島駅まで、25‰(1000m水平に進むごとに25mの高低差)の連続急勾配で山を一気に下ります。トンネルは全部で13カ所。左手に長島港のハマチ養殖場が見えてくると紀伊長島駅です。ここからは、入り組んだ複雑な海岸線に沿って南下します。
尾鷲駅からは戦後に建設された区間で、熊野市駅までは長いトンネルが続きます。それでも、トンネルの合間に見える太平洋の雄大な眺めは、JR東海区間のハイライトと言えるでしょう。
九鬼駅から三木里駅を経て新鹿駅までは、紀勢本線で最後に開通した区間です。賀田駅〜二木島駅間の曽根トンネルは、全長2933mと紀勢本線最長のトンネル。建設には当時の最新技術が投入され、それまで1カ月に90m前後しか掘り進めなかったところ、300mという掘進記録を達成しました。
熊野市駅でリアス式海岸はいったん終わり、鵜殿駅を過ぎて川幅の広い熊野川を渡ると和歌山県に入って、熊野速玉大社や熊野本宮大社の玄関である新宮駅に到着です。JR東海の区間はここまで。ここから先はJR西日本の電化区間となります。
太平洋の絶景を満喫
太平洋を一望できる新宮駅~三輪崎駅間(2016年9月栗原景撮影)
JR西日本の区間は、海の眺めを楽しめる区間が増えます。新宮駅を発車すると、列車はすぐに海岸沿いへ。熊野那智大社最寄り駅の那智駅、温泉保養地として知られる紀伊勝浦駅を過ぎると再び複雑な海岸が始まりますが、戦前に建設されたこともあり、地形に逆らわず比較的海岸を忠実にたどります。
橋杭岩(2016年9月栗原景撮影)
洋館風の駅舎がある太地駅は、かつて捕鯨基地として知られた町。バスで10分ほどの位置には「くじらの博物館」もあります。狭い入江の奥に小さな漁港がある玉ノ浦を眺め、紀伊田原駅〜古座駅間では遠浅の海に岩礁が広がります。やがて、大小40あまりの岩柱がそそり立つ橋杭岩が見えてくると、本州最南端の駅・串本駅に到着です。途中下車して、本州最南端の潮岬や紀伊大島を訪れるのもおすすめです。
串本駅からはまたトンネルが増えます。田子駅の手前から、和深駅を経て江住駅付近までは紀勢本線でも特に海の景色が美しい区間。岩礁、半島、無人島など、トンネルを出るたびに違った表情を見せます。
周参見駅からは内陸に入り、いくつか峠を越えて進路を北にとると、温泉リゾートで知られる白浜駅。世界遺産熊野古道中辺路の玄関である紀伊田辺駅からは大阪の経済圏に入り、線路も複線となります。
岩代駅~切目駅間で見られる雄大な水平線(2016年9月栗原景撮影)
アオウミガメの産卵地として知られる南部駅を過ぎると、列車はまたも海沿いへ。岩代駅を経て切目駅付近まで、岩礁や離島もほとんど見えない雄大な水平線を楽しめます。
全長わずか2.7kmの紀州鉄道が分岐する御坊駅、醤油醸造発祥の地として知られ旧駅舎が歴史建造物として保存されている湯浅駅など、途中下車してみたい駅が続きます。
藤並駅の先で有田川を渡り、車窓右手の斜面に広がるみかん畑を眺めると、長かった紀勢本線の旅もそろそろ終盤。加茂郷駅〜海南駅間でもう一度海岸沿いに出ますが、対岸に和歌山マリーナシティの高層ビルや製鉄所が見え、旅の終わりが近いことを感じます。海南駅からは都市圏に入り、宮前駅を過ぎて右からわかやま電鉄貴志川線が近づくと、和歌山駅に到着です。
和歌山駅〜和歌山市駅間は支線のような形になっており、列車はすべてこの区間だけを往復しています。高架線上にある紀和駅は、かつてここが和歌山駅を名乗ったとは信じられない静かな駅。右手から南海電鉄の線路が合流すると、終着・和歌山市駅に到着します。
雄大な太平洋の景色を心ゆくまで楽しめる紀勢本線。峠越えの区間も多く、紀伊半島の豊かな自然を満喫できます。白浜や新宮などで1泊して、じっくりと味わいたい路線です。
紀勢本線(JR東海・JR西日本)データ
起点 : 亀山駅
終点 : 和歌山市駅
駅数 : 96
路線距離 : 384.2km
開業 : 1891(明治24)年8月21日(亀山〜一身田間)
全通 : 1959(昭和34)年7月15日
使用車両 : HC85系、キハ75形、キハ25形、283系、287系、289系、223系0・2500番代、225系5000・5100番代、227系1000番代、117系7000番代(WEST EXPRESS 銀河)
著者紹介
- ※写真/栗原景,交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2026年1月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。



