2025.12.19鉄道技術や知恵で鉄道の明日をつなぐ「保線の手」

安全運転の最前線に迫る!「保線の仕事」とは?
列車を安全に走らせるために欠かせない、「保線」という仕事。鉄道会社では多くの保線スタッフが、昼夜を問わず線路のメンテナンスを行い、鉄道の安全を支えています。JR西日本で保線作業に携わるおふたりにお話を伺い、点検作業の様子や保線に対する思い等を語っていただきました。
『JR時刻表』×トレたび連動企画です。
レールやバラストを保守管理する「保線管理室」
今回取材させていただいたのは、JR西日本 近畿統括本部 姫路保線区 西脇保線管理室長の小出周平さん(27年目/写真左)と、同施設管理係の箍(たが) 風太さん(6年目/写真右)。西脇保線管理室では7人の社員が、加古川線のほぼ全区間、約47kmの保線作業を担当しているそうです。
「『保線』というのは、一言でいうと線路のメンテナンスです。鉄道会社では車両はもちろん、架線などの電気設備や信号通信設備、橋梁やトンネルといった土木構造物のメンテナンスを日常的に行っています。保線もそのひとつで、レールとまくらぎ、その下にあるバラストと呼ばれる砕石の点検や修繕が主な業務です」(小出さん)
線路をくまなく歩いて点検する「徒歩巡回」
保線の仕事でもっとも重要な作業の一つが、「徒歩巡回」と呼ばれるもの。文字通り、線路上および線路の際を歩いて巡回し、異状がないかを点検します。
「徒歩巡回は一定の周期で点検作業を行なっています。2人一組で1日あたり2~3kmを歩いて巡回し、まくらぎが破損していないか、レールを締結している犬釘が浮いていないか、レール同士をつなぎとめている継目板のボルトに緩みがないか、バラストが崩れていないか、などをチェックします」(箍さん)
さらに、バラストの下にある盛土の点検を行うこともあるほか、線路際に生えた木の状態などを確認し、列車の運転に支障が出そうであれば伐採するなどの対応をすることもあるそう。
「これらは、本来、保線部門ではなく土木部門の担当なのですが、一刻も早く列車の運転を再開させるため、簡単な作業であれば私たちが対応します。複雑な作業になれば、土木技術センターなどに連絡をして引き継ぎます」(小出さん)
ちなみに、線路には列車の本数や速度などに応じて等級がつけられており、加古川線は「4級線」にあたります。
「山陽本線などの1級線は、レール同士を溶接でつなぎ合わせたロングレールとなっており、まくらぎもコンクリート製の『PCまくらぎ』や『合成樹脂まくらぎ』が多く使われています。これに対し、加古川線のレールは『50Nレール』と呼ばれる山陽本線よりも小さいものがほとんどで、一部に古い規格の『50PSレール』も残っています。まくらぎも木製のものが大半なので、その分だけメンテナンスの手間がかかります」(小出さん)
徒歩巡回に欠かせない道具たち(左から折り尺、スパナ、シャベル、スパイキハンマー、ハンマー)。保線の道具は重い道具が多いそう
レールやボルトの状態を目や耳で確認
おふたりに、徒歩巡回の様子を実演していただきました。列車が来ていないか常に注意を払いつつ、手際よくレールやまくらぎを点検していきます。
「たとえば、レールとレールの隙間、踏切の踏み板とレールの隙間が規定通りの数値になっているかは折り尺で測定。レールのゆがみなどは、レール面に顔を近づけてチェックします」(箍さん)
「他にも、継目板のボルトが緩んでいないかの点検ではボルトをハンマーで叩き、その音で判断します。きちんと締まっていれば『カーン』と高い澄んだ音ですが、緩んでいると「コン」と低く鈍い音がするので、その場合はスパナで締め付けます」(小出さん)
といっても、その音や見た目の違いはわずかなもの。まさに職人技です。
「調整を行った箇所はタブレット端末で写真を撮ってデータベースに登録し、今後の巡回や修繕の参考にしています」(箍さん)
また、現在はキヤ141系などの検測車でも定期的に線路の状態を測定。より正確な数値管理ができるようになったほか、線路上の作業でのリスクとなる「列車と接触する危険性」を減らすことにもつながっているといいます。
レールにゆがみや不陸がないか目視で確認
鈍い音がすればスパナでボルトを締め付ける
保守工事は“時間との闘い”
保線の仕事で重要な作業のもう一つが、こうした徒歩巡回や検測の結果、さらには設備の耐用年数などを基にした、保守工事の実施です。簡単な工事は昼間に行うこともありますが、列車が運転されている時間帯の作業は安全上のリスクがあるため、“昼間にしかできないこと”に限定。そのほかの作業は夜間に実施するというのが基本ですが、その際も「線路閉鎖」という、作業区間に列車が侵入しないための措置を取って行います。
「保守工事では、事前の準備がとても重要です。工事にはどんな資材や機材が必要か、それらをどこからどうやって搬入するか、その作業にはどれくらいの時間がかかるのか、考えられるトラブルとその対処法など、あらゆることを検討し、綿密な計画を立てます」(箍さん)
「実際の作業では、時間管理がとても大切です。作業にかかる時間を事前に計算し、『最終列車がこの時刻より遅れた場合、時間内に作業が終わらない可能性があるので作業を開始せず中止する』という『クリティカルポイント』や、『この時刻までにこの作業を終わらせないと始発列車に影響が出る』という『エンドポイント』を設定し、常に意識しながら進めます」(小出さん)
保守工事で多いのは、レールやまくらぎ、バラストの交換。加古川線は多くの区間でマルチプルタイタンパーなどの大型機械を使用できる機会が限られているため、主に小型の機械を併用しながらの人力作業が基本です。
「たとえば、レール交換の際は『定尺レール』と呼ばれる長さ25mのレールを事前に数本ずつつなぎ合わせて線路際に置いておき、20~30人の作業員が片側から順番に交換していきます。最近ですと、神野~厄神間で約300mの作業を一晩で行いました。加古川線は最終列車から始発列車までの時間が山陽本線よりも長く、作業時間に比較的余裕があるのですが、それでもこの距離が限界ですね」(箍さん)
暗く時間の制約がある中での作業は大変ですが、無事に完了したときの達成感は毎回格別だと言います。
「始発列車を安全に運転できる状態になり、線路閉鎖終了の連絡をするときは『今日も無事故でやりきることができた』と充実感を感じます」(小出さん)
「私は加古川線で通勤しているのですが、保守工事を終えて帰るときに、その区間の乗り心地が良くなっていると感じることがあり、自分たちの仕事の大切さを実感します」(箍さん)
レール交換の様子(写真=JR西日本提供)
大雨や台風の後も線路を巡回確認
ところで、豪雨や台風などの発生で被害が見込まれる場合には列車を運休させ、運転再開の際には被害がないことを確認する必要があります。これらはどのようにして行われるのでしょうか。
「加古川線では、沿線の4カを止めます。運転再開は規制値を下回り、今後も上回ることがないという予測が条件となりますが、速やかに運転が再開できるよう、『もうすぐ規制値を下回りそうだ』という段階で線路点検の準備を始めます」(小出さん)
「線路点検は規制時の点検箇所や順序などを定めた『警備計画』に従い、レールカート(軌道自動自転車)を使って全区間を巡回します」(箍さん)
また、近年は異常気象の影響で夏場に酷暑となることがあり、線路にも影響を与えているそうです。
「レールは高温になると伸びるという性質があり、その量が多いと特に曲線区間で外側にレールが張り出してしまうことがあります。バラストがしっかりとまくらぎを支えられていれば張り出しは起こりませんので、夏を迎える前にバラストをしっかり整備するとともに、酷暑期間中は原則としてバラストに影響を与える作業を行わないようにしています」(小出さん)
機械化が進んでも変わらない“人の技の大切さ”
「困ったときはあいつに聞けば大丈夫」そんな存在になりたいと語る箍さん。技術だけでなく、熱い思いも受け継がれている
かつては検測や工事などのすべてを人手に頼っていましたが、現在は機械化が進み、省力化とともに線路の状態をより正確に把握できるようになりました。
「2021年度に導入されたDEC741形検測車は、最新式の画像解析装置を備えており、レールの継目板に破損がないか、ボルトが脱落していないかなどを確認できます。また、まくらぎ1本1本にあるレール締結装置もすべて記録されており、検測後に不具合があるものをピックアップする技術も開発されました。既に一部の線区で実用化されていて、加古川線でも導入されれば私たちの仕事の流れが変わるかもしれません」(小出さん)
一方で、今も“人の技”が大切であることに変わりはありません。
「現場で感じる音や匂い、歩いたり触ったりしたときの感触などは、線路の異状を知る手掛かりとなり、とても大切な感覚です。作業の経験を重ねることでこうした感覚が養われてゆくのですが、今は機械化などで現場に出る回数が減っているため、若手とコミュニケーションをとりながらうまく引き継いでいかなければならないと思っています」(小出さん)
「先輩方の仕事を見ていると、たとえばボルトを叩いた時の微妙な音の違いや、犬釘をスパイキハンマーで打ち込むときの正確さなど、『すごいなあ』と思うことがたくさんあります。現場に出た際は『自分にやらせてください』と率先してお願いし、体で覚えると同時にメモなどを残して、確実に自分の技術にできるよう努力しています。入社して3年後に作業責任者の資格を取得し、ひととおりの知識を身に着けたという意味では一人前になりましたが、それでも先輩方を見ているとまだまだですね(笑)」(箍さん)
さらに、こうした技術よりも大切にしてほしいのが“安全に対する感度”だと小出さんは話します。
「我々が行っている保線作業は、列車の安全運転に直結します。『この作業は我々保線スタッフにしかできない』という点に誇りを持つとともに、少しでも危ないと思った時は躊躇なく列車や作業を止めるという判断力を身に着けてほしいですね」(小出さん)
「お客さまと直に接することは少ない職場ですが、『自分たちの仕事の向こう側にお客さまがいる』ということを常に意識するようにしています」と話す、小出さんと箍さん。
先輩から受け継いだ技や知識が次の世代へと受け継がれてゆく……。その繰り返しが、今日の安全運転につながっています。
- ※箍の正式な漢字は竹冠に輪
著者紹介
JR時刻表2026年1月号
- ※取材・文・撮影(特記以外)=伊原 薫
- ※掲載されているデータは2025年12月1日現在のものです。


