創刊号から700冊。めくって分かった、時間短縮と記憶に残る列車の履歴
1963年春、『JR時刻表』の前身となる『全国観光時間表』の第1号、1963年5月号が発売された。当時はまだ新幹線がなく、長距離の移動は夜行列車がメインだった。
それから58年。東海道新幹線の開業から始まった新幹線の路線網は全国に拡大し、新幹線を乗り継げば北海道から九州まで10時間もかからずに移動できる時代となった。
そこで、新幹線網の拡大や在来線の電化・高速化によって鉄道はどれだけ早く移動できる交通手段になったのか。新幹線が開業・延伸するたびに所要時間が短縮されてきた区間にスポットを当て、過去の時刻と現在の時刻を比べてみた。
最短時間ルートが5回も変わった!「東京駅~金沢駅」ルート
東海道新幹線の開業で東京駅発は西回りが便利に
新幹線や在来線の路線網の発達とともに、ルートも変わりながら推移したのが「東京駅~金沢駅」の所要時間だ。
1963年の第1号をみると、最短時間は特急「白鳥」を利用した場合で下り8時間11分、上り8時間19分(上野駅~長野駅~金沢駅)。特急「白鳥」は、上野駅から高崎駅、長野駅、直江津駅、金沢駅、米原駅を経由して大阪駅へ向かう特急で、当時は上野駅から北陸方面へ向かう唯一の特急。直江津駅〜大阪駅間は、青森駅〜大阪駅間を走る編成を併結していた。
1964年10月に東海道新幹線が開業すると、名古屋駅や米原駅まで新幹線を利用するルートが最短時間に。12月に大阪駅〜米原駅〜富山駅で特急「雷鳥」の運転が始まると、下りが6時間17分、上りが6時間30分となった。
その後、新幹線が開業当時の徐行ダイヤ(東京駅〜新大阪駅、最速4時間)から、通常ダイヤ(東京駅〜新大阪駅、最速3時間10分)になり、スピードアップされると5時間程度に短縮。鉄道で東京駅〜金沢駅間を移動するなら東海道新幹線を利用する「東京駅~米原駅~金沢駅」がスタンダードとなった。
上越新幹線の開業で新たなルートが注目される
そんな流れに変化が生じたのが、国鉄末期の1985年。大宮駅始発だった上越新幹線が上野駅まで延伸されると、上越新幹線を利用した「上野駅~長岡駅~金沢駅」の最短時間が下り・上りとも4時間48分に。このときの東海道新幹線経由の最短時間は下りが4時間44分、上りが4時間48分。今回比較している東京駅を起点とした区間は、東海道新幹線経由がかろうじて最短時間という形に。
JRが発足すると、東海道新幹線経由、上越新幹線経由でスピードアップ競争が激化。1988年、JRになってから初のダイヤ改正で東海道新幹線は米原駅停車の「ひかり」と北陸方面の特急の接続を強化。さらに米原駅〜金沢駅で、途中福井駅にしか停車しない速達タイプの特急「きらめき」の運行がスタート。下りが4時間19分、上りが4時間23分に。上越新幹線は上野駅~長岡駅間をノンストップで結ぶ「あさひ」を2往復設定。それに接続する列車の停車駅を直江津駅、富山駅、高岡駅に絞った特急「かがやき」の運行が始まった。「かがやき」を利用すると下りは4時間10分、上りは4時間12分。上野駅~金沢駅の所要時間は、東京駅~金沢駅より短くなった(調査は東京駅起点なので、この時点での最短時間は東海道新幹線経由)。
90年代は最速ルートが目まぐるしく変化
東海道新幹線経由、上越新幹線経由の戦いに決着がついたのは1991年。上越新幹線が東京駅に乗り入れると、最短時間が下り3時間58分、上り3時間59分に。この4時間を切るというインパクトが決定打となったのかどうかはわからないが、東海道新幹線に接続する下りの特急「きらめき」は福井駅以外にも停車駅が追加され、「きらめき」を利用した場合の所要時間は下りが4時間25分に増加(上りは変わらず)。以降、メインルートは「東京駅~長岡駅~金沢駅」になる。
長岡駅経由が主流となった6年後、1997年に六日町駅〜犀潟駅間に北越急行ほくほく線が開業すると、金沢駅と長岡駅を結んでいた特急「かがやき」は、金沢駅と越後湯沢駅を結ぶ、ほくほく線経由の特急「はくたか」に。
「東京駅~ほくほく線~金沢駅」のルートがメインとなり、最短時間は両方向とも3時間43分となった。ちなみに、ほくほく線経由の特急「はくたか」は、2002年から当時の在来線最高速度の160km/hで運転した列車であった。
北陸新幹線の金沢延伸で半世紀ぶりに長野経由が最速に
1997年10月に北陸新幹線の高崎駅〜長野駅間が開業するも、金沢駅へのメインルートは変わらずほくほく線経由となっていたが、2015年に長野駅〜金沢駅間が開業すると、東京駅〜金沢駅を直通する速達タイプの新幹線「かがやき」が登場。「東京駅~長野駅~金沢駅」がメインルートとなり、下り2時間30分、上り2時間28分に短縮された。
その後、上野駅〜大宮駅間の最高速度の引き上げなどもあり、現在は両方向とも2時間27分が最短となっている。
創刊号で示されていた長野駅経由だった最短ルートが、新幹線の開業やスピードアップで米原駅経由、長岡駅経由、ほくほく線経由と変化し、50年以上の時を経て長野駅経由へと回帰する。これまで発売された700冊の中には、そんな歴史が記録されている。
- ※「東京駅〜ほくほく線・長岡駅〜金沢駅」の場合、「直江津駅~金沢駅」は上り、「金沢駅~直江津駅」は下りとなりますが、東京駅発を下り、金沢駅発を上りとしています。
東京駅⇔金沢駅間の所要時間比較
東京駅⇔金沢駅間の最短ルート変遷マップ
約16時間が4時間台に!「新大阪駅~鹿児島中央駅」ルート
ブルートレインが最速の時代
1964年の東海道新幹線開業後、新幹線が西へと路線を伸ばすたびに短くなっていったのが「新大阪駅~鹿児島中央駅」の所要時間だ。
新幹線開業前で、新大阪駅がなかった頃の創刊号(『全国観光時間表』1963年5月号)を見ると、大阪駅~西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)の所要時間は、寝台特急「はやぶさ」を利用するのが最短で、下りが15時間14分、上りが15時間17分だった。ただ、「はやぶさ」は東京駅発着のブルートレインなので時刻を見ると、大阪駅発が午前2時16分、大阪駅着が同じく深夜2時47分と、大阪駅を利用する人には使い勝手の悪い時間帯。なので、大阪から鹿児島までの移動でこの列車を選択する人は少なかっただろう。
「はやぶさ」を使わない場合の最短時間は、大阪駅〜博多駅の特急「みどり」と、博多駅で接続する急行「さつま」を乗り継ぐパターンで、下りは16時間04分、上りは17時間11分だった。
東海道新幹線開業直後の時刻表を見ても、大阪駅~西鹿児島駅を最短で結ぶのは「はやぶさ」で変わらず。ただ、「はやぶさ」は新大阪駅を通過していたので、新大阪駅~西鹿児島駅に限定すると、新大阪駅〜博多駅の特急「はと」と、博多駅で接続の急行「さつま」のパターンで、下りは16時間14分、上りは17時間19分だった。
581系寝台特急もスピードアップに貢献
山陽新幹線が岡山まで開業した1972年になると鹿児島本線の電化などもあり時間が短縮。「ひかり」と581系電車を使った寝台特急「月光」を乗り継ぐと13時間を切るようになった。
さらに博多まで延伸すると、夜行を使わないルートが最短時間に。途中、岡山駅・広島駅・小倉駅にしか停車しない速達タイプの「ひかり」と、博多駅〜西鹿児島駅を結ぶ特急「有明」の乗り継ぎで所要時間が9時間未満となった。
その後、1993年に山陽新幹線に「のぞみ」が登場。下りが6時間32分、上りが6時間42分となる。
九州新幹線の開業で5時間の壁を突破
鹿児島本線の八代駅〜西鹿児島駅間が単線であることや、500系の「のぞみ」と博多駅〜西鹿児島駅を結ぶ特急「つばめ」の接続が悪かったことから、93年以降は所要時間が大幅に短縮されることはなかった。だが2004年、九州新幹線の新八代駅〜鹿児島中央駅間が開業したことで下り・上りとも4時間59分と、ついに5時間の壁を破る。
そして2011年。九州新幹線の博多駅〜新八代駅間が開業し、新大阪駅〜鹿児島中央駅を直通する「みずほ」が登場すると下りが3時間46分に。さらに山陽新幹線内でのスピードアップが行われ、現在のダイヤでは最短で新大阪駅→鹿児島中央駅が3時間41分、鹿児島中央駅→新大阪駅が3時間43分となった。
創刊号(大阪駅~西鹿児島駅)と比較すると、下りで11時間31分、上りで11時間34分の短縮。「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」なんて言葉もありますが、みんな急いでどこかへ行きたいものなんですね。
- ※鹿児島中央駅の旧名称は西鹿児島駅(2004年3月12日まで)です。
- ※1963年9月号は新大阪駅がまだ開業していないため、大阪駅〜西鹿児島駅の所要時間で計算しています。
- ※1964年10月号では、新大阪駅〜大阪駅間を深夜に徒歩で移動したとしても「はやぶさ」ルートが早かったため、最速ルートとしました。
新大阪駅⇔鹿児島中央駅間の所要時間比較表
著者紹介
JR時刻表2021年8月号
- ※写真/交通新聞クリエイト、結解学写真事務所
- ※掲載されているデータは2021年7月現在のものです。