「神戸名物」を生み出す。ユニークなアイデアとおいしさへのこだわり
今も駅弁は鉄道での旅に欠かせない存在。神戸の本物の味にこだわってきた駅弁会社・淡路屋は、「ひっぱりだこ飯」で知られ、1世紀におよぶ伝統を育み、そのお弁当は「神戸名物」として親しまれてきました。また、人々をより満足させたいという思いから、他社とは異なる発想でユニークなお弁当を生み出し、駅弁業界のパイオニアとも評されています。
次々と繰り出す斬新なアイデアに目を見張りますが、それを支えているのが、おいしさと安全性の両立に欠かせない徹底した品質管理です。想いを込めて製造する「米田茶店(よねだちゃてん)かに寿し」の工程から、その一端を垣間見てみましょう。
淡路屋 明治創業、神戸の食材で食の楽しさを提供
神戸市に本社を構える淡路屋は、1903(明治36)年に駅弁会社として創業。駅弁が普及し、各地で個性豊かなご当地弁当が作られるなか、淡路屋では瀬戸内の海の幸・六甲の山の幸など神戸の食材をふんだんに使ったお弁当を作り、世界のおいしいものが集まる神戸を代表する存在になりました。
創業から120年近く、5代にわたって素材と味にこだわる伝統を受け継ぎながら、常に時代をリードする駅弁を提供。駅弁は冷たいものという常識を覆す加熱式の「あっちっちスチーム弁当」シリーズ、タコつぼ形の陶器がユニークな「ひっぱりだこ飯」をはじめ、数多くのヒット商品を世に送り出してきました。独自のアイデアと最新の衛生設備を徹底した生産体制により、食の楽しさを人々に提供しつづけています。
「米田茶店かに寿し」はこう作られる ~淡路屋の1日~
バラエティーに富んだ淡路屋の駅弁のなかでも、「米田茶店かに寿し」は、惜しまれつつ廃業した兵庫県美方郡新温泉町の米田茶店からレシピを引き継いで製造を続けている商品。副社長の柳本雄基(やなぎもとゆうき)さんはこう話します。「駅弁は全国津々浦々の味があることが魅力。少しでも駅弁文化の多様性を守りたいと思ったんです」。かつての調製元の思いとともに駅弁文化を次代へ継承する「米田茶店かに寿し」について、調理から出荷へ至る1日を追いました。
米田茶店かに寿しの工程
1.食感を決める!炊飯&酢飯づくり
2.高温で加熱・殺菌!カニを蒸す
3.こだわりを継承!お酢の調合
4.丁寧に下準備!その他の具材を用意
5.商品ごとに最適化された盛付ライン!箱詰め
6.彩りよく美しく!完成
7.おいしさと品質をキープしながら出荷
工程1:食感を決める!炊飯&酢飯づくり
使用する国産米は「米田茶店」とは異なるため、何度も試行錯誤を繰り返した結果、やや少なめの水加減に調整することで米田茶店時代と同じような食感に仕上げることに成功。炊き上がったご飯には調合済みの甘酢を回しかけ、熱々のままほぐし機を通して攪拌(かくはん)したのち、品質を保つため真空冷却器へ。その後、盛付ラインのフロアへ運び、パッケージに詰めていきます。
工程2:高温で加熱・殺菌!カニを蒸す
ご飯が炊き上がるまでの時間を利用して、仕入れたカニの棒身とバラ身の加熱殺菌のため、スチームコンベクションで10分ほど蒸して殺菌処理。取り出して温度計で85度以上になっていることが確認できたら、真空冷却器で一気に冷却。蒸したときに出る水分をそのまま残すのは、お酢と合わせたときの味の仕上がりをよりまろやかにするためです。
工程3:こだわりを継承!お酢の調合
「米田茶店かに寿し」には、兵庫県美方郡香美町香住区にある老舗メーカーで、角がまろやかな味わいのトキワ社製のお酢を使用。
カニの調味用に塩と砂糖を混ぜて甘酢を作りますが、なぜか2種類あり、よく見比べると微妙に色が違う!?
左の棒身用は少し濃いめで、右のバラ身用は薄め。これは、棒身とバラ身でお酢のなじみ方が違うことを考慮し、配合を微妙に変えて使い分ける米田茶店のこだわりを継承したもの。
表面積が少ない棒身はやや濃く仕上げているということです。このお酢をそれぞれのカニが入った容器に注ぎ、棒身は形を崩さないよう軽く絡める程度にとどめ、バラ身は手でしっかりとなじませます。
ちなみにご飯に合わせるお酢は、また違った配合です。なんと、1つのお弁当内で濃度が異なる3種類の甘酢を使い分けています。お箸ですくって食べるとき、酢飯・棒身・バラ身のバランスは毎回異なるため、味わいもそのつど微妙に変化。シンプルなお弁当でありながら、最後まで食べ飽きないという工夫です。
工程4:丁寧に下準備!その他の具材を用意
米田茶店は小規模だったため、すべての具材を自らの調理場で作っていましたが、多くの種類の駅弁を手掛けている淡路屋では効率よく作業するため一部を外注。錦糸玉子は、以前と同様にふんわりと家庭的な味わいに調理したものを仕入れて使用。あらかじめ使いやすくほぐし、その他のトッピング具材とともに盛付ラインの準備を整えます。
工程5:商品ごとに最適化された盛付ライン!箱詰め
すべての具材が揃ったら盛付ラインへ。フロア内は常に室温20度以下になるよう、空調管理がなされています。
ご飯が詰められた弁当箱に、まずは魚肉おぼろをちりばめて錦糸玉子を敷き、続いてカニのバラ身、棒身と、各担当が手際よくのせていきます。「米田茶店かに寿し」の製造は1日50個前後のため、ベルトコンベアの速度はゆっくりめ。一方、淡路屋を代表するヒット商品「ひっぱりだこ飯」の場合、1時間に2000個ほどの速度で流しています。それぞれ、効率よく作業ができるように商品開発がなされています。
工程6:彩りよく美しく!完成
甘辛く煮たシイタケや茹でグリーンピースをバランス良くトッピングしたのち、付け合わせのごま昆布佃煮と奈良漬、紅ショウガを添えれば完成。赤、黄、緑の具材のカラフルな彩りに加えて、弁当箱の対角線上に具材を並べたレイアウトで目も楽しませてくれます。
工程7:おいしさと品質をキープしながら出荷
出荷場に送られてきた駅弁は、配送先に応じて仕分けを実施(ピッキング)します。出荷を待つ間も保冷室に置かれ、徹底した品質管理はもちろん、製造時のままのおいしさをキープ。復活した「米田茶店かに寿し」は、新神戸駅などの淡路屋の直売店、生まれ故郷である但馬(たじま)地方の城崎(きのさき)温泉駅、販売委託先の新大阪駅などのほか、不定期で全国の百貨店での駅弁大会などに出荷されていきます。
持ち歩きの自然解凍で美味しい!今注目の 「どこでも駅弁」
コロナ禍で駅弁販売が落ち込むなか、淡路屋が今年5月に発売した冷凍駅弁「どこでも駅弁」シリーズ。一般的な冷凍弁当は電子レンジでの加熱が前提ですが、「冷めてもおいしい駅弁本来の魅力を味わってほしい」と、自然解凍にも対応している点が特徴です。
解凍の目安は20℃の環境下で4~5時間。例えば自宅から職場や学校へ持参すればちょうど昼には食べごろに。現在は、明石ダコの旨煮が入った「ひっぱりだこ飯」、京都の名物を取り入れた「きつねの鶏めし」、本格的なすき焼き弁当「神戸名物すきやき弁当」と、淡路屋を代表する3商品を用意(3食セットで販売中:2,400円~2,700円)。購入は電話 078(431)1682 またはオンラインストア(https://all.awajiya.co.jp/)にて。
株式会社 淡路屋
著者紹介
JR時刻表2021年9月号
- ※写真/笹木博幸
- ※掲載されているデータは2021年8月現在のものです。
- ※掲載のねだんは全て税込です。