トレたび JRグループ協力

2021.09.21鉄道〔SL人吉〕大正生まれの蒸気機関車を支える、機関士と機関助士の職人技

令和2年豪雨の被害から、念願の復活を果たしたSLの1日

JR九州の人気列車〔SL人吉〕が今年5月、鹿児島本線 熊本〜鳥栖間で運転を再開。
令和2年7月豪雨の被害から運転を取りやめていたSLの復活に、乗客や沿線の人たちからも喜びの声が寄せられています。
注目を集める〔SL人吉〕と、機関士と機関助士の1日の仕事を追っていくと、そこには三者が手を取り合うチームの物語がありました。


  〔SL人吉〕とは?  

今年の5月から運転を再開した〔SL人吉〕は、鹿児島本線 熊本〜鳥栖間を1日1往復。
途中停車駅は、玉名・大牟田・久留米で、往路は蒸気機関車を先頭に鳥栖駅を目指し、復路はディーゼル機関車に牽引されて熊本駅に向かいます。
2009(平成21)年~2020年まで運転していた球磨川沿いの肥薩線から舞台を移し、車窓からは九州を縦断する鹿児島本線沿線の風景が楽しめます。
〔SL人吉〕の蒸気機関車は1922(大正11)年に製造された8620形58654号機。
1975(昭和50)年に廃車となり、肥薩線の矢岳駅で静態保存されていましたが、1988(昭和63)年に復帰したという歴史を持ちます。


みんなの“想い”と“技”が詰まった〔SL人吉〕の1日とは

7時53分、出勤。前日から燃える火を受け継ぎ、機関士と機関助士で奮闘の準備

SLは、機関士と機関助士の2人がチームになって動かしています。2人の出勤は7時53分。
熊本駅から〔SL人吉〕が格納された熊本車両センターへと向かい、「ナッパ服」と呼ばれる機関士専用の制服に着替えます。


今回お話を伺ったJR九州熊本乗務センター所属機関士の髙山一郎たかやまいちろうさんと機関助士の辻間徹つじまとおるさん

8時30分頃から蒸気機関車の運転準備に着手。

蒸気機関車の火室の火は、前日から燃やし続けられ、夜間に火の番をしていた係から機関助士が引き継ぎます。
その火をもとに蒸気機関車が走るために必要な蒸気をつくるため、機関助士が石炭庫の石炭を焚口戸から火室に投げ込み、火力を上げます。

〔SL人吉〕の火室の温度は最大1000℃近くまで上がるのだとか。
近くの運転席もかなりの高温となり、まさに暑さとの戦いとなります。


火室に石炭をくべる機関助士

火室の熱で水を水蒸気にし、その力でSLが走る

◆叩いて拭いて磨いて…むかしから変わらない大切な「手作業」

運転のために必要な蒸気を確保したら、次は機関士が打音だおん検査をはじめ、圧縮機やタービン発電機などの各種機器の動作確認を実施。
打音検査とは、ハンマーで機関車の部品を叩き、ゆるみや異常がないかどうかなどをチェックする重要な作業で、熟練の技が求められます。


打音検査の様子。ハンマーで入念に車体を叩いていく

「これらの作業は、国鉄時代からまったく変わっていません。すべて機関士と機関助士の手作業で行われています」と話すのは、〔SL人吉〕の前身である〔SLあそBOY〕時代からこの蒸気機関車に乗務しているベテラン機関士の髙山一郎さん。
「大正時代生まれの列車ですからね、点検をしっかりと行うことが何より大切です」と言います。


ベテラン機関士の髙山さん

9時25分、蔵出し。いよいよ乗客の待つ熊本駅のホームへ

機関士が調整作業をしている間、機関助士は石炭を燃やした灰の溜まった灰箱を掃除したり、車体を磨き上げたりします。


ヘッドマークまできれいに拭き上げる

9時25分、準備を終えた蒸気機関車が熊本車両センターから出発する蔵出し。
石炭庫に最大5トンの石炭を積み込めば、出発準備が完了。


蔵出しの様子

10時50分、熊本駅出発

その後、蒸気機関車は転車台で方向転換して、客車と連結。乗客の待つ熊本駅のホームに向かって動き出します。
ホームに到着し、乗客を乗せたらいよいよ出発。
汽笛を鳴らし、鳥栖駅を目指して走り出します。


転車台で車体を回転

客車との連結作業

◆運転再開で改めて感じた沿線の人たちのあたたかさ

〔SL人吉〕の運転再開後、髙山さんたちは「〔SL人吉〕が本当に多くの人たちに愛されている列車だということを改めて感じました」と話します。
〔SL人吉〕が鹿児島本線を走ると、沿線から手を振る人がたくさんいて、その人たちを見る度に、運転を再開できたことの喜びをかみ締めているとのこと。
「“いつもありがとう”というプラカードを手に持って、線路沿いで待ってくださっている方もいるんですよ」と機関助士の辻間徹さんも笑顔で話します。


嬉しそうに乗客や沿線の人たちについて語る辻間さん

◆蒸気機関車にとって一番大切なのは“水”

煙をたなびかせ、鹿児島本線を力強く駆け抜ける〔SL人吉〕。
髙山さんに蒸気機関車が走るために最も大切なものはなにかと尋ねると、「やっぱり蒸気をつくるための水ですね。蒸気機関車の水は人間にとっての血と同じです」と答えてくれました。

機関車から生まれる蒸気は日によって微妙に異なり、その違いをいかに掴み、スムーズな運転につなげていくかが、機関士の腕の見せどころだそうです。
一方、機関助士は機関士が求める蒸気圧を保つために、火室の火力調整に注力します。
「その加減がとても難しいですね」と辻間さんは話します。


蒸気圧確認の様子

13時24分、鳥栖駅に到着

熊本駅からの運転を終え、13時24分鳥栖駅に到着しました。
〔SL人吉〕の運転は、機関士と機関助士による熟練の技術と経験、そして2人の“あうん”の呼吸で成り立っています。


車庫内でさまざまな騒音が鳴り響く中、作業を進めていく2人の呼吸はぴったり


鳥栖駅で〔SL人吉〕を待つ人たち

◆「〔SL人吉〕が走ることでたくさんの人を笑顔に」

髙山さんと辻間さんは最後に「〔SL人吉〕が走ることで、乗客や沿線の人たちが笑顔になってくれる。そのお手伝いをできることが私たちにとって何よりうれしいことです」と笑顔で語りました。

鳥栖駅から熊本駅に戻り、18時15分、熊本車両センター到着。
2人は〔SL人吉〕を入庫後、1日の業務を終えました。

  • 機関助士・辻間徹さんの「辻」は、正しくは1点しんにょうになります。

著者紹介

歌岡泰宏

1972年生まれ、熊本県熊本市出身。
旅・グルメに関する企画・取材・撮影・執筆を手がける編集プロダクション「ポルト」(熊本市)の代表。『月刊旅の手帖』や『ジパング倶楽部』(いずれも交通新聞社発行)で旅ライターとして執筆中。中学生の頃、兄と一緒に青春18きっぷを利用して九州から北海道まで日本列島縦断の旅をした経験を皮切りに、全国のさまざまな鉄道に乗りまくる生粋の「乗り鉄」。


JR時刻表2021年10月号

10月号は10月2日からのJR西日本ダイヤ改正と秋の臨時列車を掲載。
巻頭カラー特集「もっと知りたいSLの世界」では、10月14日の「鉄道の日」にちなんでSLを特集。幅広い世代から人気を誇るSLについて、全般検査やSL機関士の仕事、転車台などのさまざまな視点から、その魅力を紹介していきます。「十人十鉄~だから、鉄道が好き」・「モノ鉄コレクション」も好評連載中です。

【JR時刻表とは】
JR線の全線全駅を掲載。主要駅の構内図、私鉄、国内線航空ダイヤも収録。駅の旅行センター・みどりの窓口でも使われている時刻表です。
見やすい2色刷り/JR6社共同編集/JR6社の主要ニュースを掲載

※改正線区は10月2日からの内容です。
●本記事はJR時刻表2021年10月号との共同企画です。


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  • 写真/福島啓和(frap.inc)
  • 掲載されているデータは2021年9月現在のものです。
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