令和2年豪雨の被害から、念願の復活を果たしたSLの1日
JR九州の人気列車〔SL人吉〕が今年5月、鹿児島本線 熊本〜鳥栖間で運転を再開。
令和2年7月豪雨の被害から運転を取りやめていたSLの復活に、乗客や沿線の人たちからも喜びの声が寄せられています。
注目を集める〔SL人吉〕と、機関士と機関助士の1日の仕事を追っていくと、そこには三者が手を取り合うチームの物語がありました。
〔SL人吉〕とは?
今年の5月から運転を再開した〔SL人吉〕は、鹿児島本線 熊本〜鳥栖間を1日1往復。
途中停車駅は、玉名・大牟田・久留米で、往路は蒸気機関車を先頭に鳥栖駅を目指し、復路はディーゼル機関車に牽引されて熊本駅に向かいます。
2009(平成21)年~2020年まで運転していた球磨川沿いの肥薩線から舞台を移し、車窓からは九州を縦断する鹿児島本線沿線の風景が楽しめます。
〔SL人吉〕の蒸気機関車は1922(大正11)年に製造された8620形58654号機。
1975(昭和50)年に廃車となり、肥薩線の矢岳駅で静態保存されていましたが、1988(昭和63)年に復帰したという歴史を持ちます。
みんなの“想い”と“技”が詰まった〔SL人吉〕の1日とは
7時53分、出勤。前日から燃える火を受け継ぎ、機関士と機関助士で奮闘の準備
SLは、機関士と機関助士の2人がチームになって動かしています。2人の出勤は7時53分。
熊本駅から〔SL人吉〕が格納された熊本車両センターへと向かい、「ナッパ服」と呼ばれる機関士専用の制服に着替えます。
今回お話を伺ったJR九州熊本乗務センター所属機関士の髙山一郎さんと機関助士の辻間徹さん
8時30分頃から蒸気機関車の運転準備に着手。
蒸気機関車の火室の火は、前日から燃やし続けられ、夜間に火の番をしていた係から機関助士が引き継ぎます。
その火をもとに蒸気機関車が走るために必要な蒸気をつくるため、機関助士が石炭庫の石炭を焚口戸から火室に投げ込み、火力を上げます。
〔SL人吉〕の火室の温度は最大1000℃近くまで上がるのだとか。
近くの運転席もかなりの高温となり、まさに暑さとの戦いとなります。
◆叩いて拭いて磨いて…むかしから変わらない大切な「手作業」
運転のために必要な蒸気を確保したら、次は機関士が打音検査をはじめ、圧縮機やタービン発電機などの各種機器の動作確認を実施。
打音検査とは、ハンマーで機関車の部品を叩き、ゆるみや異常がないかどうかなどをチェックする重要な作業で、熟練の技が求められます。
「これらの作業は、国鉄時代からまったく変わっていません。すべて機関士と機関助士の手作業で行われています」と話すのは、〔SL人吉〕の前身である〔SLあそBOY〕時代からこの蒸気機関車に乗務しているベテラン機関士の髙山一郎さん。
「大正時代生まれの列車ですからね、点検をしっかりと行うことが何より大切です」と言います。
9時25分、蔵出し。いよいよ乗客の待つ熊本駅のホームへ
機関士が調整作業をしている間、機関助士は石炭を燃やした灰の溜まった灰箱を掃除したり、車体を磨き上げたりします。
ヘッドマークまできれいに拭き上げる
9時25分、準備を終えた蒸気機関車が熊本車両センターから出発する蔵出し。
石炭庫に最大5トンの石炭を積み込めば、出発準備が完了。
10時50分、熊本駅出発
その後、蒸気機関車は転車台で方向転換して、客車と連結。乗客の待つ熊本駅のホームに向かって動き出します。
ホームに到着し、乗客を乗せたらいよいよ出発。
汽笛を鳴らし、鳥栖駅を目指して走り出します。
◆運転再開で改めて感じた沿線の人たちのあたたかさ
〔SL人吉〕の運転再開後、髙山さんたちは「〔SL人吉〕が本当に多くの人たちに愛されている列車だということを改めて感じました」と話します。
〔SL人吉〕が鹿児島本線を走ると、沿線から手を振る人がたくさんいて、その人たちを見る度に、運転を再開できたことの喜びをかみ締めているとのこと。
「“いつもありがとう”というプラカードを手に持って、線路沿いで待ってくださっている方もいるんですよ」と機関助士の辻間徹さんも笑顔で話します。
◆蒸気機関車にとって一番大切なのは“水”
煙をたなびかせ、鹿児島本線を力強く駆け抜ける〔SL人吉〕。
髙山さんに蒸気機関車が走るために最も大切なものはなにかと尋ねると、「やっぱり蒸気をつくるための水ですね。蒸気機関車の水は人間にとっての血と同じです」と答えてくれました。
機関車から生まれる蒸気は日によって微妙に異なり、その違いをいかに掴み、スムーズな運転につなげていくかが、機関士の腕の見せどころだそうです。
一方、機関助士は機関士が求める蒸気圧を保つために、火室の火力調整に注力します。
「その加減がとても難しいですね」と辻間さんは話します。
13時24分、鳥栖駅に到着
熊本駅からの運転を終え、13時24分鳥栖駅に到着しました。
〔SL人吉〕の運転は、機関士と機関助士による熟練の技術と経験、そして2人の“あうん”の呼吸で成り立っています。
◆「〔SL人吉〕が走ることでたくさんの人を笑顔に」
髙山さんと辻間さんは最後に「〔SL人吉〕が走ることで、乗客や沿線の人たちが笑顔になってくれる。そのお手伝いをできることが私たちにとって何よりうれしいことです」と笑顔で語りました。
鳥栖駅から熊本駅に戻り、18時15分、熊本車両センター到着。
2人は〔SL人吉〕を入庫後、1日の業務を終えました。
- ※機関助士・辻間徹さんの「辻」は、正しくは1点しんにょうになります。
著者紹介
JR時刻表2021年10月号
- ※写真/福島啓和(frap.inc)
- ※掲載されているデータは2021年9月現在のものです。