トレたび JRグループ協力

2022.03.19鉄道「硬券きっぷ」の文化を守り、新たな楽しみ方を発信する山口証券印刷だからこそ知る、きっぷの歴史

100年の歴史を経て、きっぷも新たな姿に。「硬券きっぷ」の過去と現在

きれいな台紙とともに発売される記念きっぷなどに多く使用され、そのしっかりとした紙質と独特の風合いがレトロでファンの多い「硬券きっぷ」。今日でも一部の私鉄では通常の入場券・乗車券として使用されています。この硬券きっぷを製造している山口証券印刷さんにお邪魔してきました!
『JR時刻表』×トレたび 連動企画です。

日本の鉄道史に欠かせない、山口証券印刷の歩んだ100年間の軌跡

「硬券きっぷ」の始まりは「名刺」の受注?

1921(大正10)年に創業した山口証券印刷は2021年、記念すべき創業100周年を迎えたとても歴史のある印刷会社です。そして今年の2022年は日本の鉄道開業150年。山口証券印刷は長年にわたり、日本の鉄道史にとって欠かせない存在でありつづけています。そんな長い歴史の中では関東大震災、東京大空襲など幾多の困難にも見舞われました。


東京都千代田区外神田にある山口証券印刷。ラウンジスペースには同社の歴史がわかる展示がありました

創業100周年の歴史の重みをひしひしと感じる保存物も!

山口証券印刷が鉄道乗車券の製造を開始したのは昭和初期。京成電気軌道(現在の京成電鉄)との出合いがきっかけです。現在も山口証券印刷の本社がある神田末広町(現・千代田区外神田)からほど近い京成電気軌道へ、創業者である山口明治郎氏が熱心に営業を続けた成果が実り、社員の名刺印刷を受注。そして、ついには京成のきっぷ印刷の仕事を請け負うことになりました。

しかし、1945(昭和20)年の東京大空襲により、山口証券印刷の本社・工場が被災。一方で京成側としてもきっぷがなければ、鉄道業にも支障をきたします。そこで両社はお互いの問題を一気に解決すべく、上野公園(現・京成上野)駅構内の一角を「印刷工場」化! 京成側が場所を提供する形できっぷの製造を行ったそうです。こうして山口証券印刷は苦難を乗り越え、現在に至るまで鉄道のきっぷ印刷を続けています。


コレクターアイテムとしても人気の硬券きっぷ


硬券きっぷに日付を入れる「ダッチングマシン」

きっぷに切り込みを入れる「改札鋏」

きっぷは有価証券! 高いセキュリティと偽造防止の「地紋」

鉄道に限らず、わたしたちの生活の様々なシーンで使われているきっぷやチケット。身近な存在なのでついつい忘れてしまいますが、きっぷも立派な「有価証券」であり、偽造防止対策を念入りにする必要がありました。

当時から印刷工場のセキュリティは同社内でも最高レベルを誇り、現在でも製造の核となる工場内の入退場を厳格に管理しています。そのため、残念ながら今回は工場内での取材はかないませんでしたが、この高いセキュリティ意識こそ、これまで鉄道会社を含め、各企業の有価証券の印刷を任されてきた山口証券印刷の信頼とプライドのように感じます。

現在のきっぷは裏面に記録された磁気情報をもとに、きっぷの内容はもちろん、改札の入出場など多くの情報がやりとりされ、これがセキュリティの面でも活用されています。硬券が主流だった時代はまだこうしたシステムはなく、そのきっぷが本物である証として、「地紋」と呼ばれる券面に描かれたパターンが取り扱われていました。


山口証券印刷株式会社 山口明義(あきよし)代表取締役社長。硬券きっぷのことを熱く、丁寧に教えていただきました!

「地紋」イメージ(同社が手掛ける硬券技術を活かした文具シリーズ「Kumpel」で使用されているもの)

「Macintosh(マッキントッシュ)の登場で地紋の作成もかなり楽になりましたが、当時は全て手書きで作っていました。その微妙なタッチの差こそが、真偽を判断するセキュリティになっていたわけです」。そう教えてくれたのは山口明義社長。山口証券印刷の3代目社長です。

「当時、地紋は国鉄のきっぷに使用されていましたが、もともと国鉄の印刷工場とよい関係を築いていた弊社は鉄道省の許可を得て、国鉄のきっぷに使用されていた「IGR」地紋を模した、「JPR」(JAPAN PRIVATE RAILWAYの略)と書かれた私鉄共通地紋を考案しました」

このJPR地紋は今でも一部の私鉄のきっぷで使用されています。

硬券きっぷは大切な財産―そして新時代の“硬券文具”に!

その後きっぷは、自動券売機の登場で硬券から感熱紙(サーマル・ドット方式による印刷。サーマルタイプ)に移り変わり、さらに自動改札機に対応した磁気情報が書き込めるタイプに進化していきます。残念ながら硬券はきっぷの表舞台からは姿を消し、今では一部の私鉄のきっぷ、そして記念きっぷなどが主流になっています。

「硬券きっぷをつくるのをやめてしまおうか、そんな議論が社内でもよくされていました」と山口社長。そんな時、「私の息子が入社してきた時に硬券を見て、『これは山口証券印刷の大切な財産だ』と言い、他の社員も入社後に弊社が硬券をつくっている会社だということを知り、それをアイデンティティのように思った社員が多くいました。そこで、硬券の製造を継続しつつ、さらに新たな取り組みにも挑戦していきました」


硬券で培った技術と文化をおしゃれに日常シーンで楽しめる、文具シリーズ「Kumpel」

メッセージを伝えられる「きもちきっぷ」。ほかにノートやカレンダー、マグネットなどがラインナップ

その新たな取り組みというのが硬券にまつわる印刷技術や紙材をモチーフにデザインした、文具シリーズ「Kumpel」。ぱっと見た感じでは鉄道を意識させない、洗練されたデザインが話題となり、一躍人気シリーズに。現在では鉄道会社とのコラボ商品も展開し、硬券の新しい楽しみ方を提案しています。


「Kumpel」シリーズのデザインを担当している林 あきみさんと松本浩司さん。お二人の名刺も硬券の紙でできていました!

硬券きっぷ製造の裏側へ。印刷面の凹凸は硬券ならでは

さて、そんな山口証券印刷にとって大切な硬券きっぷはどのようにしてつくられているのでしょうか。

「硬券のサイズは、大きさ別にA〜D型券と定められています。最もポピュラーなサイズは横57.5mm×縦30mmのA型券と、横は同じで縦が25mmと短いB型券です。A型券は現在の自動券売機で発売されるきっぷと同じサイズです。ちなみに現在主流のサーマルタイプのきっぷは『軟券』とも呼ばれています。製造工程はまず大きな硬券の紙を断裁機で規定のサイズに裁断し、その後印刷に入っていきます」と山口社長。なお、こちらでつくられている硬券は0.6mmの厚みで統一されているそうです。


断裁機 規定のサイズに紙をカットする断裁機

硬券きっぷの印刷面を指でなぞると微妙な凹凸があるのですが、この秘密が次の印刷工程にありました。「硬券へ印刷する機械は『チケット機』と呼ばれる専用の印刷機を使用します。この印刷機も今では非常に貴重なもので、弊社では國友鐵工所製のものが3台稼働していますが、どれも昭和30〜40年に製造されたベテランということもあり、丁寧に手入れをしながら使用しています」とのこと!

現代では主流ではない硬券用の印刷機ということもあり、新品や代替機はないそうで、大切に使用されています。


印刷機に取り付けられる活版。細かい文字を組み合わせて券面に印字する内容を構成します

貴重な「チケット機」3台が今も稼働しています


これが「チケット機」。たたずまいから漂うオーラも素敵です……

「チケット機」にはきっぷに印刷する文字がハンコのような構造になっている「活版」が取り付けられており、これを紙に押し付けて印刷をしています。そのため、券面に凹凸ができるというわけです。この凹凸も硬券ならではのもの! 先述の「Kumpel」シリーズの大きな魅力の一つにもなっています。


「一度印刷を開始すると30分で10,000枚は印刷できるので、実は硬券は効率的な印刷物でもあるんですよ」と山口社長が教えてくれました。


山口証券印刷のみなさん

鉄道の歴史とともに歩んできたきっぷの歴史。硬券きっぷはその歴史が詰まった大切な存在として、これからも山口証券印刷のみなさんの手でつくり続けられていきます。


山口証券印刷株式会社

住所:東京都千代田区外神田3丁目7番16号 ラティス末広(本社)
URL:https://www.yamaguchi-s-p.com/


著者紹介

村上悠太

1987年鉄道発祥の地新橋生まれ、JRと同い年の鉄道写真家。
交通新聞社刊『鉄道ダイヤ情報』では「ユータアニキ」としてあらゆる現場で鉄道を支える「鉄道HERO」たちの取材を続ける。元々旅好きから写真を始めたので、乗り物に乗って旅をしながら写真を撮るのが大好き。

Twitter:https://twitter.com/yuta_murakami
Instagram:https://www.instagram.com/yuta_murakami/

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JR線の全線全駅を掲載。主要駅の構内図、私鉄、国内線航空ダイヤも収録。駅の旅行センター・みどりの窓口でも使われている時刻表です。
見やすい2色刷り/JR6社共同編集/JR6社の主要ニュースを掲載

●本記事はJR時刻表2022年4月号との共同企画です。


JR時刻表2022年4月号をもっと見る

  • 取材・撮影=村上悠太
  • 画像(地紋イメージ・断裁機・チケット機)・動画=山口証券印刷提供
  • 「Kumpel」は山口証券印刷株式会社の登録商標です。
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