トレたび JRグループ協力

2023.02.25鉄道日本文学研究者・ロバート キャンベルが語る、鉄道で巡り合った人・食・文化

日本文学研究者 ロバート キャンベルさん。キャンベルさんが見つめる、文学・まちづくりにおける鉄道の役割、鉄道の楽しみ方とは……?

『JR時刻表』2023年3月号(2月25日発売)「十人十鉄」にて鉄道と文学とのかかわり、ご自身の鉄道・駅の楽しみ方などを語ってくださったロバート キャンベルさん。
誌面に載せきることができなかったエピソードをフルバージョンとしてお届けします。

『JR時刻表』×トレたび 連動企画です。

列車からその土地と人を知る

列車は毎日乗っています。
中央線のヘビーユーザーですが、東京の西から東への移動は誇らしいほど速くて、車では到底かないません。
仕事で立川へ通っていたし、登山も好きで松本方面へもよく行きますが、1本の路線なのに車窓からの風景がまちごとに変化して、とても見応えがあります。
また、時間帯で乗ってくる人の雰囲気も違いますね。

以前は長く九州に住んでいて、特急列車で移動することがあったのですが、駅ごとに言葉も、けんかの仕方も、ラーメンのだしも変わりました。
同じ県内でも地域ごとに文化が異なることを、鉄道に乗って学びました。

九州から東京に来た時、最初の半年くらいは人の雰囲気の違いに慣れませんでした。
東京の人はみんなスッとしていて、すごく“薄い”感じがしたんです。
九州のようなビビットな変化、おもしろい厚みや深みをあまり感じることができなくて。
低空飛行しながら人とぶつからないようにしているように思えたんです。

でも、公共交通機関を利用して乗り降りする人を見るうちに、東京にはすごく多様な人たちがいて、地方よりはるかにいろんな生活や感覚があると実感しました。
路線によって“気圧の高い・低い”があり緊張感が違って、生活の匂いが変わると気付いた頃、ようやく東京という街に心を許せるようになりました。

列車は、東京の中で東京を知る1つの大切な入り口なのです。


中央線 キャンベルさんもよく利用するという中央線を走る、オレンジのラインが特徴のE233系列車(写真=交通新聞クリエイト)

列車内での出会いから刺激を受ける

列車に乗っていいなと思うことに、人との出会いがあります。
ほとんどの場合、気持ちがほっとする、100%うれしい出会いですね。
特に新幹線ではお互いに見知っている方と出会った時、デッキでお話しすることがあります。

記憶に新しいのは音楽家のレナード・バーンスタインさんの娘さんとの再会です。
以前ある集まりでご一緒していて、その時はゆっくりお話ししなかったのですが、新幹線で偶然再会して、僕の記憶にある彼女のお父さん(レナード・バーンスタインさん)のことなどをお話しできました。とてもいい時間でした。

ある時は、斜め向かいにある作家さんがいて、あいさつをして少し話した後、彼女はずっと本を読んでいました。
僕も本を読んでいたのですが眠くなってきたので、ちょっと眠ろうかなと思ったんです。
でも、彼女はずっと読んでいて、心の中で「ここで眠ってしまったら廃れる、頑張らないと!」と思ってしまい、負けじと本を読み続けました。
そういう気持ちになったことが、なんだか面白かったですね。

列車内ではさまざまな方が声をかけてくださることがあって、それが降りる支度を始める少し前のタイミングで「キャンベルさんですよね」と言われるとすごくうれしい。
もし席についてすぐに声をかけられていたら、お互いにずっと気を遣い合わないといけないでしょう。
タイミングの妙ですね。

少し前のことですが、「観世能楽堂」に行った時、ある女優さんと隣り合わせました。
面識はなかったので会釈だけして、お話はしませんでした。
しかし、休憩を挟んで第二部がまさに始まろうとするとき、その方が小さな漆塗りのケースを取り出して「ミント召し上がる?」と、仰るや否や、僕の手のひらに、ポンポン。
次の瞬間に照明が消えて幕が上がったんです。
これはすごいなあと思いました。これまでの人生の中で一番スマートなあいさつ。
相手を気遣う素敵なタイミング、列車の中の経験と重なります。

「うまいもの」を探して駅を探検

仕事やプライベートで全国各地を訪ねるので、毎週のように新幹線で出かけています。
その帰り道、どこかの駅で途中下車をして、駅の中のお店へ立ち寄るのが楽しみの1つです。
「駅」が好き、駅の中を探検するのが好きなのです。


「まるや本店 JR名古屋駅店」の特上ひつまぶし弁当。別売りのおだしをかけるのもおすすめ(動画=ロバート キャンベル提供)

関西方面に出かけた際は、できるだけ名古屋駅で途中下車をして、名古屋うまいもん通り太閤通口にある「まるや本店」を目指します。
めったに食べられないので一番ぜいたくなものを買って再び乗車。
降車する準備の時間も逆算して、東京駅に着く前の新横浜駅までの間にいただくのが僕の定番。
食べ方に順番があるのですが、最後は熱々のおだしをかけるのがおいしくて、本当に大好きです。
そんな風に全国各地、駅の中にお気に入りの場所があるんです。

博多駅なら駅ビルにある「住吉酒販 博多駅店」へ。
九州の日本酒を扱っていて、奥に5〜6人が立ち飲みできる角打ちコーナーがあります。
角打ちっていうのは寿司屋さんと一緒で長くいると嫌われますから、ほんの30分ほど楽しみます。
ここに佐賀県の「東一(あずまいち)」(五町田酒造)の大吟醸の酒粕で漬けたレーズンを使った「東一大吟醸バターサンド」があって、すごくおいしい。
保冷剤をいっぱい入れておみやげにします。
飛行機で帰る時もどうしてもここに立ち寄りたくて、途中で博多駅に寄って、日本酒を飲んで、地下鉄で空港に行って飛行機に乗る……。
なんだか変な移動の仕方ですね。


住吉酒販博多駅店 キャンベルさんもお気に入り。日本酒の角打ちが楽しめる「住吉酒販 博多駅店」(写真=ロバート キャンベル提供)

日本酒が好きなので、それぞれの駅でどんなものがあるか見ていますが、“駅の中で買えるうまいもの”の1位、2位は日本酒だと思っています。
本当にいいレアものに出合えます。
東京駅では「はせがわ酒店 グランスタ東京店」をよく利用します。
京都へ行く際、大好きな割烹料理店に一升瓶の差し入れを持参するのですが、ここでちょっと珍しいものを選ぶととても喜ばれます。

そう、列車に乗って何かを届けるっていうことがすごく好きなんです。
ミツバチが花粉を運ぶみたいに、僕はおいしいものを届けている。
逆に遠くから来た人から何かいただくってうれしいし、わくわくします。

列車に乗る時間を楽しみにして、本当にたっぷり楽しむ。
駅での時間を30分でも満喫する。
この時間は緊張がほぐれるし、誰も僕を捉えられないでしょう。

「駅」と「まちづくり」

伝統工芸品は東京でも買えますが、やはり現地で買いたいという思いから産地へ赴くこともしばしば。
昨今は、駅でその土地が誇る伝統工芸品に出合えることもあります。
北陸新幹線も停車する新高岡駅にはギャラリー「MONONO-FU」があって、高岡銅器や高岡漆器などの伝統工芸品やスズ製の酒器などのクラフト製品が並んでいます。


MONONO-FU 新高岡駅観光交流センター内にあるギャラリー「MONONO-FU」。富山県西部を中心とした伝統工芸品等が鑑賞できる(写真=JR西日本提供)

今ひそかに注目しているのは、2024年の北陸新幹線延伸で開業する「越前たけふ駅」です。
近くに工房が集まる和紙の産地があって、素晴らしい和紙職人がたくさんいらっしゃるし、越前打刃物もすごく有名で、世界中で今一番求められているカトラリーが作られています。
福井県に息づく素晴らしいものづくりを広めるために、僕はこのエリアに風を送ろうとしているところです。

新しく駅を作るのなら、地元の職人さんと交流ができて訪ねる人がアクティブにいろんなことを学べたり関わることができたりする、ものづくりの魅力を発信できるような駅をつくっていただきたい。
人が交わる駅がいいですね。

駅の周辺にも変化があって、公共図書館が駅の近くにリニューアル移転する動きに注目しています。
本を借りるだけでなく、人が集うフリースペースやホール、ティーンエイジャーが勉強できる空間を設えて、コミュニティセンターの役割を担い始めているのです。

大雨や地震などの自然災害、新型コロナウイルスなどの感染症の広がりが起きると、コミュニティの足腰が試されます。
人々に何かあった時、日常のコミュニティでお互いの顔を知り合っている効果は、とても高く評価されています。

駅はそういう意味でも大切な場所で、単にきっぷを買って乗る、降りる、人を迎える、見送るだけではなく、いろんな年齢や性別の人たちが交われる場所になり得ます。
今まさに、交わらなければならない状況です。
だから、その土地の人々の生活にあったコミュニティを、特に地方につくることが大事だと感じています。
例えば、温泉郷の駅前にある足湯。
地域の人もビジターも一緒に足を温めてちょっと話をしたり。とてもいいですよね。

地域づくりの一環として、駅の役割が期待されているのです。

新幹線での経験から

ところで、新幹線の中は本当に快適ですね。
たいていグリーン車を利用しますが、静かな空間を買っているという意識がとてもあります。
乗客の皆さんは仕事をしたり本を読んだり、何か作業をしながら乗っています。
僕も原稿の執筆や校正をしたり、メールを打ったり。
まわりに音がすると集中できなくなるタイプなので、普段の生活では頻繁に耳栓を使いますが、グリーン車に乗っている間はほとんど使わなくて済むんです。

普通の車両でも感じることですが、降車する時のマナーが印象的です。
みなさんにも心当たりがあると思いますが、列車の降車口へはデッキを挟んで自分が座っていた号車からと向こうの号車から、両方から人が目指してきます。
ドアが開いて降り始めると、こっちから一人、あっちから一人、ほぼ交互に進んでいくのがおもしろくて。
そんなルールなどどこにも書いていないのに、みんなの足が自然にそういうリズムになっている。
不文律のようなものが生きていて気持ちがいいし、ほっとしますね。

また、忘れ物が戻ってくるという体験を何度もしています。
那須塩原へ行った際、帰りの新幹線内で大切にしているSuicaのケースを落としてしまったんです。
ジャケットのポケットから何かの拍子に落ちてしまったのですが、とても大切にしている手作りのケースで、すぐに連絡をしました。
翌日に電話があって、座席シートの隙間にあったとのこと。
僕のために探したのではなく、日常の清掃で見つかったんです。
座席のポケット(シートバックポケット)に携帯電話を忘れてしまったこともあって、やはり無事に戻ってきました。
忘れ物がちゃんと戻ってくるって、素晴らしいことです。
忘れ物、結構するんです。いつか「忘れ物」の企画があればぜひ声をかけてください。
おもしろい話がたくさんできそうです。


N700S 「ゆとりとプライベート感のある空間」がコンセプトのN700Sグリーン車(写真=交通新聞クリエイト)

文学の中でも「鉄道」は大切な存在

鉄道と文学という視点で少しお話しします。

夏目漱石の『三四郎』の最初の場面。
熊本から上京する鉄道の中で、これから東京に向かう人々との会話が繰り広げられます。
そして、初めて東京を見た時の驚き、大衆の人々が交わる場所として駅が描かれ、展開していきます。
小説のプロローグには物語を離陸させるために「駅舎」がよく使われていて、僕は以前からそのことに興味を抱いています。
人々は駅にどんな風に出入りしているか、時間帯においてどう違うか定点観測している描写や、人々の群像の中にいる主人公にすーっとスポットライトが当たるような描写に心引かれるのです。

1つの例として、武田麟太郎の「黴(かび)の花」をご紹介しましょう。
冒頭は、新橋駅です。
平日の朝、人々が出勤をする様子が、改札口をずっと見ている視点で描写しています。
8時、8時半、9時と会社員がそれぞれ決まった時刻に高波のように出て行く。
人々はタイムレコーダーに間に合うように逆算して起きて、郊外から列車に乗って新橋駅で降りるのですが、その時間帯の乗客はほぼ全員が定期券を持っているから、駅は非常に静かな景色。
非常に秩序よく静かで、お互いとできるだけ摩擦しないように動いている。
でも、9時を過ぎるとパチンパチンときっぷを切る音や人の話し声が聞こえてくる。
モノトーンではあるけれど群像のエネルギーを感じますし、エネルギーの中にも1人2人の寂しさや欲求、大切な何かが感じられて物語がすごく光ります。
そういう列車の乗り降りのシーンや改札口の場面に、ピンとフラッグが立つんです。
ぜひ読んでみてください。1934(昭和9)年に発表された小説ですが、今の日本の通勤風景と通じるものがあります。


新橋駅東口 1963(昭和38)年に撮影された新橋駅の改札の様子(写真=交通新聞クリエイト)

駅や車内での経験は、小学生でも1人で列車に乗る都会においては、老若男女みんなが取りこぼしなく共有していること。
だから、個の経験や思いに落とし込めて、小説でも映画でもこれらの描写はとても効果的なのです。
きっと著者は意識的・戦略的に駅や列車の描写を作り出しているでしょうね。

文学にとって鉄道はすごく大事なものです。
鉄道がなければ生まれていなかった文学もたくさんあります。
今日は東京駅にいたので松本清張を思い出していましたが、地方出身の作家たちは、鉄道で東京を目指し、イマジネーションを刺激されたのです。

時刻表の中のページでは、僕は地図を見て旅をするのが好きなので、さくいん地図ページがとても好きですね。
今は携帯のアプリなど利用しますが、九州に住んでいた時はよく時刻表の本文ページを利用していました。
指定席を購入する際、小さな用紙に出発時刻や行き先を必ず書かなくてはいけなくて、ちょっと面倒だなと思いながらも時刻表を見て正確に記入していたことを思い出します。

文学の視点で時刻表を考えると、特に推理小説にとっては時刻表はなくてはならないものですね。


ロバート キャンベル

ニューヨーク市出身。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。

主な編著に『よむうつわ 上・下』(淡交社)、『日本古典と感染症』(角川ソフィア文庫、編)、『井上陽水英訳詞集』(講談社)、『東京百年物語』(岩波文庫、編)、『名場面で味わう日本文学60選』(徳間書店、飯田橋文学会編)等がある。
YouTubeチャンネル「キャンベルの四の五のYOUチャンネル」配信中。


著者紹介

松井一恵

東海道新幹線が開業した1964年、大阪市生まれ。学生時代に書いた文章を庄野英二先生(児童文学者)に褒められて舞い上がり上京、文章を書く仕事を続けてもうすぐ40年。
今気になるのは日本各地のミニシアター。ロードムービーのように鉄道でめぐる旅をしたい。
Twitter:https://twitter.com/matsui_kazue
Instagram:https://www.instagram.com/kazuu0101/

『JR時刻表』2023年3月号 リレーエッセイ「十人十鉄」もあわせてチェック!


JR時刻表2023年3月号

いよいよ3月18日(土)に行われるダイヤ改正。
巻頭カラー特集では、JR6社の各担当者に聞いた、今回のダイヤ改正で注目したいポイントを紹介します。

【JR時刻表とは】
JR線の全線全駅を掲載。主要駅の構内図、私鉄、国内線航空ダイヤも収録。駅の旅行センター・みどりの窓口でも使われている時刻表です。
見やすい2色刷り/JR6社共同編集/JR6社の主要ニュースを掲載

●本記事はJR時刻表2023年3月号との共同企画です。


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  • 取材・文=松井一恵
  • 掲載されているデータは2023年2月1日現在のものです。
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