トレたび JRグループ協力

2023.09.20鉄道俳優・片桐はいりが語る、新幹線との思い出と行き当たりばったりの旅

片桐はいりさんが感じる、鉄道旅の魅力とは…?

『JR時刻表』2023年10月号(9月20日発売)「十人十鉄」にて、新幹線との思い出や、「時間」をめぐる不思議について語ってくださった片桐はいりさん。誌面に載せきることができなかったエピソードを、フルバージョンとしてお届けします。

『JR時刻表』×トレたび 連動企画です。

東海道新幹線でのひとときは夢の時間だった

私が1963年生まれで、年子の弟は東京オリンピック開会式の日、1964年の10月10日に生まれているんです。東海道新幹線の開業が10月1日だから、弟と新幹線とオリンピックは私の中ではいつもセット。特に新幹線は弟の同級生みたいな親しみがありました。
子どもの頃は大森(東京都大田区)の祖父の家に暮らし、祖父が散歩に行く時の誘い文句は決まって「新幹線見に行くぞー!」。木原山のほうへ歩くと“だんご鼻のアイツ”が駆け抜けるのが見えるんです。なぜか新幹線を見に行くのがルーティンでした。

毎年の夏休み、祖父が持つ熱海の家へ向かう新幹線でのひとときはもう夢の時間で。チキン弁当を食べる、ビュフェへ行く、冷凍ミカンを食べる、冷水器の水を紙の袋で飲む、やりたいことは全部やりましたよ。今じゃ1時間なんてピュッと、“3検索”くらいしたら着いてしまう感覚だけど、あの頃の子どもには長旅。たっぷり時間があった気がします。贅沢に感じた1時間。そう考えると今って時間が少なくなっているなと思います。


幼い頃、祖父と熱海駅の新幹線ホームにて、轟音で通過する〔ひかり〕に耳をふさぐ(写真提供=片桐はいり)

それに気づかせてくれたのも新幹線。仕事で広島へ行った時、乗車時間が4時間も!? と思ったのに、たまっていたメールに返信していたら着いちゃったんですよ。驚きましたね。せっかくの車中を楽しむこともできなかった。時間が食い潰されているなと思いました。

そのくせ、隙あらば急がずにはいられない自分がいる。以前、フィンランドに住む日本人の友達と東北を旅した時、新幹線の改札で到着案内を見た途端、私とサラリーマン3人組が慌てだしたんですね。その光景を見た友達は大笑い。何が面白いのと聞くと、「だって、日本の新幹線はまたすぐ来るのに、なんで走るんですか」って。……わからない。というか、なぜ走らないのって思いませんか?
インドでも、現地の人と駅で電車を待っていたら、電車は来たのにその人は乗らないんです。次の電車にも乗らない。なんで? 「別にこれに乗らなくたっていいじゃない」って。私、ちんぷんかんぷんで。

「自分が時刻表を使う人になればいいんだ」

いつから私たちはこうなったんだろう。調べてみると、実は、明治維新までの日本人ってとてものんびり屋で、時間を守らない国民だと外国人から文句を言われていたんですって。それが時間に厳格になったのは、鉄道の開業が大きい。鉄道の運行には時刻、時計が重要になったんです。そうか、時刻表というものが私の気持ちを焦らせるもとだったのか。忙しくなったのは時刻表のせいか!(笑)。でも、いやいや、そうじゃない。自分が時刻表を使う人になればいいんだ。時刻表に従うんじゃなく、時刻表を従えればいいんだ、と思うようになりました。
そこで最近私が実行しているのは「急がない」こと。電車が来ても信号が点滅しても絶対に走らない。長年の習性を変えるわけだから結構体力は要りますが、ゲームみたいで面白いです。急ぐ気持ちをぐっとこらえて、こっちが時間をマネージするんだって気持ちで。

コンピューターが普及してから私の時間感覚はおかしくなったし、世の中もそうだと思うんです。スマホで気軽に交通ルートが検索できるようになり、みんな、ピャッと最速で効率的に行こうとする。それが1本遅れて乗れなかっただけでイライラする。でも、急いで儲かったその時間は何に使っているのかなって。1つの検索、1つの記事を見たら終わり程度なんじゃないでしょうか。でも、昔って、暇で暇でしょうがない日ってありましたよね。今は暇となればすぐスマホで何か調べて、用を作ってしまう。

なぜ日本人はせっかちなんでしょうね。それが知りたくていろんな本を読んでも明確な答えはまだ見つけられません。でも、このわからなさは重要だから、急いで結論付けないでしばらく置いておこうと思ってます。


明治5年(1872)10月14日、日本初の鉄道が新橋~横浜間に開業した当時の時刻表(出典=内閣官報局『法令全書、明治5年』「汽車運轉之時限並賃金表」 国立国会図書館デジタルコレクション)

旅は「行き当たりばったり」がいい

もし暇があったら行きたい所ですか? うーん、「行き当たりばったり」がいいですね。行き当たりばったりで駅に来た電車に乗るということは日頃からよくやっているんです。電車の行先表示で変わった駅名を見て、どういう駅なんだろうと思うと全部行きたくなる。何があるかわからない、何も知らない駅に行って歩くのが好きなんですよ。時間さえあれば、地方でやることもあります。「ばんたんせん」っていう音がいいなと思って、急に播但線に乗りに行ってみたり。

フィンランド在住の友達と東北を旅した時も、行き先を決めるのに、たまたまいた米沢駅で駅員さんに「このへんで降りたら面白い駅ってありますか?」と聞いて教えてもらったのが、「峠駅」。降りてみたら、昔の看板とか鉄道関係の品を展示していて、どうやら鉄道マニアだと間違えられたのだと思いますが、おいしいお餅はあるわ、おそば屋さんはあるわ、秘湯はあるわ、すばらしい旅になりました。だから思わず、後日米沢駅へ、「駅員さんありがとう。あなたのおかげで峠をとても楽しめました」とお礼状を送った記憶があります。届いたかな……?

本を読むために電車に乗ることも多いです。JRに乗ると帰れなくなるほど遠くに行ってしまうこともあるから、近場の私鉄でやることが多いですね。仕事で本を読まなければいけない時も、うちでははかどらないんですよね。適度な揺れがいいのか、軽く人目があるのがいいのか……。ただ、車窓が素敵な景色だとどうしても外が見たくなっちゃうから、集中できないこともあって難しい。でも、地下鉄じゃないんだよなあ。(談)


片桐はいり(かたぎり はいり)

1963年東京都生まれ。大学在学中、映画館でのもぎりのアルバイトと同時に俳優活動を開始。1982年下北沢「ザ・スズナリ」で初舞台。1985年『ふぞろいの林檎たちⅡ』でテレビドラマ、1986年『コミック雑誌なんかいらない!』で映画デビュー。著書に『わたしのマトカ』『グアテマラの弟』『もぎりよ今夜も有難う』。現在も俳優業の傍ら、地元の映画館「キネカ大森」で時々もぎりをしている。趣味は散歩と映画。


著者紹介

下里康子

東京都生まれ、千葉県育ちの取材記者。大学卒業後、編集プロダクション、週刊誌の専属記者を経て、2000年に独立。雑誌を中心に、街歩きや旅・グルメ・インタビューなどの記事を幅広く執筆する。旅先では、その土地の生活・食文化を身近に楽しめるスーパーマーケットと商店街探訪が大好物。近著に『東京おやつ図鑑 洋菓子編』(交通新聞社)。

『JR時刻表』2023年10月号 リレーエッセイ「十人十鉄」もあわせてチェック!


JR時刻表2023年10月号

秋の臨時列車を掲載!
巻頭特集は「満喫! サイクルトレインの旅」。近年、自転車を車内に持ち込めるサイクルトレインが増えています。注目の列車設備や各社の取り組みのほか、サイクリングコースが充実した茨城の“鉄道×自転車旅”を紹介!

【JR時刻表とは】
JR線の全線全駅を掲載。主要駅の構内図、私鉄、国内線航空ダイヤも収録。駅の旅行センター・みどりの窓口でも使われている時刻表です。
見やすい2色刷り/JR6社共同編集/JR6社の主要ニュースを掲載

●本記事はJR時刻表2023年10月号との共同企画です。


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  • 取材・構成=下里康子
  • 掲載されているデータは2023年9月1日現在のものです。
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