2024.08.23鉄道文筆家・甲斐みのりさんが語る、かわいいものとの出合いと列車旅の楽しみ方
甲斐みのりさんの心ときめく旅の楽しみ方とは?
『JR時刻表』2024年9月号(8月23日発売)「十人十鉄」にて、旅の楽しみ方や東海道新幹線の中で必ず行うこと等について語ってくださった甲斐みのりさん。誌面に載せきることができなかったエピソードを、フルバージョンとしてお届けします。
『JR時刻表』×トレたび 連動企画です。
かわいいものを見つけて、ときめきを広げる旅
私は、子どもの頃から今に至るまで、かわいいものが好き。
何をかわいいと思うのか、感覚は人それぞれですが、食べ物でも建築でも、私はまず見た目の愛らしさから入り、その背景にある物語をひもとくことに心がときめいてしまいます。
文献からでも基本情報は手に入りますが、直接お店の人や地元の人から話を聞いて、専門的な事柄とは違う、具体的なエピソードを集める。自分の日常に近づけて共感できるところを探して伝えていくのが、何よりも楽しいです。
それは私にとって“推し活”でもあり、そうやってときめきを広げていくことは、ささやかな平和活動だと思っています。普段からときめいたり、わくわくしたりしていると、人を批判する暇がなくなるんですよね。
「あの人を応援しなくちゃ!」「あれを食べなくちゃ!」と、やりたいこと、行きたい場所がありすぎて、それで忙しく動き回るのが幸せ。
一人旅もしますけど、旅は人と行くのが好き。でも私の旅はとてもせわしいんです。喫茶店は1日3軒とか、スーパーもコンビニも目に入ったお店にはどんどん入っていって。とにかくたくさん見て回るから常に早歩き。友達には「スパルタ旅」って言われます。だから途中で「宿で待ってるよ」と離脱されてしまったり、私だけ早起きして、先に出たりすることも多いです(笑)
旅先で入手したパンフレットをフル活用
各地の駅や観光協会、今だとアンテナショップにも置いてあるような、自治体が作った無料のパンフレットが、昔から好きだったんです。片っ端からもらってきて、そこから行きたい場所を探していく。今もなるべくSNSには頼りすぎないようにして、そういうものを活用しています。
あとは、旅先の駅で駅員さんに聞いて地図をもらったり。駅前にある喫茶店でそれを開いて、コーヒーを飲みながらその後の行き先を決める。そんな時間も旅の醍醐味です。
ずっとそういうふうに旅をしてきて、だんだん「自分ならこういうのを作りたい」というのが出てきて。最近、故郷の静岡県富士宮市のパンフレットを作りました。これをライフワークにしていこうかと。無料で配布されるものなので、少しでも街の役に立てばいいなと思ってます。
移動中のBGMを用意するところから旅が始まる
高校時代は、当時姉が住んでいた東京に、“青春18きっぷ”を使ってよく遊びに行きました。出発前は、準備の段階がすでに楽しかったという思い出があります。列車の中でどう過ごすのか考えて、気持ちを盛り上げるために、車内で聴くカセットテープをA面とB面バランスよく編集して。大学生になる頃にはポータブルCDプレーヤーが発売されていましたが、編集がしたいから、私は変わらずカセットテープでした。
最近、その当時を思い出して東京から京都まで片道2時間のセットリストを作りました。選曲は、京都出身のアーティストさんとか、京都にちなんだタイトルとか、昔住んでいた時に鴨川で聞いた音楽とか。久々にやってみたらやっぱり楽しくて、これからも続けたくなりました。
出会いに満ちた「降り鉄」ならではの旅
「乗り鉄」という言葉がありますけど、私は「降り鉄」。
私は静岡で生まれて、大阪の大学に進み、卒業後は京都に住んで、今は東京。なので、東海道本線や東海道新幹線沿線にはとても馴染みがあります。でも、東海道新幹線の全部の駅を降りたことのある人って、鉄道好きじゃないとあまりいなくって。
いわゆる「何もない」と言われてしまう駅も、改札を出て少し歩くと、その土地ならではの喫茶店があったりするんです。入ってみたら、すごくいい味を出していて。地元の人しか来ないような店なので、いかにもよそ者の私が入っていくと、ちょっとざわつく(笑)
「どこから来たの?」と話しかけられることもあって、話が弾んだこともあります。
改札を出るほどの時間がなくても、名物も多いから、各駅の売店を見て回るだけでも面白いです。静岡駅なら東海軒の「サンドイッチ」、米原駅なら糸切餅 元祖莚寿堂本舗の「糸切餅」がおすすめ。
降りたことのない駅で降りて、そこで何か一つでもいいから、自分の好きなものを見つけるぞ、というふうに。そんな、宝探しみたいな感覚で降りるのが楽しいです。
理想の旅程をあげるなら、東海道新幹線の始発列車で東京をスタートして、各駅で途中下車していったら、一日でどこまで行けるのかという旅。〔こだま〕が約30分おきに来るとして、その間に売店でおみやげを買ったり、名物を食べたり、何か一品絶対見つけないといけないというルールを決めるんです。ゲーム感覚でやってみたいです。
あとは各地で始発列車に乗る旅というのもしてみたい。そのためには前乗りしないといけないので、前日の夜から準備して気合を入れる。緊張感があって楽しいと思います。それに、早朝の車両って、乗客たちに不思議な一体感がありますよね。いろんなところで始発列車に乗って、そこで生まれる不思議な一体感を私も味わいたいです。
車窓から眺める、さまざまな表情の富士山
出張で、月2回以上東海道新幹線に乗ります。
毎回E席を取るようにしているのは、富士山の定点観測をするため。三島駅を通過して、新富士駅に到着するまでの間、必ず同じ場所から写真を撮って、その時々に感じたことをメモするんです。約10年間続けている習慣です。
夏は空がかすんでしまって見えない時もあるけれど、それでも富士山の存在は感じられる。私の実家は富士山の麓にあるので、その景色を見るといろんなことが思い浮かびます。
新富士駅周辺には製紙会社が集まっているので、煙突がたくさんあります。「あの煙突が風情を台無しにしていて残念だよね」と言う人もいますが、そこに住む人にとっては、暮らしの中にある富士山。私はすごく好きな風景なんです。煙突の隙間から見える富士山も、やっぱり気高くそびえている。最高ですよって伝えたいんです。
故郷の富士宮駅があるのは身延線。新幹線から見える富士山と、身延線から見える富士山は、また違う魅力があります。この前、一緒に乗った友達が、身延線から見える富士山の大きさにとても驚いてくれました。あんなに感動してくれるなんて。それがうれしくて、これからはもっと地元を自慢したいです。
著者紹介
『JR時刻表』2024年9月号 リレーエッセイ「十人十鉄」もあわせてチェック!
JR時刻表2024年9月号
- ※取材・文=信藤舞子
- ※掲載されているデータは2024年8月1日現在のものです。