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2021.06.01鉄道新宿駅は、いかにして世界一のマンモス駅になったか

1日あたりの利用客数を、ディズニーリゾートと比較すると…

日本の駅の中心、といえば各路線の起点になっている東京駅。
でも、最も利用客が多い駅となると、東京駅ではなく新宿駅です。
JR新宿駅の現在の乗降客数は1日あたり77.8万人(2017年度JR東日本発表)。接続している各私鉄の乗降人数を合わせると、なんと約350万人。ギネス記録ともなっている世界一の規模です。
コロナ前のディズニーリゾートの来場客数が約8.9万人(2018年)、さらに大阪市の総人口が約270万人ですから、圧倒的…。
交通新聞社新書『そうだったのか、新宿駅』の内容をもとに、時代とともに役割や表情が大きく変わって今日に至る、新宿駅の生い立ちについて迫ってみましょう。

  • トップの写真は、2016年に完成したJR新宿ミライナタワー。新宿駅が誕生した明治時代初期、駅周辺は雑木林や畑地だったという…

駅構内でキツネが轢かれ、牧場も近くに


明治40年頃の新宿駅構内図。本屋の北200mほどのところに青梅口ホームがあるのが特徴 明治40年頃の新宿駅構内図。本屋の北200mほどのところに青梅口ホームがあるのが特徴

そもそも新宿とは「内藤新宿」のことで、17世紀後半、甲州街道のこの位置にできた新しい宿場町の呼び名です。付近に信州高遠藩内藤家の屋敷があったことからその名が生まれました。
この場所にできた最初の鉄道駅が、日本鉄道品川線(現在の山手線)の新宿駅。
鉄道と街道の交差点だったというわけです。しかし当時は町はずれで、ほとんど雑木林や畑。列車は一日3本、乗降客一日平均36人で、構内でキツネが轢かれたという記録さえ残っているそうです。
その後、明治22年に甲武鉄道(現在の中央線)が開業して乗換駅に、そして明治36年に東京市街鉄道(のちの都電)が半蔵門まで開通。次第に輸送量が増えて、駅は大きくなっていきます。といっても、まだ駅周辺には牧場もあるほどでした。

新宿から広がった東京西郊の生活圏


昭和12年当時の新宿、明治通りの映画館街。所蔵:新宿区立新宿歴史博物館 昭和12年当時の新宿、明治通りの映画館街。所蔵:新宿区立新宿歴史博物館

大正時代になると現在の京王線など郊外への私鉄が誕生。そして大正12年の関東大震災を契機に、武蔵野や多摩地域が新しい住宅地として注目されます。
さらに昭和2年に小田急線が開通し、新宿駅は東京西郊の鉄道が集まる拠点になります。
新宿駅周辺には百貨店や映画館などが多く誕生し、昼夜問わず人が集まるようになりました。
私鉄沿線では宅地造成とともに学校、商業施設、娯楽施設などが建設され、新宿を起点に新たな生活圏や文化圏が形成されていきます。
かつては郊外だった新宿が郊外をつなぐ拠点となり、都内屈指の繁華街へと成長し始めたのです。
新宿駅の乗降客数が東京駅を抜いて1位になったのは昭和2年のことで、特徴は昼間の買い物客や娯楽客の増加。今日の新宿駅の装いは、この時代に確立していたといえます。

時代を映す駅と町


中央通路に隣接した「アルプスの広場」(昭和54年1月当時) 中央通路に隣接した「アルプスの広場」(昭和54年1月当時)

今では「アルプス化粧室」にその名残が 今では「アルプス化粧室」にその名残が

戦後の混乱期を過ぎると、新宿駅は再び始動します。
新宿駅から発車したレジャー列車がその象徴です。
新宿~松本間を結んだ準急「アルプス」、富士山麓鉄道(現在の富士急行)との直通列車、小田急ロマンスカー、御殿場線との特別準急「銀嶺」「芙蓉」…。
また、昭和34年には新宿駅発の地下鉄・丸ノ内線が開業、のちに狭軌速度世界一を記録する小田急SE車が登場、そして極めつけは昭和41年に登場した中央本線の特急「あずさ」。
全国に特急列車網が構築されていったこの時代、新宿駅と中央本線にとって、待望の国鉄の特急列車でした。
ハイカー客の拠点ともなり、中央本線の夜行列車に乗る山男山女たちが列車の待ち合わせに集まる光景は、東京駅や上野駅には無い、新宿駅ならではの名物となりました。

一方で、新宿駅周辺は大規模オフィスの町にもなっていきます。昭和46年の京王プラザホテルの誕生を皮切りに高層ビルが林立。“副都心”と呼ばれました。
発着する列車同様に、駅周辺の町の様相も、高度経済成長によって大きく様変わりしていきます。

今後も変わる、新宿駅


1999(平成11)年12月31日の新宿駅。西暦2000年問題が取りざたされた頃 1999年(平成11)12月31日の新宿駅。西暦2000年問題が取りざたされた頃

国鉄がJRとなっても、新宿駅は町とともに変わり続けています。
都庁やJR東日本本社の移転、バスタ新宿やミライナタワーの登場、湘南新宿ラインの開通、そして東西自由通路の完成…。東京郊外の外れに始まった駅の生い立ちは、さながら「駅が町を作り、その町とともに成長する駅」。新宿駅に常に人が集まるのは、老若男女すべての人に関わるものが町にあるためでしょう。常に時代を表象したような独特の生命力が、ここにはあります。
さて、皆さんが想像される未来の日本の姿とはどんなものでしょう? そのヒントは、新宿の駅と町にあるかもしれません。より詳しく知りたい方は、交通新聞社新書『そうだったのか、新宿駅』へ!


交通新聞社新書『そうだったのか、新宿駅』

世界一の乗降客数を誇る新宿駅を、町との関係とともにひもといていく当書。東京駅や上野駅ほか、日本のおもなターミナル駅にはない、新宿ならでは個性の秘密に迫ります。数字で見る新宿駅ほか、今回紹介以外の新宿トリビアも満載です。

著者:西森 聡
1954年、東京都生まれ。旅カメラマン。ヨーロッパ、とりわけドイツやスイスを中心に撮影。著書に『ぼくは少年鉄道員』(福音館書店)、『ヨーロッパ鉄道紀行 15日間で6ヵ国をめぐる車窓の旅』(コロナ・ブックス、平凡社)、『そうだったのか、乗りかえ駅』『そうだったのか、路面電車』(交通新聞社新書)、執筆の仕事に『世界の車窓からDVDブック』シリーズ(朝日新聞出版)などがある。

発売日:2019年8月20日
定価:880円(本体800円+税)


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