駅…、それは単なる場所ではない
僕ら乗客と列車の接点であり、旅の始まりと終わりの場所である駅。そこには旅のあらゆる感情が存在しているように感じます。以前、勤めていた写真事務所を退社して以来、僕はゆっくりと様々な駅を巡ってきました。そんな日本全国の駅から僕の好きな駅をJR各社から一駅ずつ厳選してお届けいたします! 有名な絶景駅からこの春に思い出になってしまう駅まで、それらの駅に自身の思い出や感情と共にご紹介したいと思います。
ひっそりと佇む北の駅 2021年春に迎える別れ
日本最北鉄路である宗谷本線には、車両1両分ほどしかない木の板でできた小さな駅が点在しています。僕自身、列車旅や撮影でこのような小駅に度々訪れていましたが、こうした駅をはじめ、JR北海道では今度の2021年3月13日のダイヤ改正で宗谷本線を中心に、釧網本線など4路線で合計18駅が廃止されることになりました。
この北星駅もダイヤ改正の度に廃駅が噂されていましたが、次回のダイヤ改正でついに1959年から続いた歴史に幕を閉じることになりました。僕と北星駅の出会いは大学4年生の時。当時、大学で写真を専攻していた僕は在学中の最後の課題「卒業制作」を作っていました。大学4年間の集大成ですから、当然鉄道写真で制作していたのですが、その締めくくりにこの北星駅を撮影したのです。12月31日の大晦日、真っ暗な中にポツンと灯る北星駅のあかりがとても印象的だったのをよく覚えています。それ以来、度々再訪していますが木の板のホームと小屋のような待合室の佇まいに、北海道の厳しい風雪に耐えてきた時の流れを感じることができてとても好きな駅の1つです。
現在の北星駅ですが上下線ともに1日に4本の普通列車が発着します。途中下車するのが難しい「秘境駅」に見えますが、実は列車交換を行う名寄駅と美深駅の間に位置するため、来た列車と反対方向の列車に乗るような予定を組めば、滞在時間30分~1時間程度と効率的に下車散策することができます。ただ、これから廃止までの期間は厳冬期が続きますので、訪問時は万全な防寒対策が欠かせません。また、冬期間はどうしてもダイヤ乱れなどが発生しやすいので、気象条件や最新の運行状況に注意してください。なお、周囲にはお店等はありません。
撮影地:宗谷本線 北星駅
【村上悠太のワンポイント】
2021年3月のダイヤ改正で宗谷本線ではこの北星駅のほか、東六線駅、南美深駅など、北星駅とよく似た「木の板ホーム」の駅が多く廃止されます。
あの観光列車も停車する 東日本を代表する絶景駅!
旅慣れた人にとっては「青海川」という言葉だけで、すぐにこの光景が思い浮かぶのではないでしょうか。のってたのしい列車「越乃Shu*Kura」も停車し、絶景駅としても人気の高い青海川駅ですが、この駅も僕にとって非常に思い出深い駅のひとつです。
中学時代から始めた僕の一人旅。その多くは「青春18きっぷ」を使った旅でした。東京在住の僕にとって、旅の始まりはいつも新宿から出発していた夜行快速の「ムーンライトえちご」です。「山手線」や「三鷹」、「高尾」と見慣れた文字が並ぶ新宿駅の電光表示板の中に自分の苗字と同じ、「村上」行きの文字が並んでいる光景がどこかユニークだなと思いながら、よく北を目指していました。乗り始めたときは村上行きだった「ムーンライトえちご」はその後新潟止まりとなり、それをいい機会だと思い、新潟を周遊するようになったのですが、「ムーンライトえちご」の新潟着は4時台と、当時高校生の村上少年にとっては睡眠時間がかなり足りません。しかも夜行列車に興奮してしまい、車中ではほぼ不眠でした。新潟駅に到着すると、どこに行きたい、というより、すぐに乗り継げる列車で寝たい!という感情が勝り、列車の時刻優先で行先を決めることもままあったのですが、そこでよく乗り継いでいたのが信越本線でした。「ムーンライトえちご」も信越本線を走ってくるので、来た道を戻る形にはなるのですがなにはともあれ、乗り継いだ115系の車内で特徴的なあのモーター音を聞きながら再び夢中旅行を続けるのがある種ルーティンになっていました。
しばしの二度寝ののち、どこからかともなく「ザザン」と潮騒が聞こえました。「なんで潮騒が?」と寝不足の目をこじ開けるとそこは青海川駅でした。クロスシートかつ、やや窓に隙間がある115系だったからでしょうか。波の音が非常によく聞こえたのを覚えています。
現在、この区間を走る普通列車は最新鋭のE129系が主力になりましたが、それでも当時の思い出と共に、大好きな風景は変わりません。
撮影地:信越本線 青海川駅
【村上悠太のワンポイント】
夏の青い日本海も魅力的ですが、波の高く荒れがちな冬の日本海もまたこの土地を物語る、四季の風景です。
富士川のほとりに咲く、さくら駅
富士川に沿って走りつつも一度も富士川を渡らないちょっと不思議な身延線。静岡県側では富士山が、山梨県側では甲府盆地の開けた風景から徐々に山中に入っていく様子が車窓から見られ、変化が楽しい路線です。身延線には地域と密着し、地形を巧みに活かした僕が個人的にワクワクしてしまう駅が点在しているのですが、その中でも今回は春を先取りして桜の駅をご紹介したいと思います。特急「(ワイドビュー)ふじかわ」も停車する身延駅の隣駅である塩之沢駅は、ホームの目の前にソメイヨシノの木が植えられ、例年4月上旬ごろから素敵な春景色を魅せてくれます。山間にある桜なので首都圏より若干開花のタイミングは遅いものの、思ったより早く咲くので訪れる際はタイミングに気を付けてください。この付近で桜というと、身延山久遠寺の桜が非常に有名です。そちらの桜の開花状況と塩之沢駅の桜はほぼ同じ状況であることが多いのでぜひ参考にしてみてください。塩之沢駅を訪れた後に身延山久遠寺へ向かうのもよいルートです。
桜で有名な塩之沢駅ですが、僕が初めて向かったときは5月と桜のシーズンから完全に外れていました。それでも桜が散ってしまった後に芽吹いた新葉のきらめきが美しく、来春の再訪を思いながらシャッターを切りました。そしてその機会を得て撮影したのが今回の写真です。塩之沢駅は南北の方角になっており、桜は西側にあります。そこで、朝~午前中に撮影することで逆光の光を活かして、桜に立体感を与えることができます。桜と列車の距離が近く、どうしても写真の画面内で列車の存在感が大きくなりがちなため、低速シャッターを使って車両をブラし、列車の存在感と桜の存在感が一体に見えるように工夫してみました。
撮影地:身延線 塩之沢駅
【村上悠太のワンポイント】
塩之沢駅は普通列車のみ停まります。もし列車の時刻が合わなければ特急が停まる身延駅まで歩いても30分なので、お散歩にもちょうど良い距離です。
峠を目の前にする県境に佇む駅
日本全国の鉄道路線のうち、「どこが好き?」と聞かれたらすぐに「因美線!」と答えるほど、通っている因美線。美しい里山の風景に桜の駅、鯉のぼりが水路を泳ぐ町など、魅力の尽きない路線です。列車の速度がゆっくりなので、車内から車窓もじっくりと楽しむことができます。そんな因美線はどの駅も魅力的で、いつまでも居たくなる、そんな空間が広がっています。那岐駅は因美線の鳥取県側最後の駅。ここから津山方には「物見峠」が待ち構え、ちょうど那岐駅は峠の麓の駅となります。因美線はこの「物見峠」をトンネルで通過し、岡山県側に抜けていきます。那岐駅は斜面に作られておりホームと駅舎が離れているのも特徴的な構造です。
木の風合いが温かい駅舎と、かつて駅員さんが改札していた余韻が残る改札口を抜けて階段を上るとホームに到着します。那岐駅は上下列車の交換ができる駅ですが、現在では列車交換は行われていません。かつては山陽と山陰を結ぶ陰陽連絡線として重要な役目を果たしていた因美線も現在ではその使命を智頭急行線に受け渡し、現在ではゆったりとした時間が流れています。重要路線だったころの余韻が各所に残っているのも因美線、そして因美線の駅の魅力の一つです。列車の運転本数も少なく、特に朝時間帯を過ぎると次は昼まで列車がないので訪問時には注意してください。日中は静かな那岐駅ですが、実は当駅終始発の列車が朝に1本だけあります。それが6:46に到着し、那岐で折り返す6:54発の鳥取行普通列車なのですが、この列車がちょっとポイントなのです。普段はキハ120形1両が行き交う因美線ですが、この列車だけキハ40系で、しかも4両編成で運転されています。鳥取への通勤通学の足として機能する列車として、朝だけ見られる長大(?)編成になっています。
撮影地:因美線 那岐駅
【村上悠太のワンポイント】
山深く冬は大雪になることも少なくありません。春が終わると辺り一帯の田んぼに水が入り、絶景が広がります。
絶景+波の音+潮の香り 景色だけでない魅力駅
「目の前が海!」という駅は全国に何駅かありますが、ここ安和駅は「目の前が海!」なだけでなく、海面とホームの高さがかなり近く、ホームから海岸へフラットに続いているようにすら見える絶景駅です。四国で海が見える駅というと下灘駅が全国的に有名ですが、安和駅だってその魅力は負けていません。ホームから海まで道を一本挟む下灘駅に比べて、こちらは目の前が海なので、潮騒の音や潮の香りがダイレクトに伝わります。
この駅に行くならおすすめなのが昨年デビューしたJR四国の観光列車「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」です。美しい太平洋と黒潮の絶景を眺めながら、高知の食材にこだわった食事を楽しみつつ安和駅を訪れることができます。安和駅では観光下車することもでき、列車の到着にあわせて地元の方々のお出迎えや物販も行われます。ただ、一つ注意したいのが乗る列車です。「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」は窪川行きの「立志の抄」と高知行きの「開花の抄」があるのですが、どちらも安和駅には停車するものの、観光下車と物販が行われるのは窪川行きの「立志の抄」のみになります。また、「立志の抄」でも安和駅で列車を見送って駅に残ることはできません。そのため、安和駅をじっくりと訪れたい場合は普通列車で向かいましょう。
あたりはみかん山やビワなどの畑があり、その時々によっていろいろな作物を目にすることができます。ある時、安和駅の近辺のみかん山から列車を撮影したく農家さんにお願いして撮影させていただいた時のことです。無事に撮影ができ、みかん山を下りてお礼を言うと「その山のみかんだよ!」と袋いっぱいのみかんをいただいたことがありました。今はこうしたふれあいが少し難しい時期ではありますが、またこうした出会いに恵まれるような旅がしたい今日この頃です。
撮影地:土讃線 安和駅
【村上悠太のワンポイント】
この写真は駅の南側にある高台から撮影していますが、この位置へも駅から20~30分ほどで到着することができるので、帰りの列車まで鉄道写真に挑戦してみるものおすすめです。
海岸線から一気に森へ! 三角線らしくない駅
D&S列車「A列車で行こう」が走り、海岸線を優雅に行く三角線。終点三角駅からはクルーザーが接続して、そのまま天草方面へクルージングを楽しみながら向かうことができます。そんな明るい路線イメージからはなかなか想像がつきづらいのがこの赤瀬駅です。御輿来海岸を望みながら三角へ向かっていると、途中から三角線は海岸線を離れ一路内陸のほうへ入っていきます。そこにあるのがこの赤瀬駅です。
三角方面に向かう赤瀬トンネルの出口がすぐそこまで迫り、力強い九州の太陽に照らされてのびのび育った緑が自由気ままに線路や駅の周辺を囲みます。若干湿気を帯びたその空気は南国そのもの。ゆるくカーブしたホームもどこか雰囲気があり、海を連想する三角線とは一線を画すムードを持つ秘境駅です。ただ、秘境駅のような雰囲気を持ちつつもこの駅に停車する普通列車は1時間に1本程度の運転本数がある上、終点の三角駅まで3駅と熊本方面から来てそのまま折り返すのであれば、すぐに列車が帰ってくるので訪問しやすい駅です。熊本方面を見てみても、深い森の中にレールが続く、といった雰囲気があり、三角方面のトンネルと同様に赤瀬駅の「秘境感」を高めています。
駅からその出口が見える赤瀬トンネルは中が一直線になっているため、トンネルの出口から反対側の入口を見ることができ、超望遠レンズを使うとまるでトンネルの中から撮影したような「トンネル越しの列車」というシチュエーションが撮影できます。撮影はレンズの焦点距離で500mm以上が理想とかなり機材的な制約はありますが、肉眼でもその様子は見ることができるのでぜひ見てみてくださいね。
撮影地:三角線 赤瀬駅
【村上悠太のワンポイント】
ベンチがある待合室がぽつんとホーム上にある赤瀬駅。ぜひ虫対策をしたうえで、暖かいシーズンに訪れてみてください。よりジャングル感が際立ちます。
撮影とともにその土地の雰囲気を楽しんで
今回ご紹介した駅のほか、まだまだ数え切れないほどにその土地の空気を感じられる駅があります。ぜひみなさんもとっておきの自分だけのお気に入り駅を探してみてください。
著者紹介
- ※写真/村上悠太
- ※掲載されているデータは2021年1月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。