さまざまな光、数々の思い
「写真」は光で描くアートです。今回は、そんな光をテーマに日本全国のストーリーをつづっていきたいと思います。
太陽の光はもちろん、列車から発される光にも僕はどこかその列車に揺られている人々の思いや温もりを強く感じ、その光景に自身の思い出などを投影しながら撮影をしています。
- ※ご紹介内容は記事公開当時の情報です。現在と異なる場合があります。
夕刻の丘のまちをゆくディーゼルカーと一軒の家
広大な大地がもたらす圧倒的なスケール感が魅力の北海道。この地を訪れるたび、ここに点在する光の風景は他の地域のそれとは異なるような気がしています。美瑛・富良野を走る富良野線は四季を通して様々な風景を魅せてくれますが、特に賑わいを見せるのはやはり夏。多くの人が沿線の観光地を訪れ、臨時列車である「富良野・美瑛ノロッコ号」も運転され、日中の富良野線は大賑わいです。そんな昼間の賑わいも日が傾き始めると少し落ち着き、「丘のまち」美瑛を走る鉄路も徐々に夜を迎える準備を始めます。
地形に沿った影が風景にコントラストを与え、すりばち状の線形を際立たせています。写真に写っている列車が通過してしばらくすると、本格的に夜がやってきました。この区間は列車に乗っていても、まるでジェットコースターのような感覚を味わるような線形で(列車の速度はジェットコースターではありませんが・・・)、「ああ、美瑛を走っているんだなぁ」と実感ができ、とても好きな区間です。遠くに見える家もワンポイントで、ただ単純に風景的な描写だけではなく、僕の大切にしている「人の気配」というものをそっと感じさせてくれるのが、この風景の好きなところです。この日も真っ暗になるまで、北海道の元気な蚊たちと共に撮影を続けていました。
撮影地:富良野線 美瑛~美馬牛
【村上悠太のワンポイント】
写真に写っている踏切も富良野線のビュースポットの1つ。木々が伸び、列車撮影は難しいですがレンタサイクルなどで通過するだけでも楽しいですよ!
まもなく十年 海と光とともに
写真家としてのキャリアをスタートしたころ、僕はとにかく失敗しないことを第一にカメラを構えていました。それは仕事として写真に携わる上で最も大切なことのひとつなのですが、今ではそれと同じくらいに「思い」や「感情」を大切にするようにしています。ふとしたときに出会った「あ、いいな」や、「伝えたいな」から、少しずつ写真に翻訳していく。そんなアプローチでファインダーを覗く日が多くなってきました。
人生で初めての一人旅は中学時代の東北行でした。その地で出会った人々や風景の感動が忘れられず、それ以降、何回も何十回も東北へカメラと共に向かっています。
そんな大好きな東北が大きく傷ついたあの日からまもなく十年を迎えようとしてます。
八戸線も太平洋沿岸を走る区間が続くことから、津波による甚大な被害を受けました。あの日から1年後には多くの方の尽力により、八戸線全線で運行が再開され、今では走行する車両も新しくなり、海岸線の美しい風景と共に、出来立ての食事を楽しめる「TOHOKU EMOTION」も運行されています。この写真の区間である宿戸〜陸中八木の海岸部には運転再開に際し、「ありがとうJR」というメッセージが書かれたドラム缶が置かれ、現在では「TOHOKU EMOTION」の通過に合わせて地元の方々が、大漁旗や手を振ってくれる「洋野エモーション」が行われています。夏には名産の昆布干しの光景を見ることもできます。
ここには海と共存する生活があり、それがきっとこれからも続いていく。あの日のことを無理に背伸びせず自分なりに心に留め、思いながら、この日もそっとシャッターを押しました。
撮影地:八戸線 宿戸~陸中八木
【村上悠太のワンポイント】
八戸線は朝日の美しい路線。このカットも早朝の一枚です。新しい朝の光がやさしくこの土地を包み込みます。
静まる宿場町を往く 山岳路線を駆け抜ける曲線の雄
学生時代、列車乗り継ぎの旅をしていると「できるだけ遠くに行きたい」という思いから、早朝から夜までひたすら列車に揺られるような行程を組んでいました。そんな中、夜の車内で真っ暗な車窓を見ながら、「今、自分が乗っている列車を外から見たらどのような光景なのだろう」とよく考えていました。暗い山道や明かりの灯る街並みの中を、ヘッドライトを輝かせ、車内から漏れる灯りは温もりを感じさせ、テールライトを残して去る。そんなことをよく想像していました。
最近のカメラは繊細な描写力を追求するだけでなく、暗い状況でもきれいに撮影をすることができる「高感度特性」が非常に強化されています。従来、鉄道を夜間に撮影しようとすると、停車中に撮影するか、スローシャッターを用いて光の線にして「ブラす」表現が一般的でしたが、現在では高感度を使用することで夜間でも列車の姿かたちがわかる程度まで写しとめることができるようになっています。そうして撮影した写真は、まさに僕が想像していた光景そのものです。
中央本線のうち、通称「中央西線」と呼ばれるJR東海管轄の名古屋~塩尻間は、中山道に沿って走るため、宿場町の光景が色濃く残り、歴史をたどる旅ができます。この写真の舞台である「奈良井宿」もその一つで、宿場町の中を線路が走っており、僕のとても好きな鉄道風景です。山岳路線でカーブが続くため、この区間を走行する特急「(ワイドビュー)しなの」は曲線を高速で通過するためにバイクのようにカーブで車体を傾ける「制御付自然振子方式」を採用し、ダイナミックにボディを傾斜させながらカーブを駆け抜けていきます。さらにグリーン車は前面展望を意識したデザインになっており、木曽路の絶景を存分に堪能できる列車になっています。
- ※編集部注:「(ワイドビュー)しなの」は2022年3月12日より「しなの」に名称変更となりました
撮影地:中央本線 奈良井~藪原
【村上悠太のワンポイント】
展望タイプのグリーン車は長野方に連結されるので、前面展望を楽しむなら長野行きに乗車しましょう!名古屋方は貫通扉が付いたタイプの先頭車が連結されています。(列車によって編成が変更になることがあります)
細い道を抜けた先にある 絶景夕景
京都府京都駅と山口県幡生駅の673.8 km(営業キロ)を結ぶ日本最長の鉄道路線である山陰本線。全線を一度に走破する定期列車は現在ありませんが、豪華寝台列車の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の山陰コースが設定されており、山陽本線と並んで西日本を代表する幹線の一つです。京都府兵庫県付近では電化されており、京都・大阪方面から城崎温泉など観光地を結ぶ特急列車も多く設定されていますが、兵庫県西部から鳥取県に入るとゆったりとした雰囲気が流れ、ディーゼルカーが行き交う路線風景になっていきます。
山陰本線の車窓の主役はなんといっても日本海、そして夕日です。山陰本線はほぼ同じ区間を国道9号線と共に走っていますが、この写真を撮影した田儀~波根の間は、国道9号線を離れ、山陰本線のみ海岸部ギリギリを走行する区間になっています。国道から細い路地を進み、慎重に車を進めると急に目の前が開け、集落に到着します。その集落の風景が本当に美しく、さらに夕刻になると日本海に沈む太陽が集落を赤く、やさしく照らします。
海のすぐそばにある小さな「生活」と「鉄路」、そして「夕日」がある空間を表現するために、単純に沈みゆく夕日と列車を撮影するのではなく、あえて画面上部に屋根を配置してみました。左側に写る小さな畑や屋根の雨どいにこの場所の生活を感じ、そこに住む方々の話を聞きながら撮影することで、ほんの少しだけ「日常」を分けていただく。そんな旅が僕は大好きです。
撮影地:山陰本線 田儀~波根
【村上悠太のワンポイント】
この区間を走る「スーパーおき」は山陰本線、山口線を経由し、最長で鳥取~新山口間の長大距離を結ぶかなり乗りごたえのある特急列車です。絶景を存分に堪能できますよ!
聞こえるのは吉野川の轟音と列車の汽笛
四国を縦貫し、本州と高知県を結ぶ重要路線である土讃線。2021年3月のダイヤ改正では土讃線を走る特急「南風」「しまんと」の全列車が、新型車両2700系に統一されることになりました。険しい四国の走るこの路線はそれだけに絶景が続き、冬には雪景色になることもあります。観光列車「四国まんなか千年ものがたり」や2種類の「アンパンマン列車」も運転され、乗っても撮っても楽しい路線です。
土讃線の中で最もハイライトとなるのが阿波池田駅を高知方面に出発してしばらく続く吉野川沿いの光景です。現在ではラフティングのスポットとしても人気が高く、オンシーズンになると迫力の急流に歓喜を上げる人々の声が渓谷に響き渡ります。
夜が明けた直後の午前6時。阿波池田駅を出発した土佐山田行きの始発列車がやってきました。撮影したのは8月ということもあり、すでに空はだいぶ明るくなってきましたが、山深いこの場所に太陽の光が届くのはまだ時間がかかります。連日続いていた猛暑もさすがにこの時間、そして川沿いということもあって、心地よい涼しい空気が佇んでいました。頭上にはよく晴れた青空。その青空から降りてくる青い光が朝霧に拡散して渓谷を青く包む、そんな朝の光景でした。
こうした条件下では、見た目以上に青みを帯びて写ることがあります。カメラの「ホワイトバランス」を調整して、青みを除くことも可能ですが、この青みがかった色調が早朝の雰囲気や静けさ、涼しさの表現にもつながるので「太陽光」モードのままで撮影するのがおすすめです。一方で、過度に青みを強調してしまうと違和感につながるのでやりすぎには要注意です。
撮影地:土讃線 大歩危~小歩危
【村上悠太のワンポイント】
この列車の前に、高知を4時51分に出発した「しまんと2号」が通過します。早朝から深夜までくまなく特急が運転されているのも、土讃線の大きな特徴です。
由布岳の麓に汽車が帰ってくる 3月には全線復旧も!
2020年7月、九州に降り注いだ豪雨は甚大な被害をもたらしました。この時の被害は今でも大きな爪痕を残し、JR九州でも肥薩線については今でも復旧のめどが立っていません。同じく被災した久大本線は、2017年に発生した九州北部豪雨においても橋りょうが濁流に流され、一部区間の不通が余儀なくされました。2020年の豪雨は2017年の記憶もまだ新しいままに、非情にも久大本線へ大きな被害を与えました。災害以降、由布院までは列車と代行バスを乗り継いでいく必要がありましたが、2021年2月13日にまず先行して由布院~庄内間が運転を再開しました。そして、同3月1日には久大本線全線で運転が再開される予定となっています。
由布の田んぼにも水が張られた春のある早朝。朝焼けの由布岳と列車を撮影したくて僕は撮影地に立ちました。この日は無風で、田んぼには由布岳がきれいに反転して映っています。水鏡は風が吹いてしまうとあっという間に波が立って崩れてしまいます。列車が来るまで「どうか、どうか」と祈りながら、田んぼを見つめます。この場所は由布院駅からほど近く、列車が出発する様子がよく聞こえます。やがて、由布院駅を出発するディーゼルカーのエンジン音が響いてきました。列車を待っていたのはほんのわずかな間だったのですが、こういう時の時間は果てしなく長く感じます。そして目の前にやってきた2両の列車。撮影したカットを見てみると、なぜか田んぼに写ったほうの車体だけに朝日が反射していたのです。この結果は全く予想していなかったのですが、この偶然がより印象的な1枚にしてくれた気がしています。
再び、この地に列車の音が戻ってくる日がやってきました。
撮影地:久大本線 由布院~南由布
【村上悠太のワンポイント】
春には菜の花が咲くことでも有名な久大本線を代表する撮影地。農地への立ち入りはせずに、道路上からマナーを守って撮影しましょう。
正解がないから、いつまでも向き合える
写真の話をするときによく「光を読む」という言葉が使われます。順光なのか、逆光なのか、朝の光なのか、昼間なのか、影を活かすのか。光の読み方には、終わりがありませんし、正解もない世界です。ですが、目の前に広がる「光」に対して、いろいろな解釈で向き合う時間はとても素敵な時間だと感じています。
著者紹介
- ※写真/村上悠太
- ※掲載されているデータは2021年2月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。