トレたび JRグループ協力

2023.06.20鉄道HC85系・HYBARI ~より環境にやさしい鉄道を目指して開発が進む最新ハイブリッド車両~

地球環境を守るために加速する車両の進化とは

鉄道は、CO₂の排出量が少なく環境にやさしい交通手段といわれています。現在、JR各社ではCO₂排出量のさらなる削減や、エネルギー効率をより高めるため、さまざまな研究開発が進められています。そうした取り組みが生んだ最新の特急車両「HC85系」と、次世代に向けた試験車両「HYBARI」を紹介します。
『JR時刻表』×トレたび 連動企画です。

バッテリーがエンジン1台分の役割を果たす新型ハイブリッド方式特急車両
JR東海 HC85系

2022年7月に名古屋~高山間を結ぶ特急〔ひだ〕として運転を開始し(その後〔ひだ〕全区間に投入)、2023年7月からは名古屋~新宮・紀伊勝浦間の特急〔南紀〕にも投入される最新の特急車両が、JR東海のHC85系です。HCは「Hybrid Car」の頭文字。ディーゼルエンジンで発電した電気で主電動機(モーター)を動かし、大容量の蓄電池(バッテリー)も活用するハイブリッド車両として、国内で初めて最高速度120 km/hでの営業運転を行っています。

エンジンとモーター、バッテリーを活用するハイブリッドタイプの鉄道車両はこれまでにもありましたが、HC85系はどんな点が進化したのでしょうか。

「それは、バッテリーの役割が拡大し、エンジン1台分の役割を果たすようになったことです」
そう語るのは、JR東海 東海鉄道事業本部 車両部車両課の江崎浩康さんです。江崎さんは、特急〔しなの〕に使用されている383系をはじめ、数多くの車両開発に携わってきた車両のプロフェッショナルです。


名古屋車両区で取材に応じてくれた江崎さん 名古屋車両区で取材に応じてくれた江崎さん

新旧の特急〔ひだ〕が並ぶ。手前はキハ85系 新旧の特急〔ひだ〕が並ぶ。手前はキハ85系

「従来のハイブリッド車両は、バッテリーは補助的な役割でしたが、HC85系ではより安全で、大容量・高出力のバッテリーを使えるようになりました。バッテリーがエンジン1台分のエネルギーを出せるようになったので、今までの特急車両では1両に2台搭載していたエンジンを1台に削減することができ、CO₂は従来比約30%、窒素酸化物は従来比約40%の排出量削減を達成しています」(江崎さん)

HC85系のエンジンは発電専用。発電した電気でモーターを回転させて走行し、余った電気や減速時に発生した電気はバッテリーに充電して、必要な時に使われます。このバッテリーが劇的に進化したおかげで、補助としてではなくエンジン1台分のパワーを出せるようになったのです。

地球5周分の試験走行で、車両を最高のバランスに調整

大切なのは、走行する路線に合わせて、エンジンとモーター、バッテリーをバランスよく使用する技術。〔ひだ〕の高山本線も、〔南紀〕の紀勢本線も、急勾配が連続するハイブリッド車両には過酷な路線です。HC85系は営業運転の前に約20万 km、地球5周分に及ぶ試験走行を重ね、環境に最もやさしく走れるようエンジンとバッテリーのバランスが調整されました。

「高山本線の下り列車なら、岐阜から高山まではずっと上り勾配で、高山から富山へはずっと下り勾配となります。高山までは常にバッテリーを酷使し、そのあと富山へは電気が余りがちという、ハイブリッド車両には難しい路線なんです。そこで、いまは余裕があるけれど、この先電気が足りなくなりそうだというときはあらかじめエンジンから多めに充電したり、逆に電気が余りそうな時は空調や照明にバッテリーの電気を使ったりといったコントロールを常にしています」(江崎さん)

ほかにも、HC85系にはさまざまな最新技術が使われています。JR東海の非電化路線を走る車両としては初めて、定速走行機能が搭載されているのもその一つ。ボタンひとつで規定の速度を維持するシステムで、蓄電池(バッテリー)の負担変動を安定化し、常に最適な状態に保ち、乗務員の負担も和らげます。
エンジンと発電機は大きな枠からゴムでつり下げられ、その枠も車体からもう一度ゴムでつり下げられています。こうすることで、車内にはエンジンの振動や騒音がほとんど伝わらず、乗り心地の良さを実現しているのです。


エンジンと発電機。二重の防振ゴム構造が、振動軽減の役目を果たす エンジンと発電機。二重の防振ゴム構造が、振動軽減の役目を果たす

「当社が発足後初めて開発したキハ85系気動車は、おかげさまで高い評価をいただき、30年あまりにわたって親しまれてきました。HC85系は、そのキハ85系の完成度を目標に開発した車両で、形式名も『85』を受け継ぎました。環境にやさしく快適な車両として、長く親しんでいただきたいですね」(江崎さん)


HC85系特急「ひだ」についてもっとくわしく

HC85系「ひだ」―2022年7月デビュー! JR東海初のハイブリッド方式。これまでの「85系」との違いは?(THE列車)

水素と酸素で走りCO₂を排出しない未来形の水素ハイブリッド電車
JR東日本 FV-E991系 HYBARI(ヒバリ)

HC85系は営業用車両として実用化された技術ですが、次世代技術の研究開発も進められています。その一つが、JR東日本が2022年3月から南武線と鶴見線で試験走行を行っている水素ハイブリッド電車のFV-E991系「HYBARI」です。


車体のブルーが目を引く「HYBARI」(写真提供=JR東日本) 車体のブルーが目を引く「HYBARI」(写真提供=JR東日本)

「HYBARI」は、「HYdrogen-HYBrid Advanced Rail vehicle for Innovation」の略。車両に搭載した機器で電気をつくり、モーターやバッテリーに供給して動くという仕組みは、HC85系とよく似ています。

「最大の特徴は、エンジンではなく、水素を燃料とする燃料電池装置で発電することです」
そう説明するのは、JR東日本イノベーション戦略本部R&Dユニット 水素社会実装PTの大道 修さんです。
「水素を空気中の酸素と化学反応させることによって電気を作り、モーターを回したりバッテリーに充電したりして走るのです。排出されるのは水だけで、地球温暖化の原因となるCO₂をほとんど出しません」(大道さん)

中学校の理科の授業で、水に電極をつないで電気を流すと水素と酸素が発生する電気分解の実験をしたことを覚えているでしょうか。燃料電池はその逆の反応によって、水素と酸素から電気と水を発生させます。
「HYBARI」では、燃料電池でつくられた電気で駆動用モーターを動かし、同時にバッテリーを充電。ブレーキ時にはモーターを発電機として使用し、減速とともに生み出されるエネルギーを電気に変換して、これもバッテリーに充電して利用します。発電時にCO₂を出さず、しかもエネルギーを余すところなく活用する、よりクリーンな走行を実現する次世代の鉄道車両なのです。

走行距離の延長や水素供給ネットワークの確立が課題

燃料電池を鉄道車両の動力として使用するには、出力が大きく、コンパクトであることが求められます。これについて同社水素社会実装PTの村山 健さんは、
「『HYBARI』では、トヨタ自動車の『MIRAI』という燃料電池自動車の燃料電池を搭載しています。燃料電池の高出力化と小型化は欠かせませんでしたが、それには自動車用の燃料電池が最適でした」
と話します。


車両下部に設置されている燃料電池装置(写真提供=JR東日本) 車両下部に設置されている燃料電池装置(写真提供=JR東日本)

「HYBARI」は、2両編成。1号車の床下には、電車として走行するための電力変換装置と走行用の主電動機(モーター)、主回路用蓄電池(バッテリー)を、2号車の屋根上には水素貯蔵ユニット、床下に電気を生み出す燃料電池装置を搭載しています。
「『HYBARI』は鉄道車両としては世界初となる70MPa(メガパスカル)という高圧の水素を使用することで、走行距離を伸ばすことができました」(村山さん)

現在は、1回の充填で約140 kmを走行できる性能を持っています。しかし、まだ実際の営業運転に向けては課題も多くあるといいます。
「現在の走行試験では、まず鉄道車両としてきちんと走れるかを検証しており、今のところほぼ期待通りの成果を得られています。ただし、1回の水素充填で走れる距離はまだまだこれから改善していかなければならない段階です。現在の気動車と同様、1回の充填で300 kmから500 kmくらい走れるようになることが目標です。また、地上側での水素の供給方法や、充填時間の短縮も課題ですね」(大道さん)

近い将来、「HYBARI」のような燃料電池車両が実用化されれば、非電化区間にもCO₂を出さないクリーンな列車が走るようになります。
「従来の気動車のように、燃焼を伴うエンジンを持たないので、メンテナンスの負担も軽減されます。走行性能や乗り心地は電車と同じですから、一層快適になるでしょう」(大道さん)

廃プラスチックを「HYBARI」の燃料に有効活用

また、JR東日本グループでは、駅で回収した廃棄物をエネルギーとして活用する試みも行われています。東京・大崎・川崎の3駅(2023年6月現在)に、ごみの分別を推進して資源化することを目的とした「リサイクルステーション」を設置。ここで回収された廃プラスチックを水素化して「HYBARI」の燃料などとして一部を活用するというものです。

「もともとJR東日本グループでは、新規事業の一環として食品リサイクル・バイオガス発電事業に取り組んできました。これは駅ビルなどで発生する生ごみからメタンガスを取り出し発電に活用するという事業ですが、2020年頃から、社会的課題になっている廃プラスチックを原料として、何かできないかと検討してきました」
と話すのは、同社マーケティング本部 くらしづくり・地方創生部門 新規事業ユニット 横木宏彰さん。


大崎駅に設置された「エコステーション」。分別方法がわかりやすく示されている(写真提供=JR東日本) 大崎駅に設置された「エコステーション」。分別方法がわかりやすく示されている(写真提供=JR東日本)

そうした検討の中から出てきたのが、廃プラスチックの水素化と、「HYBARI」への活用です。さまざまな取り組みの結果、ケミカルリサイクルという手法で廃プラスチックの水素化が可能なことが確認されました。現在は川崎市内のプラスチックリサイクルプラントにて水素などを生成、水素製造・供給会社を通じて水素の供給を受けて、「HYBARI」の燃料に活用しています。
「『HYBARI』の燃料をすべてまかなっているわけではありませんが、今回こうした資源循環の仕組みを確立できました。今後も、より環境にやさしい資源循環の確立に取り組んでいきます」(横木さん)

JR東日本は多様な取り組みを通じて、2050年度にCO₂排出量「実質ゼロ」を目指しています。そして、「HYBARI」が目指す水素ハイブリッド電車は、「環境にやさしい鉄道」の究極の形態として研究開発は続きます。


左から横木さん、大道さん、村山さん 左から横木さん、大道さん、村山さん


著者紹介

栗原 景(くりはら かげり)

1971年東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするフォトライター、ジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリーに。東海道新幹線の車窓ををはじめ、鉄道に関するさまざまなテーマを取材・執筆している。主な著書に『アニメと鉄道ビジネス』(交通新聞社新書)、『東海道新幹線沿線の不思議と謎』(実業之日本社)ほか。

JR各社のサステナブルな環境にやさしい取り組みは、『JR時刻表』2023年7月号で!

『JR時刻表』2023年7月号では、「サステナブル鉄道!」と題し、ここで紹介したJR東海「 HC85系」・JR東日本「HYBARI」のほか、進化する鉄道車両の最先端技術や駅・サービスにも展開されているエコな取り組みについて紹介しています。ぜひご覧ください!


JR時刻表2023年7月号

7月号は夏休みの臨時列車を掲載!
巻頭特集は「サステナブル鉄道!」。地球環境を守るため、走行エリアに合わせてさまざまな技術を取り入れたJR各社の車両を紹介。また、駅やサービスに展開されているエコな取り組みにも注目します。
好評連載中のリレーエッセイ「十人十鉄~だから、鉄道が好き」では、小説家の滝口悠生さんが登場します。

【JR時刻表とは】
JR線の全線全駅を掲載。主要駅の構内図、私鉄、国内線航空ダイヤも収録。駅の旅行センター・みどりの窓口でも使われている時刻表です。
見やすい2色刷り/JR6社共同編集/JR6社の主要ニュースを掲載

●本記事はJR時刻表2023年7月号との共同企画です。


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  • 取材・撮影(特記以外)=栗原 景
  • 掲載されているデータは2023年6月1日現在のものです。
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