兵庫の酒蔵を訪ねる列車旅
電車にゆらゆら揺られて出かける旅なら、のんびりとお酒を飲むことができます。目的地までの新幹線車内でちょっと一杯――というのも大人の休日ならではの過ごし方。 近年大人が楽しむ社会科見学として人気を集めているのが、日本酒の酒蔵めぐりです。そのなかでも絶対に訪れてほしいのが今回ご紹介する、江戸時代からその名をとどろかせた酒どころ・兵庫県。 歴史に裏付けされたおいしさを学んで味わうと、あら不思議。今までより味わいが増すから、お酒って面白いものです。
姫路灘菊酒造(姫路市)
姫路の地産地消酒。直営レストランで地元ならではの味を堪能
国の重要文化財や、ユネスコ世界遺産にも登録される「姫路城」から、少し足を延ばした場所に位置する姫路灘菊酒造は、地元・姫路で長く親しまれてきた酒蔵です。創業から100年以上を重ね、地域に根差した酒づくりを続けています。
併設のレストランや直売所、展示パネルを通じて、酒づくりの歴史と文化に触れることができます。1月〜3月に行われるプレミアム見学会では、製造設備の見学も可能です。
●主な銘柄:灘菊、MISA33、きくのしずく、酒造之助
●創業:1910年
「灘菊」ブランドの確立、さらに姫路の新たな地域資産へ
最盛期にはおよそ1万石(1石=一升瓶100本)を製造していましたが、日本酒の消費量が1973年(昭和48年)をピークに減少へと向かうなか、ただ「つくれば売れる」時代は終わりを迎えました。人々の嗜好が多様化し、クラフト性や個性が求められるようになったことで、姫路灘菊酒造もブランドとしての確立と品質重視の方向へと大きく舵を切りました。
本醸造・純米・純米吟醸など、特定名称酒と呼ばれる酒を中心に、少ロットでより丁寧な造りへと移行しています。
また、亡き先代は、酒蔵から車で10分ほどの距離にある地元の誇り・姫路城にも強い思いを寄せており、「せっかく多くの人が姫路を訪れるのに、立ち寄る場所がないのは可哀想だ」と、蔵見学の受け入れやレストランの併設を決意。観光拠点としての整備に早くから取り組みました。
その思いは今も受け継がれ、現在では年間約8万人が訪れる人気スポットとなっています。
2004年から現在まで杜氏(醸造責任者)を務めるのは、大学で醸造を学んだ、蔵元の三女・川石光佐(みさ)さんです。2020年には、代表取締役社長に就任。自らの名前を冠した「MISA 33」や 愛らしいラベルの「灘菊」シリーズを生むなど新しい風を吹き込み、現在の「灘菊」ブランドを確立しました。
お酒と食文化のハーモニー…家族みんなで楽しめる酒蔵
英語対応もしている売店では、全種類試飲が可能! 灘菊のお酒は製造量の約70%が酒蔵直売所、直営レストランへ、20%は姫路市内の酒屋さんに出荷…というから、ほとんどが地元・姫路で消費されます。 だからこそお土産としてぴったり。 それから姫路灘菊酒造の「甘酒」を練り込み、本家にあたる川石本家酒類が造った10年熟成の「手柄山本みりん」をかけた「黒甘ソフトクリーム」は、必食の一品です。
「目立ちすぎることなく、食事に寄り添うお酒をつくりたい。米の旨味とソフトなキレ味を持ち合わせ、じんわり飽きずに飲める酒。だから派手な設計をしません。」と光佐さんは言います。
「お酒と食文化のハーモニー」をモットーに4軒のレストランを展開している姫路灘菊酒造。酒蔵併設のレストランでは元祖綿菓子牛鍋や日本酒「灘菊」に合う逸品料理など、酒蔵ならではの味覚を楽しむことができます。また「自家製 魚の塩麹漬け」「酒蔵鍋」など発酵調味料を利用した料理は、同じ発酵食品である日本酒とよく合います。
●酒蔵見学
製造設備見学はプレミアム見学会で実施
(プレミアム見学会:1~3月の各週土曜日か日曜日のどちらか1日、10名限定で実施)
●直営レストラン
酒蔵の膳処「西蔵」(兵庫県姫路市手柄1-121)
日本酒と元祖綿菓子牛鍋 「前蔵」 (兵庫県姫路市手柄1-121)
日本酒と串揚「蔵」 (兵庫県姫路市魚町91)
日本酒とおでん「酒饌亭 灘菊かっぱ亭」(兵庫県姫路市東駅前町58)
姫路灘菊酒造株式会社
住所 | 兵庫県姫路市手柄1-121 |
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問い合わせ先 | 079-285-3111(代) |
URL | http://www.nadagiku.co.jp/ |
白鶴酒造(神戸市)
お酒を飲めない人でも惹きこまれる、白鶴の歴史と功績
日本の国酒である日本酒の製造をけん引する、国内最大手酒造である白鶴酒造。真っ赤なパック酒「まる」といえば誰もが知る存在です。 大手ならではの責任とプライドを背負い、人の手によって大切に醸されています。 昭和44年(1969)まで“本店壱号蔵”として使われていた古い酒蔵を活用し、現在は貴重な酒づくりの道具などを集めた資料館として残されています。
●主な銘柄:上撰 白鶴、まる、白鶴 大吟醸
●創業:1743年
リアルな人形に注目! かつての酒蔵を彷彿とさせる白鶴酒造資料館
戦前には27の酒蔵がありましたが、戦後に残ったのは本店一号蔵と他2蔵の、あわせて3蔵のみで、機能は集約されました。
その中でも、本店一号蔵(現・白鶴酒造資料館)は、唯一戦前の姿をとどめており、かつて実際に酒造りが行われていた空間を、現代に生きる私たちが直に感じることができる、きわめて貴重な場所です。
現在、酒造りはすべて戦後に建てられた3つの蔵で行われており、「本店二号蔵」は完全手造りの吟醸酒を仕込む蔵、「本店三号蔵」は四季を通して仕込む四季醸造蔵、そして阪神淡路大震災後に再建された「旭蔵工場」は機械化と手造りを融合させた蔵として、それぞれが役割を分担しています。
広報室・植田さんによると「当時の従業員がモデルになっているので、丁稚奉公や季節労働の蔵人たちも多数含まれています。 従業員のなかにも、“自分もモデルになったんや”というかたがいましたよ。」とのこと!! 言われて一体ずつ目を凝らしよーく見ると、背格好、顔つき、ひげの濃さが違うことがわかります。忠実に作られた、一体200万円する人形もこの資料館のひとつの目玉です。
誰もが一度は目にしたことのある定番酒から、ツウもうなる純米大吟醸まで幅広く手がける白鶴酒造。灘では最大級の生産量を誇る大手蔵です。480種類以上の自社酵母や、山田錦の兄弟米「白鶴錦」の開発・栽培など、その酒づくりの深さは驚くほど。見学施設では、その挑戦の歴史や裏側にふれることができます。
また、酒造業にとどまらず、地域の将来を見据えて灘中学校・灘高等学校の創設や白鶴美術館の開館、神戸市立御影公会堂の建設支援などにも尽力。その歩みは、関西の文化発展に大きく寄与してきたと言っても過言ではありません。酒蔵の枠を超えたその姿勢が、地域に長く愛される理由のひとつです。展示パネルを読みながら、旅の途中でふらりと訪れるだけでも、日本酒と灘の街の奥深さにきっと出会えるはずです。
館内で出会う、マイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT」の魅力
白鶴酒造資料館の館内には、2024年9月にオープンしたマイクロブルワリー「HAKUTSURU SAKE CRAFT(ハクツルサケクラフト)」が設けられています。わずか37㎡の空間ながら、通常は目にすることのできない酒造りの現場を、ガラス越しに間近で見学できるのが大きな魅力。タイミングが合えば、発酵中の醪や実際の作業風景を目にすることもできます。
このブルワリーでは、自社酵母を用いたオリジナル日本酒のほか、イチゴやホップなどを原料にした「その他の醸造酒」にも毎月挑戦。すべてが少量仕込みのため、同じ酒質には二度と出会えない“一期一会”の味わいです。ここで造られた酒は、館内で試飲や数量限定販売が行われており、目の前で仕込まれた酒をその場で購入できるという、特別な体験が待っています。
直営店だけで出会えるお酒も! 透明感ある味わいを楽しむ
直営店では、ここでしか手に入らない限定酒やオリジナルグッズも並びます。
写真左から、「超特撰 白鶴 天空 中取り 純米大吟醸 白鶴錦」「白鶴 翔雲 純米大吟醸 自社栽培白鶴錦」「白鶴 蔵酒」「白鶴 御影郷 本醸造辛口 白鶴錦」「HAKUTSURU SAKE CRAFT」。
なかでも注目したいのが「HAKUTSURU SAKE CRAFT」。この建物内の醸造所で実際に仕込まれたお酒で、全国でこの場所でしか買うことができない限定品です。酒好きにとっては、ちょっと特別な体験になるはずです。さらに、お酒を飲まない方やお子さんにも楽しめるのが「酒蔵甘酒ソフトクリーム」。やさしい甘さとなめらかな口当たりが楽しめる、リピーターの多い一品です。
現場の職人たちの技術や経験に、品質保証部の持つ科学的な分析データをプラスし、常に高品質の安定したお酒を出荷しており、直営店ではそのなかの一部商品を試飲することもできます。
驚くほどきれいな味わいは、瀬戸内海の海の幸など繊細な食材にも寄り添ってくれます。激流にもまれ身が引き締まった新鮮な明石海峡の鯛のお刺身と、白鶴の美しい吟醸香がするお酒は相性バッチリです。
白鶴酒造株式会社<白鶴酒造資料館>
住所 | 兵庫県神戸市東灘区住吉南町4-5-5 |
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問い合わせ先 | 078-822-8907、(FAX)078-822-4891 |
時間 | 施設見学 9:30~16:30(入館16:00まで) |
定休日 | お盆、 年末年始 ※設備のメンテナンス等のため臨時休館する場合有 |
値段 | 見学 無料(10名以上の団体は要事前申込) |
URL | https://www.hakutsuru.co.jp/community/shiryo/ |
菊正宗酒造(神戸市)
製樽文化を次世代へと継承する、日本が誇る酒蔵
灘五郷と呼ばれるエリア(現在の兵庫県神戸市の一部)は、江戸時代最大の銘醸地でした。①高度な酒造技術。②湧き出る良質な水(宮水)。 ③六甲山系の急流を利用した水車精米。④良質な原料米生産地が近い。⑤海が近く船積みの便が良い。⑥運搬用に使用した杉樽の香りが酒に移り、良い熟成を生んだ。
……など多くの理由が重なり最盛期では、江戸で飲まれる酒の多くが灘のものだった、と言われるほど。 菊正宗酒造は、灘五郷のなかの御影郷に位置し、現在でもその頃の辛口で良質な樽酒を守り続けています。
●主な銘柄:上撰 生酛本醸造、嘉宝蔵 雅、キクマサピン、しぼりたてギンパック、百黙
●創業:1659年
「午前3時の酒づくり」が再現された臨場感あふれる菊正宗酒造記念館
“酒の神様を祀り結界を張る”という意味を持つしめ縄をくぐるとそこは薄暗く、かつて酒づくりを開始していた午前3時の様子が再現されています。
当時は、まだ日が昇らないうちから起きて、凍てつくような冷水に手足を入れ、米を洗っていました。これは、冷蔵設備のない時代に、微生物の働きを安定させるために考えられた、先人たちの知恵によるものでした。
この酒造記念館には、国指定の重要有形民俗文化財「灘の酒造り用具」を展示する唯一の施設であり、丹波杜氏秘伝の「生もと造り」を今に伝える貴重な酒の博物館でもあります。館内には、当時の作業写真や道具ごとの名称図、英語での作業説明展示もそろっており、酒づくりに詳しくない方でも、まるで自分が蔵人になったような気持ちで見学を楽しむことができます。
日本のモノづくり文化のひとつ“製樽”を目前に。「樽酒マイスターファクトリー」
菊正宗酒造が2017年11月にオープンした工房がこちら。時代とともに木樽や木桶を製造する業者が激減、職人も減少するなかで技術を存続させようと3名の樽職人を自社に迎え入れ、その後社員2名が見習いとして加わり、現在は5名体制で製作に取り組んでいます。
製樽、原料の吉野杉、歴史、貯蔵の様子、など樽酒のすべてを見ることができます。「竹割り」「たが巻き」「樽組み」など、くぎや接着剤を一切使わない江戸時代から変わらぬ樽づくりです。
日本の製樽技術は、世界に誇る伝統技術のひとつ。釘一本使わずに、ぴたりと組み上げた木の容器が、水を一滴も漏らさずに酒を守る──その緻密で巧みな技と、職人たちの経験の積み重ねには、ただただ感嘆するばかりです。灘の酒樽製作技術は2019年2月に、「国選択無形民俗文化財」に選ばれました。
時代を遡ると、もともと日本では家屋も生活道具も、木で作られたものが多くありました。森林が豊富な日本では、木材は身近で手に入りやすい素材であり、加工の技術も長けていたため、木製が主流だったのです。中でも杉は抗菌作用を持ち、酒や水を衛生的に保つのにも適していたことから、木の容器は日本人の暮らしに根づいていきました。
こうした背景のもと、菊正宗では今もなおその伝統を守り続け、かつては日常だった木の香りを、現代においては“癒し”の香りとして酒づくりに活かしています。木の香りには人をリラックスさせる効果があるとわかっています。また漢方で鎮静効果や健康促進に使われる杉の成分が液中に移っているのではないかとも。そのせいでしょうか、枡で飲む「菊正宗」はホッと心落ち着くものがあります。
<樽酒マイスターファクトリー>
見学時間/10:30、14:00、15:00 1日3回、各回先着20人のみ
開催日/記念館休館日を除く毎日開催
※樽酒マイスターファクトリーの見学は菊正宗酒造記念館からのご案内になります
※事情により見学会を行わない場合有
・樽酒マイスターファクトリーサイト
https://www.kikumasamune.co.jp/tarusake-mf/
・予約サイト
https://www4.revn.jp/kikumasamune_reserve/
深くてパワフルな味わい、菊正宗の魅力
開発者のおひとりである化粧品事業課・田中久美さん(右)
菊正宗酒造では、日本酒の良さを活かした化粧品も展開中です。お米と米麹由来のアミノ酸が角質層のうるおいを守ってくれる…なんてことがわかるずっと前、かつて舞妓さんや仲居さんはお座敷で余った日本酒を水で薄めて塗りこみ肌の保湿をしていたそう。 それが開発の原点という『日本酒の化粧水シリーズ』。男性にも人気の化粧水をはじめ全商品、記念館売店で購入可能です。
菊正宗酒造では“きもとづくり”という昔ながらの製法を採用。自然界の乳酸菌の力を借りて発酵するため、丈夫で力強く味わい深いお酒が完成します。 だからパワフルな吉野杉の風合いにも調和し、時間をかけて熟成してもバランスが崩れることのない芳醇な味わいになるのです。
せっかく神戸に行ったのなら神戸牛と「菊正宗 純米樽酒」のペアリングがオススメです。ステーキも良いですが、特にすき焼き! あまからい割り下にサッとくぐらせた、きめ細やかで、口の中でほどける脂身を持つ神戸牛を頬張り、菊正宗を飲めばお互いの旨味成分が相乗作用し、大満足の食卓に!
菊正宗酒造株式会社<菊正宗酒造記念館>
住所 | 兵庫県神戸市東灘区魚崎西町1-9-1 |
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問い合わせ先 | 078-854-1029、 (FAX)078-854-1028 |
時間 | 施設見学 9:30~16:30(入館16:00まで) |
定休日 | 年末年始 |
値段 | 無料 |
URL | https://www.kikumasamune.co.jp/ |
日本酒の街・兵庫の旅。ぜひ次のお休みに計画してみてくださいね!
この列車で行こう
【東海道新幹線 N700A】
運行区間:東京駅~博多駅
東海道・山陽新幹線の車両・N700A。台車の空気バネを利用した新開発の車体傾斜システムを搭載し、N700系以降の技術開発成果を採用したN700系1000番台(通称N700A・「A」はAdvancedの略)。安全安定輸送の実現と、乗車中の快適さにこだわった設備が魅力だ。
【500系こだま】
運行区間:新大阪駅~博多駅
山陽新幹線区間を走行する「500系こだま」。鋭角なスタイルの先頭車両は、編成全体の円筒形デザインと合わせて、レールファンの人気の的となっている。キャラクターとのコラボレーションも話題を呼んだ。
【サンライズ出雲】
運行区間:東京駅~出雲市駅
プライベート空間の個室寝台という時代のニーズに合わせて登場したのが、朝を連想させる赤とベージュの塗色にゴールドのラインを配した285系電車の「サンライズエクスプレス」。現在唯一定期で運行している寝台列車だ。温もりのある高品位な空間で、快適な睡眠とプライベート空間のやすらぎを実現している。
著者紹介
- ※写真/関友美、姫路灘菊酒造株式会社、白鶴酒造株式会社、菊正宗酒造株式会社、交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2025年7月現在のものです(初出:2019年6月を更新)。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。
- ※運転区間等は変更となる場合があります。