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2024.08.14鉄道花咲線(JR北海道)道東の大自然が目前に広がる、強く美しい路線

車窓に映る湿原、海や空を堪能できる路線・花咲線(JR北海道)

日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。

日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?

今回は、大自然の車窓風景を楽しみ、駅弁なども味わうことができる花咲線(根室本線 釧路~根室駅間/JR北海道)をご紹介します。

花咲線の歴史

雄大な景色が満載! 日本最東端の鉄路

線路の両側に、果てしなく広がる原野と太平洋。人工建造物はひとつも見えない……。JR北海道の花咲線は、そんな最果ての旅を楽しめる路線です。釧路〜根室駅間135.4km。正式には根室本線(滝川〜富良野/新得〜根室駅間)の一部で、1991年から、根室の地名をとって、花咲線の愛称で呼ばれるようになりました。日本の最東端を走る路線で、沿線には、厚岸湖や別寒辺牛(べかんべうし)湿原といったラムサール条約登録湿地、太平洋に向かって緑に包まれた崖が落ち込む落石(おちいし)海岸など、道東ならではの見どころがたくさんあります。


日本最東端の駅 東根室駅。最東端の標は再測量前のもの(2014年4月撮影)

釧路〜根室駅間の鉄道建設は、1913(大正2)年に滝川〜釧路駅間が全通して「釧路本線」と名づけられた翌年、1914(大正3)年8月から始まりました。根室は、千島列島に臨む漁港として明治以来発展した街です。その根室への鉄道建設は、道東の近代化に欠かせませんでした。1917(大正6)年12月に釧路〜浜厚岸駅(現在は廃止)間が開業し、1921(大正10)年8月5日には根室まで全通。同時に、滝川〜根室駅間が「根室本線」と改称されました。

しかし、戦後になると釧路が道東の中心都市として発展し、釧路〜根室駅間はローカル線となります。滝川・新得〜釧路駅間は昭和30年代から〔おおぞら〕〔おおとり〕といった特急列車が登場し、1990年代には最高速度が130km/hに引き上げられたのに対し、釧路〜根室駅間に定期特急列車が運行されたことは一度もありません。現在は快速〔はなさき〕(1日1往復)、〔ノサップ〕(下りのみ)が運行されているほかは、普通列車だけがトコトコと往復しています。


道東の玄関口として発展した釧路駅(1987年8月撮影)

札幌~釧路駅間を短時間で直結する〔スーパーおおぞら〕が登場(1997年7月撮影)

現在、花咲線は厳しい状況に置かれています。道路交通の整備と過疎化によって利用者の減少が進み、1日1kmあたりの平均輸送人数を表す輸送密度はわずか221人(2023年度)。1975年度の1879人から約8分の1にまで落ち込んでいるのです。

もっとも、花咲線は北方領土の隣接地域である根室地域への基幹交通機関として位置づけられており、JR北海道は自社単独では維持困難なものの、地域との連携を通じて存続させていく方針です。沿線自治体も、根室市を中心に花咲線の利用促進事業にはとても積極的。クラウドファンディングやふるさと納税などを活用して観光素材としての花咲線の整備とPRを行っています。そのおかげもあって、毎年夏休みなどの行楽シーズンには、大勢の観光客やレイルファンで賑わいます。景色がよいだけではない、沿線の人々に愛され、育てられている路線なのです。

花咲線の車両

新幹線や特急の座席を備えたキハ54形が活躍

花咲線の列車は、原則としてキハ54形ディーゼルカー1両で運行されています。キハ54形は、JRグループの発足を前にした国鉄が、経営基盤が弱いJR北海道・JR四国・JR九州の三島会社を支援するために開発した車両です。腐食に強くメンテナンスコストが安いステンレスの車体にパワフルな250PSのエンジンを2基搭載し、老朽化が進んだ国鉄型気動車を置き換えました。

JR北海道のキハ54形は500番代と呼ばれる寒冷地仕様車で、花咲線では釧路運輸車両所配置の14両が、網走への釧網本線とともに運用されています。製造からすでに40年近くが経過している車両ですが、座席にはかつて津軽海峡線の快速〔海峡〕で使われていた転換クロスシート(元は東海道新幹線0系の座席)を使用。座席の布地は、道東に生息するタンチョウヅルやエトピリカをデザインした青いモケットに張り替えられています。


寒冷地仕様のキハ54形は500番代(2008年1月 根室駅にて栗原景撮影)

14両ある車両のうち521号車は、沿線自治体の花咲線PR活動と連携した、「地球探索鉄道花咲線ラッピングトレイン」。花咲線の花を表す赤と、冬の雪の白をモチーフに、車両の両側で異なる配色が施されています。

また522号車は「ルパン三世ラッピングトレイン」で、車体にルパン三世や仲間たち、銭形警部などが描かれています。同作品の原作者であるモンキー・パンチ氏が沿線の浜中町出身であることにちなんだ車両で、座席には札幌〜旭川駅間の特急〔スーパーカムイ〕などで使用されている789系1000番代のリクライニングシートが使用されています。ただし、座席を回転させることはできず(客室中央を境に向かい合う形に配置)、窓と座席の位置がずれている箇所もあるので、座席選びには注意が必要です。

このほか、例年1月下旬から3月上旬に釧網本線で使用される「流氷物語」ラッピング車両(507・508号車)が花咲線を走ることもあります。


「流氷物語」ラッピング車両が花咲線を走ることも(2018年12月 厚岸~茶内駅間撮影)


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夏休みには車内販売も! 地域の人々が盛り上げる

旅行者向けのサービスが充実しているのも、花咲線の特徴です。釧路8時21分発根室行き5627Dと、根室8時27分発釧路行き5626D(いずれも2024年7月現在のダイヤ)は、車窓風景の見どころで速度を落として運行します。ゆっくり走るポイントは、門静~厚岸駅間の厚岸湾、厚岸~茶内駅間の別寒辺牛湿原、別当賀(べっとが)~落石駅間の落石海岸の3カ所。無料のスマホアプリ「ココシル」を使用すれば、花咲線の歴史や車窓について音声ガイドを聞くことができます。

夏休みシーズンには、快速〔ノサップ〕など一部の列車が2両編成で運行され、2号車の海側の一部座席が指定席(840円)となります(2024年度の場合)。キハ54形に加えてキハ40形1779「道東森の恵み」が連結されることもあり、花咲線で懐かしい国鉄型気動車に乗車できる貴重なチャンス。「道東森の恵み」は、釧路湿原の動植物と十勝の実りを車体にデザインしたラッピング車両です。

このほか、8月の土・日曜には、地元の業者によるお弁当やおみやげの車内販売が行われる列車もあります。最新の情報は、JR北海道公式ウェブサイトの花咲線のページや、根室市が運営する「地球探索鉄道花咲線」ウェブサイトに掲載されているので、乗車前にぜひチェックしてみましょう。


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花咲線の見どころ

ラムサール条約登録湿地を走る

それでは、釧路駅から花咲線の旅に出発します。座席はもちろん海側、根室に向かって右側がおすすめです。釧路駅を発車した列車は撮影名所でもある釧路川を渡り、東釧路で釧網本線と別れると早くも市街地を離れます。別保川(べっぽがわ)沿いの狭い谷を、右に左に蛇行しながら進み、峠をひとつ越えると上尾幌。このあたりまで来ると、駅周辺以外にはほとんど人工建造物が見られなくなります。


煮汁で炊いたご飯も絶品のかきめし(2008年9月 栗原景撮影)

最初のハイライトは、門静駅の先から始まる厚岸湾。線路と海岸の間に道路や民家はなく、しかも線路は海抜10mほどの丘の上を走るので、見晴らしはばつぐんです。前述のように、朝の列車なら速度を落として走ってくれます。

民家が増えてくると「かきめし」で有名な厚岸駅。駅前の販売店、氏家待合所で購入できます。東京駅や、デパートの駅弁フェアでも購入できますが、やはり現地でいただく「かきめし」は格別。ただし停車時間が短いので、購入するなら途中下車が必要です。

厚岸を発車すると、再び右手に水辺が迫りますが、こちらは牡蠣の養殖が盛んな厚岸湖。少し内陸に入って、1993年にラムサール条約登録湿地となった別寒辺牛湿原を進みます。別寒辺牛川をはじめとするたくさんの水系に沿ってヨシ、スゲの広がる低層湿原で、タンチョウやオジロワシ、オオハクチョウ、ヒグマといった動物たちが生息しています。


野鳥たちが飛来する大自然の中を走るキハ40形(2018年12月 厚岸~茶内駅間撮影)

茶内駅からは、台地の上を走ります。茶内・浜中・姉別の3駅はいずれも浜中町にあり、茶内駅と浜中駅にはルパン三世のオブジェやイラストが飾られています。

北海道らしい雄大さの落石海岸

厚床駅は、かつて国鉄標津線が分岐していた駅。厚床駅を発車して右にカーブする際、直進して森に入っていくグリーンベルトが標津線の跡です。ここから先は根室半島。徐々に上り勾配となり、列車は標高80mほどの台地の尾根を東に進みます。尾根はどんどん狭くなり、線路の両側に崖が迫るような地形になると別当賀駅。さらに東を目指しますが、その先にはオホーツク海の入り江のような温根沼があるため、南に進路を取って太平洋に近づきます。

いつのまにか列車の左右に続いていた原生林が遠ざかり、視界が開けて右手に太平洋が現れます。ここは落石海岸、三里浜。海岸には高低差30mの崖が迫り、線路はその崖の上を走ります。しばらくの間、鉄道関連以外の施設は何も見えない、壮大なスケールの車窓を楽しめます。


夕暮れのうすむらさき色に輝く落石海岸と花咲線

落石岬のつけ根をぐるりとまわった列車は、太平洋と温根沼に挟まれた狭い尾根を通過し、徐々に高度を下げて根室市街に向かいます。
徐々に住宅が増えて根室市街に入ると、ホームが1本だけの東根室駅。ここは東経145度35分50秒、北緯43度19分24秒に位置する日本最東端の駅で、記念碑が設置されています。緯度が高く、東にあるので、6月の夏至の頃なら3時40分頃に日が昇り、12月の冬至には15時45分頃に日が沈みます。特に冬は、釧路を13時台に発車する列車が2時間半かけて東根室に着く頃には、もう日が落ちて夜の装い。日本の広さを感じられることでしょう。
列車は、住宅地の中を左に大きくカーブし、終着・根室駅に到着。駅前からは、本土最東端の納沙布岬へ行くバスが接続しています。


日本で一番早い朝日を見ることができる日本最東端の岬・納沙布岬

大自然の車窓風景を楽しみ、駅弁なども味わえる花咲線は、北海道らしい列車旅を満喫できる路線です。地域の人たちがさまざまな工夫を重ねて守り続ける、大切な基幹路線でもあります。少し足を延ばして、日本の広さを体感しに出かけてはいかがでしょうか。


花咲線(JR北海道) データ

起点   : 釧路駅(根室本線の起点は滝川駅)
終点   : 根室駅
駅数   : 18駅
路線距離 : 135.4km
開業   : 1917(大正6)年12月1日
全通   : 1921(大正10)年8月5日
使用車両 : キハ54形500番代、キハ40形1700番代


著者紹介

栗原 景(くりはら かげり)

1971年、東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリー。
小学3年生の頃から各地の鉄道を一人で乗り歩き、国鉄時代を直接知る最後の世代。
東海道新幹線の車窓を中心に、新幹線の観察と研究を10年以上続けている。

主な著書に「廃線跡巡りのすすめ」、「アニメと鉄道ビジネス」(ともに交通新聞社新書)、「鉄道へぇ~事典」(交通新聞社)、「国鉄時代の貨物列車を知ろう」(実業之日本社)ほか。

  • 写真/栗原景、交通新聞クリエイト、公益社団法人北海道観光振興機構
  • 掲載されているデータは2024年7月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。
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