このたびの令和8年熊本地震により被災された皆さまに、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早い復旧・復興を心よりお祈りいたします。
2026年8月26日現在、地震の影響で運転を見合わせていた三角線(宇土~三角駅間)は運転を再開しており、観光特急〔A列車で行こう〕も通常どおり運転されています。
運行状況は変更となる場合がありますので、ご利用の際はJR九州公式ホームページにて最新情報をご確認ください。
かつての九州横断ルートは天草観光の人気路線に―三角線(JR九州)
日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。
日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接にかかわり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で利用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?
今回ご紹介するのは、かつて九州横断ルートの一翼を担い、現在は有明海の絶景とともに天草への旅を支える三角線。人気の観光特急〔A列車で行こう〕も走っています。
三角線の歴史
門司から長崎へのメインルートとして開業
有明海と八代海を隔てる宇土半島を走破し、天草観光のアクセス路線ともなっているのが、JR九州の三角線です。宇土〜三角間25.6kmという短い路線ではありますが、「あまくさみすみ線」の愛称で親しまれ、有明海と雲仙岳、ミカン畑を望む峠越えと変化に富んだ車窓を楽しめます。
有明海に寄り添うように走る三角線(2011年撮影 住吉~肥後長浜間)
三角線は、大変歴史の古い路線です。開業は1899(明治32)年12月25日。天草・島原方面への航路連絡を目的に、鹿児島本線などを建設した九州鉄道によって建設されました。開業時点では門司〜博多〜熊本〜三角間が本線であり、三角線は九州の大動脈だったのです。日露戦争後の1907(明治40)年に国有化され、その2年後に「三角線」の名称を与えられました。
急行〔火の山〕が九州横断ルートを走破
戦後の三角線は、昭和30年代に観光路線として注目されます。1963(昭和38)年3月には、別府〜熊本間を豊肥本線経由で結んでいた準急〔火の山〕(のちに急行に格上げ)の三角駅乗り入れがスタート。1964(昭和39)年9月のダイヤでは、別府を7時に発車した準急〔第1火の山〕は阿蘇駅を9時14分、熊本駅を10時15分に発車して三角線に入り、三角駅に10時53分到着。11時10分発のフェリーで島原へ渡ると、12時25分のバスに接続して13時過ぎに雲仙公園に立てました。三角線は、別府・阿蘇・雲仙という九州の有名観光地を効率よく結ぶ、海陸連絡ルートとして機能したのです。
しかし、この頃から観光バスが勢力を伸ばします。天草・島原行きの桟橋に横付けできる観光バスは昭和40年代に入ると鉄道を圧倒し、マイカーの普及もあって、しだいに三角線は競争力を失っていきました。
〔火の山〕は1986(昭和61)年11月のダイヤ改正で熊本〜三角間が廃止。2006年には三角島原フェリーも姿を消して、三角線の海陸連絡ルートとしての役割は大きく縮小しました。
そんな三角線に転機が訪れたのは、2011年10月。実に25年ぶりとなる優等列車、そして初の特急となる観光特急〔A列車で行こう〕がデビューしたのです。1990年代以降、天草はイルカウォッチングをはじめとする体験型観光が注目を浴び、全国的な知名度が向上していました。そんななか、運行を開始した〔A列車で行こう〕は、三角線に新たな海陸連絡ルートの役割を与えることになりました。
三角線の車両
ジャズのナンバーが流れる大人の列車〔A列車で行こう〕
現在、三角線の定期列車はすべて普通列車です。起点は宇土駅ですが、全列車が鹿児島本線に直通し、熊本〜三角駅間で運行されています。おおむね1時間から1時間半に1本程度列車が設定され、比較的旅程を立てやすい路線です。
A列車で行こう(2015年 栗原景撮影)
1号車バーカウンターの近くには、ゆったりと座れるソファーも
2号車フリースペースには、ベンチシートやキッズチェアを設置
三角線の主役は、何と言っても週末を中心に運行される、観光特急〔A列車で行こう〕です。国鉄末期に開発されたキハ185系の2両編成。ステンドグラスを配したシックなデザインの車内にはジャズの名曲が流れ、1号車にはバーカウンター「A-TRAIN BAR」がある大人の雰囲気の列車です。終点の三角駅では天草宝島ラインの高速船「シークルーズ号」と接続し、天草観光の拠点である、松島(前島)港に直行できます。
「シークルーズ号」はイルカウォッチングコースも運行している ©熊本県観光連盟
〔A列車で行こう〕についてもっとくわしく
キハ200形は転換クロスシートで車窓も満喫
電車並みのスピード・加速力を誇るディーゼルカー「キハ200形」
普通列車は、赤い車体が印象的なキハ200形が主力です。1991年に登場した地方線区向けの気動車で、450PS/2000rpmという強力なエンジンを搭載するなど、電車に迫る性能を誇ります。車内は転換クロスシートで、グリーンやオレンジなどカラフルなシートモケットが特徴。車窓を眺めやすく、有明海の風景をたっぷり楽しめます。また、両運転台仕様で1両での運行も可能なキハ220形200番代も使用されており、こちらはロングシートと転換クロスシートを組み合わせたセミクロスシートです。
キハ200形についてもっとくわしく
三角線の見どころ
熊本県最古の木造駅舎が残る網田(おうだ)駅
三角線の列車は、すべて熊本駅から発着します。三角駅に向かって右側の席のほうが、有明海の景色をよく楽しめるのでおすすめです。
熊本駅から発車した列車は、九州新幹線と並走しながら南下し4つめの宇土駅から三角線に入ります。鹿児島本線と別れて右に大きくカーブした列車は、右に国道57号と並走しながら田園風景を西へ向かいます。この国道57号は、大分市から阿蘇市・熊本市・宇土市・三角町を経て、島原市から長崎市に至る国道で、言わば急行〔火の山〕時代からの三角線のライバルです。
2つめの住吉駅を発車すると、左にカーブしていよいよ車窓右手に有明海が現れます。天気が良ければ、海の向こうに雲仙普賢岳も見えるでしょう。
車窓から有明海を望みながら、列車は網田駅へと向かう(2015年 肥後長浜~網田駅間 栗原景撮影)
網田駅 ©熊本県観光連盟
戦前から海水浴客でにぎわった肥後長浜駅を過ぎると、網田駅に到着。開業当時から残る、熊本県最古の木造駅舎がある駅で、土・日祝日には駅舎内で駅カフェ「網田レトロ館」が営業しています。
宇土駅からずっと平坦な線路を走ってきた三角線は、網田駅から山を登り始めます。その先の御輿来(おこしき)海岸は、干潮時に現れる三日月型の砂紋で知られる景勝地。早春に夕陽と砂紋が重なる「絶景日」には、全国からカメラマンが訪れる人気のフォトスポットになっています。
ミカン畑に囲まれて峠を越える
穏やかな海と港町の風景が広がる(2015年 網田~赤瀬駅間 栗原景撮影)
有明海と別れて進路を南に取り、周囲にほとんど民家が見えない赤瀬駅を過ぎると、676mの赤瀬トンネルに入って、宇土半島の「背骨」を越えます。次の石打ダム駅は1989年に開業した三角線でもっとも新しい駅で、駅名になった石打ダムまでは山道を徒歩20分ほど。円筒形の展望ロビーを備えた資料館があります。
石打ダム駅からは、左右の山にミカン畑が広がる森の中を南下して山を下ります。視界が開けると波多浦駅で、左に見える狭い水道は八代海のモタレノ瀬戸。25kmほどの短い路線で、車窓の左右に全く別の海が見えるのが、三角線の特色でもあります。波多浦駅から市街地に入り、まもなく終着の三角駅に到着。1903(明治36)年竣工の木造駅舎は、〔A列車で行こう〕の運行開始時に美しくリニューアルされました。
三角駅(1958年撮影)
三角駅(2015年 栗原景撮影)
三角駅前からは、前述の高速船「シークルーズ号」のほか、本渡方面へのバスも発着しています。レンタカーもあるので、それぞれのスタイルで天草の旅を楽しむとよいでしょう。三角〜島原間のフェリーは役目を終えましたが、天草の鬼池港からは島原半島の口之津港へ、富岡港からは長崎市の茂木港へ旅客船が就航しており、雲仙方面や長崎方面に抜けることもできます。
なお、JR九州では福岡市内から三角駅までの乗車券(博多〜熊本間は九州新幹線自由席利用)と「天草宝島ライン」の乗船券がセットになった「天草・福岡市内2枚きっぷ」、熊本駅から三角駅までの乗車券と「天草宝島ライン」乗船券がセットになった「天草・熊本2枚きっぷ」を販売しています。
時を経て、天草へのアクセスルートとして再生した三角線。九州を旅する際に、ぜひ乗ってみたい路線です。
三角線(JR九州)データ
起点 : 宇土駅
終点 : 三角駅
駅数 : 9駅(宇土駅を含む)
路線距離 : 25.6km
開業・全通: 1899(明治32)年12月25日(宇土〜三角)
使用車両 : キハ200系、キハ220形200番代、キハ185系
著者紹介
- ※写真/栗原景、熊本県観光連盟、交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2026年8月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。




