この週末は列車で温泉旅へでかけませんか?
仕事に家事に人間関係に……現代人はみんなちょっとお疲れ。そんな毎日を送る人に“何もしなくていい”週末に列車で行ける温泉旅を提案します。好きなときにお風呂に入って、待っていればおいしいご飯が出てきて、移動に列車を選べば乗っているだけで目的地まで運んでくれます。たまには日常を忘れてのんびり、自分にご褒美をあげよう。きっと明日からも頑張ろう!と思えるはず。
- ※新型コロナウイルス感染症の影響により、列車の運休や変更、施設の営業変更等が発生することがあります。JRニュースや運行会社、および各施設のHP等をご確認ください。
100年のロマンを感じるSLに乗って、人吉温泉へ
山間にこだまする汽笛の音。モクモクと煙をあげながら力強く走る漆黒のボディー。心踊る列車旅といえばやっぱりSLでしょう。球磨川沿いを行く「SL人吉」はクラシカルな車内にライブラリーやミュージアムまで備えた人気の観光列車です。
車窓からは球磨川の美しい眺めが広がり、高級感のある展望ラウンジで優雅な鉄道旅を満喫できます。
車両は1922(大正11)年に製造された現役の蒸気機関車で、2009年にJR肥薩線の開業100周年を記念して「SL人吉」として復活したもの。熊本駅から人吉駅までの所要時間は約2時間30分。1日1往復、金・土・日曜を中心としたダイヤなので、予約をしてから出かけましょう。
SLで行く旅の目的地は人吉温泉。鎌倉時代以降、約700年にわたって相良(さがら)氏の城下町として栄えた人吉球磨には、つるつるの美人湯が湧いています。2015年に文化庁の「日本遺産」第一号に認定されて以降、県下最多の神社仏閣や、球磨焼酎・神楽など独自の文化・風習を育んだこの地がより注目を集めています。
- ※SL人吉は、2020年7月の豪雨で一部区間の不通のため、現在「熊本駅-鳥栖駅間」を運行しています。最新情報に関しましては公式サイトよりご確認ください
昭和レトロな公衆浴場
球磨川沿いにいくつかの温泉が点在している温泉郷は、歩いて回るのは厳しいので、レンタカーやレンタサイクル、タクシー移動がよさそうです。
人吉温泉の発祥は室町時代に遡り、熊本の南部一帯を治めていた相良氏の12代当主・相良為続(ためつぐ)が1492(明応元)年、林村の「湯楽寺」(現在の場所は不明)に泊まり温泉で疲れを癒した、という記述が残っています。現在は温泉町に「人吉温泉発祥の地」の看板がある湯の神神社や、相良三十三観音の第8番札所・湯の元観音 (湯楽寺の前身という説も)があり、温泉街の歴史を感じることができます。
人吉球磨の領主であった相良氏は、急峻な九州山地に囲まれた地の利を生かして、外敵の侵入を拒み、「相良700年」といわれる長い統治を行ないました。その結果、人吉の地には独自の文化が花開き、日本を代表する歴史小説家の司馬遼太郎は『街道をゆく』で、この地を「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記しています。
温泉が庶民の生活に溶け込んでいるのも、豊かさの表れかもしれません。
最初に向かったのは、昭和初期に造られた公衆浴場の「元湯」
大正の頃から温泉を掘り始め、創業は1934(昭和9)年。
風情のある木造で、中に入ると昔ながらの番台があり、味わい深い雰囲気です。
中には湯船が1つだけ。つるつるふわりとした感触の温泉は、pH7.95、弱アルカリ性のナトリウム‐炭酸水素塩・塩化物泉。
手すりがなければ、もっと風情があるのになあ〜と思いましたが、利用者の高齢化に伴って数年前に手すりがつけられたそうです。
2000年に構造体を残して全面改修をしていますが、その理由は湯量の低下。1年かけて450メートル掘り直して、50℃弱の源泉を得たそうです。
毎日12〜14時に湯を抜き、清掃をして、1時間かけて湯を溜めるので、昼間に訪れても入ることはできません。
常連客はみんな、子供の頃からの付き合いだそうで、70代、80代になっても毎日、公衆浴場で顔を合わせて世間話をするのだとか。地域の幸せなコミュニケーションの場が公衆浴場なのだなと改めて感じました。公衆浴場がある場所で生活していたら、いつまでも健康でいられそうですね!
3人の創業メンバー(の子孫)に1人が加わり、現在は4人の共同経営者が運営しています。創業メンバーは一人は税務署長さん、一人は米屋さん、一人は味噌・醤油屋さん。地域の有志がお金を出し合い、生活の場である公衆浴場を開いたわけです。
元湯
住所 | 熊本県人吉市麓町9-4 |
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問い合わせ先 | 0966‐24‐1950 |
時間 | 7:00〜22:00 ※12:00〜14:00は清掃のため入浴不可 |
定休日 | 元日 |
交通アクセス | JR人吉駅より車で約5分 |
値段 | 大人(中学生以上)300円、小人(小学生)100円、幼児50円 |
URL | https://hitoyoshikuma-guide.com/2019/02/18/hitoyoshionsen-motoyu/ |
壁のペンキ絵広告が激シブな「新温泉」
「新」という名前がついていますが、「元湯」よりも造られたのは古くて、1931(昭和6)年の創業です。
体重計やマッサージチェア、ぶら下がり健康器、壁のペンキ絵広告など、昭和レトロ感漂う脱衣所に心ときめきます。
本業は木炭問屋だった創業者のお孫さんに当たる永見明子さんが番台に座り、隅々まで掃除をされているからか、清潔感があります。
泉質はアルカリ性単純温泉。
お湯はうっすらと茶褐色で、つるつる感のあるいいお湯です。
湯船は2つありますが、湯量が減少しているので、現在は1つだけしか使っていないそうです。
一時は、湯量の減少で廃業の危機にあったそうですが、パイプの清掃などを施して復活し、今でも営業は続いています。
人吉温泉の公衆浴場や旅館は、平成になってから掘り直したところが多いのですが、新温泉は、昭和初期に上総掘りで掘った当時のままの源泉が使われている希少な温泉です。
- ※2020年7月閉業。2022年11月に建造物が国の登録有形文化財になりました。
たまたま立ち寄った共同浴場は、無人でした
それまで公衆浴場を預かっていた番台さんが2019年5月に突然亡くなったそうで、現在も無人のまま営業しています。
誰もいないから入るのを躊躇してしまいましたが、ご近所さんが当番で見回りしているそう。温泉は変わらずかけ流しで注がれているけれど、床はぬるりと滑りました。ぬめりのある温泉だからこそ、毎日欠かさない手入れが大事なんですね。
ご近所さんによると、所有者の外山胃腸病院は入院患者さんのために鶴亀温泉から源泉を引いていて、病院内でも温泉の恩恵にあずかれるんだとか。
地元のおばちゃんたちが「ミィちゃん」と言って可愛がっていたネコちゃんが、脱衣所のマットの上を陣取っていました。
野良猫かと思ったら、近所の飼い猫が日中、遊びにやってくるんだといいます。脱衣所の真ん中に陣取ったミィちゃん、番台さんの役目を果たしているかのように、入浴客をずっと見守っていました。
鶴亀温泉
住所 | 熊本県人吉市瓦屋町1120‐6 |
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問い合わせ先 | 0966‐22‐3221(外山胃腸病院) |
時間 | 14:00〜21:00 |
定休日 | 元日、第2・第4月曜 |
交通アクセス | JR人吉駅より車で約5分または徒歩約20分 |
値段 | 大人300円、小学生100円、幼児無料 |
人吉温泉の癒され小話
鶴亀温泉の看板猫、ミィちゃんは物怖じしないご近所の猫。
ミィちゃんと呼ばれていたから、私もミィちゃんと呼んでみたんだけど……
「ミィちゃんと呼んでいるけれど、本当はね、名前は知らないの……」とおばちゃん。え? 近所の猫に勝手に名前をつけて呼んでいただけ??なんて、自由なんだろう……(笑)。のどかな温泉地ならではのほっこりエピソード。そもそも、脱衣所に猫、入ってこないしね。猫と共生している激シブレトロ温泉には、慌ただしい毎日の中ですっかり忘れているスローな時間が流れていました。
アニメの聖地でもある、文化財の宿
「元湯」ができたのと同じ年、1934(昭和9)年に創業した人吉旅館は、国の登録有形文化財となっている木造2階建ての宿です。
磨き込まれた廊下は、自然木がふんだんに使われていて心落ち着く空間です。窓ガラスの枠も木製で、日本の伝統美を感じられます。
人吉旅館は緑川ゆきさんの漫画『夏目友人帳』の舞台になった旅館でもあり、アニメの聖地としてファンがやってくることも多いとか。『夏目友人帳』、試しに読んでみたら面白くて、夜中まで読みふけってしまいました。
温泉もいいんです。
泉質は弱アルカリ性のナトリウム‐炭酸水素塩・塩化物泉。
重曹と塩分を含んだつるつるとする美肌の湯。
汗が止まらないほどに巡りがよくなるアンチエイジングの湯です。
浴槽の造りが特徴的で、立つと股下くらいの深さがあります。湯船のなかに沈めてある椅子に座ってもなお深く、水圧がかかるから、リラックス効果大です。
人吉の温泉のアンチエイジング力は、女将さんの若さにも証明されています。
人吉旅館の女将さんはジュディ・オングを連想させる華やかな美人で、マスコミにもたびたび登場する韓国出身の名物女将。
お会いした時に年齢をお聞きして「60歳を超えている? まさか!」と思わず叫んでしまったほど。人吉の温泉は女性を若くする力がある温泉なのかもしれません。
飲める温泉というので口に含んでみると、塩分はあるのだけれどほとんど塩味は感じず、まろやかな口当たりで体にやさしく染みわたります。胃腸から体を元気にしてくれそうな温泉でした。
料理も品があり、好感が持てます。
お造りは鮎の洗い(6〜10月)、前菜は山雲丹豆腐や球磨栗茶巾などご当地の味覚が味わえます。
なかでも面白いのがSL鍋。
名物女将が考案した人吉旅館オリジナルです。
SL人吉がスタートした時に作った特注の有田焼の鍋の先端から、まるでSLが煙を吐くようにシュッシュッと湯気が上がるアイデア鍋です。
中身は酵母菌の働きを利用した自家配合のエサで育った臭みがない球磨の黒豚と、抗ガン作用が高いというタモギ茸が入っています。ともに、こだわりを持った生産者さんの自慢の逸品。食べるだけで元気になれそう。
列車で行く温泉旅にぴったりのご当地鍋に大満足です。
人吉旅館
住所 | 熊本県人吉市上青井町160 |
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問い合わせ先 | 0966‐22‐3141 |
時間 | チェックイン 15:00/チェックアウト 10:00 |
定休日 | 不定休 |
交通アクセス | JR人吉駅より徒歩で約10分 |
値段 | 1泊2食12500円(税別)〜 |
URL | http://www.hitoyoshiryokan.com |
ものづくりが息づく人吉の街をぶらり
毛が生える? 牛乳焼酎の威力
温泉水を使った球磨焼酎があると聞いて、大和一酒造元にやってきました。
球磨焼酎の蔵は全部で28カ所ありますが、敷地内に源泉を持ち、「温泉焼酎」を作っているのはここだけです。
敷地内に湧く温泉の泉質は、ナトリウム‐炭酸水素塩・塩化物泉。皮膚の角質を柔らかくする作用があり、「熱の湯」ともいわれる保温効果の高い温泉です。
杜氏の迫田賢二さんが温泉水を飲用した時の効能を解説してくれました。
それによると、「重曹が胃酸を中和してくれるので逆流性食道炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍によく、尿をアルカリ性に促進するので痛風にも。また、胆汁の分泌を促進し、血糖値を低減するので耐糖能異常(糖尿病)に効果的で、塩化物泉は胃液を分泌させるので萎縮性胃炎や便秘によい」とのことです。
一般的に焼酎は酸性ですが、温泉水を入れた焼酎はアルカリ性なので飲み口もまろやか。目の前で「温泉焼酎」のpH実験もしてくれました。
「おいしいだけではなく、健康に役立つ商品を作りたい」と大和一酒造元が作ったのが温泉焼酎と牛乳焼酎。温泉焼酎は1986(昭和61)年、牛乳焼酎は1998年に発売開始し、ともに人気の商品だそうです。
ミルク風味の牛乳焼酎は甘い香りと味わいで幸せな気分にしてくれますが、それだけではない実力ある商品なんです。
「牛乳焼酎は薄毛にも効果的なんですよ」と迫田さんがスプレーに入れた焼酎を頭皮にシュッシュ! まさか、杜氏がヘアトニックの宣伝を始めるとは思いもよらず!!!
実は、この牛乳焼酎、薄毛、白髪、髪にハリ・コシがなくなったなど、毛髪・頭皮の悩みを改善してくれるそう。
ネット検索すると、週刊誌やテレビ、新聞などマスコミに取り上げられたという説明書きが 続々出てきます。この商品を使って、大手製薬会社の研究室で「発毛や細胞の活性化について」の研究もされたそうですよ。
薄毛や白髪は加齢とともに男性も女性も悩みを抱える人は多いはず。牛乳焼酎の細胞活性化の力、ぜひ試してみたいところです。
大和一酒造元
住所 | 熊本県人吉市下林町2144 |
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問い合わせ先 | 0966‐22‐2610 |
時間 | 8:30〜17:00(蔵見学は9:00〜16:00) |
定休日 | 土・日曜、祝日 |
交通アクセス | JR人吉駅より車で約7分 |
値段 | 蔵見学無料 |
URL | https://www.yamato1.com |
マイ包丁作り体験もできる蓑毛(みのも)鍛冶屋
最後にやってきたのは蓑毛鍛冶屋。
もともと、鎌や鋤など農具や山林刃物などを作る野鍛冶からスタートした鍛冶屋で、鉄と鋼だけの昔ながらの伝統的な和包丁を作っている鍛冶屋さんです。
10代目を継ぐ蓑毛勇さんは海上自衛隊から戻ってきて鍛冶職人になったそう。
料理包丁のほか、革鞘に収められたシャープなデザインのナイフはアウトドア派の若者にも人気だとか。
私は旅の記念にフルーツなどの皮を剥くのによさそうな小包丁を2000円で購入しました。
マイ包丁作り体験(小包丁3500円、三徳包丁5000円)もできるそうです。
温泉はもちろん、歴史・風土と結びついたものづくりが息づく人吉の街。1泊2日ではとてもまわりきれない、楽しみが多い街でした。
蓑毛(みのも)鍛冶屋
住所 | 熊本県人吉市紺屋町70(店舗)、下薩摩瀬1596‐3(工房) |
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問い合わせ先 | 0966‐23‐3874(店舗)、0966‐24‐2597(工房) |
時間 | 7:00〜19:00 |
定休日 | なし |
交通アクセス | JR人吉駅より徒歩で約10分 |
値段 | 無料 |
URL | https://minomokajiya.wixsite.com/home |
この旅の行程
(行き)JR九州新幹線さくら407号 博多駅8:39発→熊本駅9:17着(所要時間:38分)
SL人吉 熊本駅9:45発→人吉駅12:09着(所要時間:2時間24分)
(帰り)SL人吉 人吉駅14:38発→熊本駅17:14着(所要時間:2時間36分)
JR九州新幹線みずほ610号 熊本駅17:34発→博多駅18:09着(所要時間:35分)
- ※上記発着時刻は記事作成時のものです。事前にご確認の上、お出かけください。
知っているとちょっと楽しい「鉄道豆マメ知識」【SL人吉】
熊本駅~人吉駅間を結ぶ「SL人吉」。牽引する8620形は、現役で走行するSLとしては最年長で、なんと大正生まれ!力強さと優雅さを兼ね備えた姿が魅力です。SLは車体にそれぞれナンバープレートが付いていて、この数字で、その車両が、同じ形の牽引機のなかで何番目に作られたのかが分かるようになっています。SL人吉のナンバープレートを見てみましょう。
8620形のナンバーは、1号機は8620、2号機は8621、3号機は8622というように、初めは1ずつ増えていっていました。しかし8699までいったところで問題が発生。8700はすでに別の形の牽引機として走っていたのです。そこで、8699の次は、先頭に数字を足して18620としました。それでは、SL人吉の58654は何番目の製造でしょうか。ヒントは「8620形は総数687両製造され、最後の車両のナンバーは88651 」です。正解はTHE列車 SL人吉にあるのでチェックしてみてください。SL人吉は車内に展望ラウンジやミュージアムなどもあり、走行中に車窓から望む球磨川も素晴らしい人気の高い列車です。でも、普段は見逃してしまう、こんなところに注目してみるのも楽しいですよ。移動も楽しい時間になりますように。
著者紹介
- ※写真/野添ちかこ、(車両写真)交通新聞クリエイト
- ※本記事は2020年5月に公開いたしましたが、2023年2月22日にトレたび編集部により情報を更新いたしました。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。