この週末は列車で温泉旅へでかけませんか?
仕事に家事に人間関係に……現代人はみんなちょっとお疲れ。そんな毎日を送る人に“何もしなくていい”週末に列車で行ける温泉旅を提案します。好きなときにお風呂に入って、待っていればおいしいご飯が出てきて、移動に列車を選べば乗っているだけで目的地まで運んでくれます。たまには日常を忘れてのんびり、自分にご褒美をあげよう。きっと明日からも頑張ろう!と思えるはず。
- ※新型コロナウイルス感染症の影響により、列車の運休や変更、施設の営業変更等が発生することがあります。JRニュースや運行会社、および各施設のHP等をご確認ください。
隠れ里に湧く 麗しの絶景露天
その日、深いV字の谷は霧に覆われていました。白い霧は山を覆い尽くしたかと思えば、次の瞬間には龍の形になって風にたなびき、流れ去っていきました。ここは、日本三大秘境の一つ、祖谷渓に湧く祖谷温泉。平家の落人伝説が残り、山奥にある秘湯の中でもとくに険しい自然の中にあって、渓谷の美しさは群を抜いています。
祖谷方面への旅の起点になるのはJR大歩危(おおぼけ)駅。高松駅から向かう場合は丸亀駅や多度津(たどつ)駅、宇多津(うたづ)駅で特急南風号に乗り換えるか、1日1往復限定の不定期運転ではありますが、観光列車「四国まんなか千年ものがたり」で行くことができます。金刀比羅宮境内でレストランを運営する「神椿」の調理長が監修したさぬきのこだわりの食材を使った洋風ランチや、三段重箱に詰めた日本料理のお弁当など、オリジナル料理を味わいながら、讃岐山脈を越え、秘境へ向かう列車旅を一度は体験したいものです。
今回宿泊する「和の宿 ホテル祖谷温泉」で温泉三昧するなら1日1便限定の送迎バス(宿泊者限定)を利用すれば移動は楽ですが、ゆっくりと周辺観光をしたい人は「大歩危峡まんなか」(大歩危駅から路線バスかタクシーで約5分)でレンタカーを借りて移動するのがいいでしょう。
大歩危の名前の由来は?
降り立った駅は、大歩危駅。
一駅手前は小歩危(こぼけ)駅というなんとも珍妙な駅名がついています。
「大歩危小歩危」は、徳島を代表する景勝地。四国山地を西から東へと流れる吉野川沿いに広がる約8キロメートルの美しい渓谷で、激流が奇怪な断崖を作り上げました。
その名前の由来は「大股で歩いても小股で歩いても危険だから」といわれてもいますが、宿泊した宿の手作り新聞にはこんな説が正しいと載っていました。
――1815(文化12)年の阿波史によると、昔は「大歩危」を「大嶂」、「小歩危」を「小嶂」と書いていて、「嶂」は「ホキ・ホケ」と読み、”険しくそそり立つ崖“という意味――だそうです。
大歩危の岩石はおよそ1億年から2億年前に海底深くにつくられた地層が、4000万年前に隆起し、吉野川に浸食されてでき上がったもの。岩質は硬めだから、激流が短期的に削ったわけではなくて、何千万年もの時を経てゆっくりとでき上がった自然のアート作品なのです。
大歩危峡の景色を船に乗って楽しめるのが「大歩危峡観光遊覧船」です。
4キロメートルほどの峡谷を約30分かけてめぐる川下りで、荒々しい表情の岩肌と深い緑色の水面のコントラストはため息がでるほどに美しく、大自然の営みが愛おしく思えます。天然記念物の含礫片岩(がんれきへんがん)の岩肌や美しい花々、野鳥、カモシカなどの動物を観察できます。
大歩危峡観光遊覧船
住所 | 徳島県三好市山城町西宇1520 |
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問い合わせ先 | 0883‐84‐1211 |
時間 | 9:00〜16:30(平日は~15:30) |
定休日 | なし |
交通アクセス | JR大歩危駅より車で約5分 |
値段 | 大人1200円、小人600円(3歳〜小学生まで) |
URL | https://www.mannaka.co.jp/restaurant/excursionship/excursionship.html |
妖怪ワンダーランドへようこそ
特異な大歩危の地質の成り立ちを学べるのが「道の駅大歩危」の中にある「妖怪屋敷と石の博物館」。1階には妖怪屋敷が、2階には石の博物館があります。
三好市山城町に残る妖怪伝説を後世に残すために、地元の人たちが手づくりした妖怪屋敷で、たくさんの妖怪に出会えます。
山城町は平地がほとんどない急峻な山里。昔から全国でも有数の地滑り地帯で、一歩誤れば命を脅かす場面に遭遇することが無数にあったそうです。この地で暮らすためには注意力と身を守る知恵が必要でした。
そこで生まれたのが、数々の妖怪伝説だと言われています。
日本民俗学の創始者、柳田國男氏が1938(昭和13)年にまとめた「妖怪名彙(ようかいめいい)」の中には主な妖怪80種のうち、山城町の妖怪4種が登場します。
1934(昭和9)年に祖谷に調査に入った柳田國男の門下生である民俗学者、武田明氏が慶應義塾大学生時代に書き残した妖怪の一つが、「コナキヂヂ」。
そう、TVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』にも出てくる“子泣き爺”。漫画家の水木しげる氏は「妖怪名彙」の下記の記述をもとに子泣き爺の姿かたちを考えたそうです。
“阿波の山分の村々で、山奥に居るという怪。形は爺だといふが赤兒の啼聲(ていせい)をする。或いは赤兒の形に化けて山中で啼いているともいふのはこしらへ話らしい。人が哀れに思って抱上げると俄に重く放さうとしてもしがみ付いて離れず、しまひにはその人の命を取るなどと、ウブメやウバリオンと近い話になって居る。木屋平の村でゴギャ啼キが来るといって子供を嚇すのも、この児啼爺のことをいふらしい。ゴギャゴギャと啼いて山中をうろつく一本足の怪物をいひ、又この物が啼くと地震があるともいふ。”
妖怪屋敷には山道の峠で旅人にとりつく「ヒダルガミ」や夜道で人を化かす「美女狸」、
夜遅くまで外で遊んでいると出てくる「オギャナキ」など山城に伝わる約70体の妖怪が手づくり感あふれる人形で紹介されていて、人間に悪さをする妖怪でもなんだかかわいく見えてきます。
2階に上ると、大歩危の「礫質片岩(れきしつへんがん)」や「砂礫片岩(されきへんがん)」といった石や、世界で採れた水晶などの鉱物が展示されていて石のお勉強ができます。
薄い石を並べた石の楽器「石琴」が置いてあって、叩くときれいな音色が響きました。
音の出る希少な石だそうです。
妖怪屋敷と石の博物館
住所 | 徳島県三好市山城町上名1553‐1 |
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問い合わせ先 | 0883‐84‐1489 |
時間 | 9:00〜17:00(入館は16:40まで) |
定休日 | 12月、1月、2月の火曜日(祝日の場合翌日) |
交通アクセス | JR大歩危駅より徒歩で約20分 |
値段 | 大人600円、小中学生300円 |
URL | http://wx07.wadax.ne.jp/~yamashiro-info-jp/cp-bin/wordpress/ |
谷底に湧く秘境の湯宿へ
「大歩危・祖谷」とひとまとめにされることが多いけれど、祖谷渓は大歩危峡から山一つ越えた先にあって、車で20分ほど走ります。同じ川筋にあるわけではなくて、祖谷川は剣山北西斜面を源流として、吉野川と並行して流れ、やがて吉野川へと注ぐ一級河川です。
向かった先は絶景自慢の「和の宿 ホテル祖谷温泉」。秘境の温泉だから、昔からある温泉のような気がしますが、歴史は新しく、温泉が自噴したのは1965(昭和40)年、宿ができたのは1972(昭和47)年10月のこと。かつては「風呂の谷」「眠谷」などという地名が残る湯の里だったそうですが、いつしか温泉が枯れ、地名のみが残っていたのだそうです。大正時代に四国電力(の前身の会社)がトンネル開削中に温泉が噴き出し、その後、関係者が掘削に尽力して祖谷温泉が開発されました。祖谷川沿いに点在する他の温泉旅館はその後に建設されたものです。
四国では珍しいかけ流しの絶景風呂
大正時代に温泉が湧き出していたにも関わらず、すぐに開発が進まなかったのには、祖谷渓の急峻な地形が関係しています。
源泉がある場所は深い谷の底。
崖のような斜面に建築資材を運び、宿泊施設をつくるというのは大変なことだったに違いありません。
見晴らしのいい開放的な露天風呂を作ろうと思うと、おそらくケーブルカーを敷設するのが現実的だったのでしょうか。近くにある「新祖谷温泉 ホテルかずら橋」はケーブルカーで上っていく天空の露天風呂ですし、「和の宿 ホテル祖谷温泉」の温泉は、ケーブルカーで下っていく谷底の温泉です。
露天風呂は約170メートル下(レールの長さは250メートル)にあります。傾斜角42度のケーブルカーはなかなかの急角度で、ゆっくりと5分ほどかけて下っていきます。
「渓谷の湯」「せせらぎの湯」の2つの露天風呂は日によって男女入れ替え制。緑がかった祖谷川の清流を眺めながらの湯浴みは最高です。
弧を描いて注がれる温泉は、肌にふれるとぬるぬるとするとろみのある美肌湯。pH9.1、アルカリ性の単純硫黄泉です。
38度とぬるめだから、春〜秋には長湯もできてちょうどいい温度ですが、冬はジャバジャバと源泉が落ちる湯口近くにいないと少し肌寒く感じます。
ほのかな硫黄分の香りと硫化水素ガスの細かな気泡が体にまとわりついてきて、少し白濁しているようにも見えました。
湯量が豊富で、毎分1500リットルも湧出しているそう。贅沢にもかけ流しで注がれています。四国のかけ流し温泉は希少。泉質よし、景色よしの極上湯に身を委ねて、静かに自分と向き合う時間を過ごせば、コロナ疲れもどこへやら。この温泉を使って売店ではオリジナル化粧品も売られていますのでお土産に買って帰るのもいいですね。
祖谷渓は紅葉スポットでもありますから、ケーブルカーでも風呂でも赤に黄に色とりどりの紅葉が目を楽しませてくれます。例年、10月末〜11月初旬(昨年は紅葉が遅く11月初旬〜下旬)が紅葉の見頃です。
山の中で味わうオシャレ会席
平家が隠れ住んだともいわれている山里で、山菜や川魚を出すと聞けば田舎料理のイメージがありますが、ホテル祖谷温泉の料理は器使いも素敵で、ワインを合わせたくなるような料理でした。
まずは前菜。
たけのこ、枝豆、みょうが、イタドリ、鹿肉と使われている食材はTHE山の宿なのですが、これが予想以上に華やかな色合いでびっくりしました。
「真鴨のロースト オレンジソース」はソースに合わせた斬新な器が使われていて、食欲をそそります。
そして、焼き物は籠に入ったアマゴと巻き柿。
川魚は季節によって、すだちの粉末を食べた「すだち鮎」が出てきます。
阿波牛は余計な脂分を感じないA4ランクの牛肉。急傾斜地のため米がとれない祖谷ならではの祖谷そばなど、徳島・祖谷を感じさせる料理の数々に大満足です。窓からの景色は夕方も朝も素晴らしく、この眺めに心もほぐれていきます。
和の宿 ホテル祖谷温泉
住所 | 徳島県三好市池田町松尾松本367-28 |
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問い合わせ先 | 0883‐75‐2311 |
時間 | チェックイン 15:00/チェックアウト 11:00 |
定休日 | 不定休 |
交通アクセス | JR大歩危駅より車で約30分 |
値段 | 1泊2食18,500円(税別)〜 |
URL | https://www.iyaonsen.co.jp |
なんてスリリング! 見るのと渡るのじゃ大違いのかずら橋
祖谷に来たら、必ず立ち寄りたい場所が、「祖谷のかずら橋」です。駐車場に車を停め、てくてくと坂道を下りていくと、かずら橋の全景が見えてきました。
緑の木々の中に架かる橋は神々しくもあって、こんな橋が十何本もあった昔は圧巻の景観だったのだろうと思います。しかも、平氏が追手から逃げるためにいつでも切り落とせるように作ったなんて、すごいエピソードではありませんか。
「かずら橋渡し口」と書かれた受付でお金を払って渡ります。
3年に1回、架け替えを行っていて、次は2021年1月から2月に工事が予定されているそうです。
ぐるぐると木の枝が巻きつけられた橋は、太い木にくくりつけられて、見るからに頑丈そうですが、この日は雨が降っていて、渡るのを躊躇しました。
私「雨の日でも渡れますか?」
受付のおじさん「ワイヤーが渡してあるからね。安全ですよ」
足元に渡された木は、ひとつひとつ念入りにかずらの蔓で固定されてはいるものの、スマホやペットボトル程度は十分に落下できるくらいの隙間は空いていて、足元を見ると、谷底が見える!!
歩幅を確認しながら、手はかずらの蔓が巻きつけられた手すりをしっかりと握り、恐る恐る渡り始めます。
「ひえー!こーわーいー」
年甲斐もなく叫び続け、それでも歩を進めます(怖いから)。
雨に濡れて飴色に光る橋は、いまにも滑りそう。かずら橋から見る渓谷の景色は美しくて写真を撮りたかったけれど、傘も持っているし、片方の手を離す勇気はもてず、撮影は断念しました。
橋は頑丈だからギシギシと音はしないけれど、歩くたびにゆらゆら揺れて、他に人でもいようものならさらに恐ろしいことになっていたでしょう。
祖谷に住む人々は崖に家を建て、畑をつくり、生活をしていたわけですので、この地に生きる人々にとって、こんな橋はスリリングでもなんでもなかったのかもしれません。
祖谷のかずら橋
住所 | 徳島県三好市西祖谷山村善徳162-2 |
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問い合わせ先 | 0883‐76‐0877(三好市観光案内所) |
時間 | 【4月~7月20日】7:00~18:30/ 【7月21日~8月】6:30~19:00/【9月】7:00~18:30 /【10月~11月】7:00~17:30/【12月~2月12日】8:00~17:00/【2月13日~3月】8:00~18:00 |
定休日 | なし |
交通アクセス | JR大歩危駅より車で約15分(ホテル祖谷温泉から車で約20分) |
値段 | 大人550円、小人(小学生)350円、幼児無料 |
URL | https://miyoshi-tourism.jp/spot/iyanokazurabashi/ |
癒やされ小話
翌日はホテル祖谷温泉の植田佳宏社長が大好きだとおっしゃっていた「篪庵(ちいおり)」を見に行きました。
東洋文化研究家のアレックス・カーさんが、日本のチベットともいわれる奥祖谷に築300年の茅葺屋根の古民家を購入し、40年以上かけて少しずつ手を入れ、床暖房などの居住性も配慮して、現在は宿泊もできる施設になっているとのこと。
私も20年ほど前にアレックス・カーさんの講演を聞いたことがあったので興味を持ちましたが、残念ながらこの日は中を見学できませんでした。
黒光りする梁や柱を見ることは叶わなかったのだけれど、のどかな段畑と茅葺きの古民家のある里山を見るだけで心落ち着きました。庭先に自生したミントの葉っぱも元気。人間もこういうところで仕事したり、暮らすことができたら、きっと心も体も元気になるんだろうな。
知っているとちょっと楽しい「鉄道豆マメ知識」【ものがたり列車】
記事の冒頭で紹介している「四国まんなか千年ものがたり」。
“まんなか千年”という少し不思議な名前は、四国山地を横断し四国の”まんなか”あたりを通ること、平家落人の秘話や伝説が今なお残る秘境の祖谷地方など、”千年”を超える歴史的な文化や景観が残されていることからきています。
車内インテリアは古民家をモチーフにした、木に包まれた空間になっています。窓側を軒下に見立て、民家の屋根に包まれた空間が表現されています。
こだわりのインテリアや食事のほかにも、普通の列車では体験できない非日常的で忘れることのできない、地域の方々が皆様を出迎えやアテンダントによる心を込めたおもてなしを味わえます。
四国内には「四国まんなか千年ものがたり」のほかにも、「伊予灘ものがたり」と「志国土佐時代の夜明けのものがたり」の2つのものがたり列車が走っています。まったくコンセプトの違う3つの列車ですが、どの列車もそれぞれの地元の伝統工芸品を積極的に活用した車内インテリアと、沿線の観光施設や地域の人と一体となったおもてなしが魅力です。
乗ること自体が目的になるような観光列車で、移動も楽しい時間になりますように。
この旅の行程
(行き)JR快速サンポート南風リレー号 高松駅11:13発→丸亀駅11:39着(所要時間:26分)
JR特急南風7号 丸亀駅11:47発→大歩危駅12:51着(所要時間:1時間4分)
※大歩危駅からはレンタカーで移動
(帰り)JR特急南風20号 大歩危駅16:02発→多度津駅16:53着(所要時間:51分)
JR快速サンポート南風リレー号 多度津駅16:58発→高松駅17:32着(所要時間:34分)
著者紹介
- ※写真/野添ちかこ、(車両写真)交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2020年9月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。