この週末は列車で温泉旅へでかけませんか?
仕事に家事に人間関係に……現代人はみんなちょっとお疲れ。そんな毎日を送る人に“何もしなくていい”週末に列車で行ける温泉旅を提案します。好きなときにお風呂に入って、待っていればおいしいご飯が出てきて、移動に列車を選べば乗っているだけで目的地まで運んでくれます。たまには日常を忘れてのんびり、自分にご褒美をあげよう。きっと明日からも頑張ろう!と思えるはず。
- ※新型コロナウイルス感染症の影響により、列車の運休や変更、施設の営業変更等が発生することがあります。JRニュースや運行会社、および各施設のHP等をご確認ください。
「部屋食」と「露天風呂付き客室」でくつろぐ料理旅館へ
新型コロナウイルスの感染拡大後は、なるべく第三者との接触を避けようと、「部屋食」や「客室付き露天風呂」のある宿が人気です。その両方が叶う宿が金沢からもっとも近い温泉地・辰口(たつのくち)温泉にありました。辰口温泉は首都圏に住む私にとっては馴染みのない地名ですが、奈良時代に白山を開いた僧・泰澄によって開かれた温泉地。開湯は1400年前に遡ります。室町時代には近くの手取川が氾濫したことによって泉源が埋まってしまい、何度掘っても温泉が出なくなってしまったそうですが、1836(天保7)年、松崎甚四郎が新泉源を掘り直して再び湧出し、宿泊施設が設けられました。往時には10軒ほどの宿ができて、芸者さんもいるような歓楽温泉街としてにぎわっていたようです。
現在は宿が3軒(2軒は同じオーナー)の静かな温泉地。金沢の観光がてら「やさしさの宿 まつさき」に宿泊しました。
特急サンダーバード
列車は大阪駅から小松駅まで特急サンダーバードに乗車します。大阪駅を発車した列車は山科駅から湖西線へと入り、天気が良ければ、琵琶湖、その向こうの三上山や伊吹山、竹生島などを車窓から望むことができます。
泉鏡花ゆかりの宿
この宿に行こうと思い立ったのは、元「現代旅行研究所」・竹村節子さんに一冊の本をいただいたのがきっかけです。
「泉鏡花『海の鳴る時』の宿 晴浴雨浴日記・辰口温泉篇」というタイトルの本は宿が制作したもので、美しい装丁の布張りハードカバー。種村季弘氏のエッセイで、明治の文豪・泉鏡花(いずみきょうか)の生涯と辰口温泉の歴史などにも触れられていて、これを読んで辰口温泉にがぜん興味が湧いたからでした。
「泉鏡花『海の鳴る時』の宿 晴浴雨浴日記・辰口温泉篇」の本。まつさき売店でも販売されています
金沢から近いということもあって、周辺は住宅街として開発されていますが、温泉地の一角だけは静かな時が流れていました。
温泉地の中心部には、足湯のほか「泉鏡花文学碑」があります。
泉鏡花文学碑
そこには、「鏡花18才の夏、小説創作の意欲を燃やし上京を決意したのが、叔母の家があった辰口温泉だった」と記されています。泉鏡花と辰口温泉の関わりが分かります。
まつさきの車寄から玄関までは松泉湖に渡された渡り廊下を通って行きます。湖には錦鯉が泳ぎ、木々が青々と茂っていました。夏には蓮の花が咲き、秋には見事な紅葉、冬は雪景色が出迎えてくれます。
こちらの宿は泉鏡花ゆかりの宿。鏡花は離れの2階が好きでよく泊まっていたそうですが、その部屋は1937(昭和12)年の火事で焼けてしまったそうです。
いまは本館・新館とも新しい建物になっていますが、そんな歴史に想いを馳せるのも楽しいものです。
まるで別世界へと誘うような回廊
訪れたのは10月。蓮の葉と少しだけ色づいた紅葉が出迎えてくれました
庭園は歩けるようになっています
通された客室でお茶とお茶菓子をいただいて、しばしくつろぎの時を。
この宿は、昔ながらの料理旅館なので、部屋ごとに担当の仲居さんがつきます。
女将の松﨑富志永さんによると、「食事処に変更しようとしていた矢先、コロナ禍になり、部屋食のままになった」という話。今は部屋食を希望するお客様が多いので、喜ばれているかもしれません。
チェックインのお茶菓子は上品な栗羊羹でした
新型コロナウイルスの影響を考慮し、入室時にはすでに布団が敷かれていました
大浴場に行くもよし、部屋風呂で過ごすもよし
一番嬉しいのが、内風呂と露天風呂が両方ついた部屋風呂です(露天風呂のみのお部屋もあります)。
檜の内風呂と石の露天風呂。入りたいときにすぐに浴衣を脱いで露天風呂へと滑り込めます。
ガラスの引き戸を引けば、露天風呂にすぐに出られて、外気を感じることもできる。なんともぜいたくな部屋風呂なんです。
源泉は、肌にやさしい弱アルカリ性(pH7.5)の含硫黄‐ナトリウム‐硫酸塩・塩化物泉。
ちょっぴり白濁していて、お肌をしっとりと整えてくれる保湿効果の高い温泉です。
夕食まで時間があるので、大浴場へも行ってみました。
大浴場には加温浴槽と源泉そのままのぬる湯の2つの浴槽があり、36.5℃のぬる湯の源泉浴槽には黒い沈殿物が見られました。
ぬる湯と加温浴槽とに交互に入る交互浴が気持ちよくて、ぬるめの浴槽にぼーっと20分ほど入ると、体のこわばりも解けて体が軽くなっていきます。
新館「鳳凰」5階の展望露天風呂は、男女入れ替え制です。
開放感のある展望露天風呂
見晴らしのいい「玉竜の湯」は朝が女性用。
緑の木々を眺めながら湯浴みができて、幸せな時間を満喫できます。
料理旅館の実力を知る
最近は、食事処で料理提供をする宿が増えているので、部屋で食事をするのは非常に新鮮な気分です。
部屋食はこのテーブルに準備してくれます
厨房から客室に料理を運び、一品一品、仲居さんが丁寧にサーブする。これぞ、料理旅館の真髄ですね。
山中塗の朱色の盆の上に載せられたお皿の上に、見事に季節が表現されていました。
秋を盛り込んだ前菜
まずは前菜。
毛蟹と松茸、烏賊鯛わた和え、秋鮭親子寿し、焼き栗、車海老、銀杏玉子、柿と銀杏の白和え。ススキの穂が添えられ、器にも金の稲穂やもみじが描かれていて、錦繍の秋をイメージできます。烏賊鯛わた和えは甘みと渋みが口の中で混ざり合い、辛めの日本酒とマッチします。
御椀はすっぽん満月豆腐。
美しい塗りの器に沈金が施され、さすが料理旅館ならではの器だと嬉しくなります。
お椀も料理も上品な佇まいです
向附は鮪、甘海老、紅葉鯛、煽り烏賊。
金沢に近いので海の幸も豊富です
焼き物は金目鯛松茸巻き杉板焼き。ふっくらと焼き上げた金目鯛を酢橘(スダチ)でいただきます。
杉板の香りがほんのりついています
煮物は菊南瓜、海老芋、菊菜、煮穴子、針柚子が一品一品、上品な味わいの出汁で仕上げてあります。
お椀の下に敷かれた座布団にキュンときます
強肴は黒毛和牛サーロイン鍬焼きなど。
木の子の加賀蓮根蒸しの中には木耳、花弁茸、鮑茸、なめこなどたくさんの木の子にふかひれ餡。
帆立貝蓑揚げは素麺が「蓑」のように揚げてあって秋を演出します。
黒毛和牛サーロイン鍬焼きと帆立貝蓑揚げ
ご飯は辰口産の新米です。
目の前で釜炊きして、炊き立てのぴかぴかご飯をいただけます。
釜炊きのご飯
コロナ後は料理が同時に出てくる宿も増えましたが、さすが料理旅館だけあって、料理へのこだわりが強いため、「せいぜい強肴を一緒に出すくらい」に抑えているそうです。
料理の途中、「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」と女将さんが挨拶に来てくれました。
女将さんいわく、「海にも山にも田んぼにも畑にも近く、中央市場にも近いので全国のおいしいものが手に入りやすい環境にある」とのこと。能登出身の料理長が加賀野菜をはじめ、地元のおいしい食材を仕入れているそうです。
さほど客室数が多いわけではないのに、この宿は本館と新館に料理長がそれぞれ別にいて、厨房も別。
メニューはもちろんお米の銘柄も違うそうです。
出てくる器が素晴らしいなと思っていたら、九谷焼や山中塗をはじめ、本館の料理長が輪島出身であることから輪島塗のものも多いのだとか。山中塗のお盆の上に、木の箱がのり、更にお皿の上に貝の器がのったり、座布団が敷いてあるなど、料理宿ならではの繊細な盛り付けに感動しきり。器の選び方にも、いいものを長く使い続ける日本の宿ならではの心意気を感じました。
水菓子はシャインマスカット、赤肉メロン、洋梨コンポート、黒豆に林檎ゼリーがかかっていて、いろいろな味が口の中で広がる楽しい一皿でした。ミントの葉がアクセントになって口の中にさわやかに広がります。
見た目も美しい水菓子のお皿
朝食まで部屋食です
とにかく、移動がなくて楽。とくに高齢のお客様には喜ばれそうです。
朝食は、のどぐろの干物とだし巻き玉子、新米、のりなど。
朝から釜炊きのつやつやご飯をいただけるのが嬉しいです。
これぞ、正統派の玉子焼き!
バリアフリーに対応した背の高い椅子とテーブルが、パソコンなどを使うにもちょうどよく、快適な滞在ができました。客室から出ずにお風呂に入れて仕事もできるという点で、ワーケーションにもぴったりですね。
チェックアウトまでの時間は、松泉湖という名前のついた池のある日本庭園を散策したり、お茶室でお抹茶をいただいたり、ゆったりと過ごせます。
やさしさの宿 まつさき
住所 | 石川県能美市辰口町3−1 |
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問い合わせ先 | 0761‐51‐3111 |
時間 | チェックイン 15:00/チェックアウト 10:00 |
定休日 | 不定休 |
交通アクセス | JR松任駅または小松駅より送迎バス(無料)で約20分 |
値段 | 1泊2食本館22,000円、新館38,000円(税別、1室2名利用時)〜、 1名利用の場合プラス10,000円 |
URL | https://www.matsusaki.jp |
360年の歴史を持つ伝統工芸に触れる
翌日はそのまま金沢への移動を考えましたが、辰口温泉近くのおすすめスポットを聞いて、「九谷陶芸村」に出かけました。
ここは、九谷焼の作品を買ったり、作陶を体験したりできる陶芸村。
器好きなら一度は聞いたことのある「九谷焼」。
その歴史を紐解くと、山中温泉から大聖寺川の上流へ向かう旧九谷村で、大聖寺藩(加賀藩の分家)がこの地の陶石を使って開窯した「古九谷」にさかのぼります。開窯は1655年(明暦元年)頃、今から365年前です。この窯は半世紀で廃窯してしまい、100年の空白を経て加賀の各所に「再興九谷」として覚醒します。さらに現代では加賀地方広域で九谷焼の産地が形成され、さまざまな窯元や作家さんが活躍しています。
九谷焼というと、国内外で高い評価を受け、優美な作風で芸術品として扱われるイメージが強いのですが、現代の作家ものは、暮らしの中で実用的に使えるようなものも増えています。
作家さんの作品を集めた「ギャラリー結」で、普段使いによさそうな器を購入しました。
さまざまな作家さんの作品が並ぶ「ギャラリー結」
九谷焼といえば、緑、黄、紫、紺青、赤の五彩で施される優美な上絵付けが特徴的ですが、このギャラリーには真っ白な器や、パステルカラーの無地の器もあり、現代の九谷焼の自由さを感じました。
私が購入した器は黄色い器
毎年秋(2020年は10月30日〜11月23日)には「結のうつわ市」が開催されます。
鉄粉がついてしまったり、歪みが生じてしまった訳ありの器を大放出するそうです。お気に入りの器を探しに行く旅に出かけてみませんか。
絵柄がなくても九谷焼。白い器は何にでも合いそう
イラストが個性的。次回はこんな器にもチャレンジしてみたい
九谷陶芸村 ギャラリー結
住所 | 石川県能美市泉台町南23 |
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問い合わせ先 | 0761‐57‐8282 |
時間 | 9:00〜17:00(終了時間は早くなる可能性もあります。お問い合わせください) |
定休日 | 毎週月曜(1〜2月は月・火曜、祝日・振替休日の場合は翌平日) |
交通アクセス | JR能美根上駅よりタクシーで約15分 |
URL | https://gallery-yui.net/ |
この旅の行程
(行き)JR特急サンダーバード19号 大阪駅11:42発→小松駅14:06着(所要時間:2時間24分)
(帰り)宿から送迎車で九谷陶芸村へ(9分)、タクシーで能美根上駅へ(15分)。
JR北陸本線能美根上駅11:51発→12:28金沢着(所要時間:37分)、金沢観光。
JR特急サンダーバード34号 金沢駅16:00発→大阪駅18:39着(所要時間:2時間39分)
知っているとちょっと楽しい「鉄道豆マメ知識」【サンダーバードの歴史】
大阪駅~和倉温泉駅を結ぶ特急サンダーバード。関西の人々の大事な足として毎日25往復が運転されています。
サンダーバードの前身となった列車が特急「雷鳥」です。
1964年にデビューした「雷鳥」は、大阪駅~富山駅間を4時間半かけて結んでいました。
先頭車は、国鉄を代表する人気車両だった151系をベースにしたボンネットスタイル。
写真は初代雷鳥の48系のグリーン車。当時は一等車という名前で、今よりもかなり敷居の高い車両でした。
なんと食堂車も連結されていたんですよ。
現在のサンダーバードの車両は、バリアフリーを考慮した683系で、ゆったりと落ち着いた雰囲気の車内空間になっています。
2009年には人にも環境にもやさしい新車が登場しました。
この55年で、列車は速く快適になりました。
いつも乗っている列車でも、歴史について考えてみると新しい景色が見えるかも。
移動も楽しい時間になりますように。
著者紹介
- ※写真/野添ちかこ、(車両写真)交通新聞クリエイト
- ※掲載されているデータは2020年11月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。