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2022.01.08旅行琵琶湖じゃない、滋賀県のひと味違うスポットへ。ひとり旅の達人・佐竹敦が行く、10000円で穴場旅【京都駅発・滋賀県甲賀市の旅】

弁天池の沈み鳥居と甲賀(こうか)流忍術屋敷 滋賀県甲賀市

日本の穴場スポットに行ってみたい。しかも安く楽しみたい。
そんな欲望のままに東へ西へ、一人でぶらりと旅立った。

今回は、10000円ぽっきりで、京都駅から滋賀県甲賀市へ。
何日でもいたい気持ちになる、名庭とは。
そして、思わず童心に帰る忍者屋敷のあとに、穴場旅ならではの出会いも。
最後の収支報告まで、お見逃しなく。

時間を忘れる古刹の名庭

滋賀県といえば誰もが最初に琵琶湖を思い浮かべるだろう。しかし今回は京都発着で、琵琶湖に接していない少し地味なエリア、県南の甲賀地方をめぐる旅に出た。


レトロな雰囲気が旅情を盛り上げてくれる、近江(おうみ)鉄道の水口(みなくち)駅

名坂大池寺自然公園にある八幡神社。大池寺(だいちじ)もすぐそば

京都駅を出発し、JR、近江鉄道と乗り継ぎ、水口駅に10時少し前に到着。そこから本日の目的地、大池寺は25分ほど歩いたところにある。
大池寺は僧・行基(ぎょうき)が天平年間(729~749)に開創したと伝わる古刹。当時この地を訪ねた行基が、日照りに悩む農民のため灌漑(かんがい)用に「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建てたとされる。現在は寺を中心に、名坂(なさか)大池寺自然公園として整備されていて散策ができるようになっている。

ここで一番大きな池が弁天池だ。


鳥居がちょこんと顔を出す、なんとも不思議な光景の弁天池

スイレンが生い茂り、その真ん中に鳥居がポツンと立っている様子は言葉ではうまく言い表せない不思議な景観で、幻想的かつ神秘的な趣がある。さらに6月から8月頃にはスイレンが花を咲かせる。よりいっそうきらびやかな情景を目にすることができ、青空や水面に映りこんだ雲などのアクセントも相まって、見るものを魅了するという。

心ゆくまで弁天池を堪能したあとで、大池寺へと歩みを進めた。本尊は湖国甲賀三大佛の一つで、行基がひと彫りごとに三拝したと伝えられる“一刀三礼の釈迦丈六坐像”である。さらに小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作庭したと伝わる蓬萊(ほうらい)庭園は、枯山水庭園の傑作と名高いサツキの大刈り込み鑑賞式枯山水庭園で、気づけば庭園に魅入られ、心は完全に無に。


手入れの行き届いた、大池寺の蓬萊庭園を眺める

蓬萊庭園以外にも、茶室前庭の蓬萊山、佛母井(ぶつもせい)と呼ばれる井戸、回遊式琵琶湖庭園などもあり、「もう一日ここにいてもいいなぁ、いやむしろいたい」と思わせるものがある。


大池寺を再興した丈巌慈航(じょうがんじこう)禅師が掘ったと伝わる沸母井

気がつけばお昼ご飯もそっちのけ。大池寺をあとにしたのが14時30分。次なる水口城を目指すことにした。が、途中「スヤキ」という幟(のぼり)に導かれて谷野(たにの)食堂へ。
スヤキとは甲賀市を代表するご当地グルメで、自家製の中華そば、ネギ、モヤシをラードで焼いたものだという。確かに少しパリパリした食感で、ソースとこしょうで自分好みの味をつけて食べるのが特徴らしい。


昭和の懐かしい味、谷野食堂のスヤキ。ここが発祥の店だ

お腹を満たして再び歩き始め、改めて水口城に到着。説明板を読むと、この城も小堀遠州が造ったらしい。本丸はほぼ正方形だったようで、現在は本丸跡だけが残り、堀や石垣もよく形状を留めていると書いてある。とりあえず一周。


しっかりとした石垣の残る水口城跡だが、中はグラウンドだ

本丸跡は県立水口高校のグラウンドになっていて、ちょうど野球部の練習が終わって整備をしているところだった。なんだか懐かしい気持ちになり、ちょっとホッとする。

そんなこんなで、ゆったりとした気分で西日をいっぱい浴びながら野洲(やす)川に架かる水口大橋を渡って本日の宿へ到着。


空が広くて気持ちいい、野洲川に架かる水口大橋を渡る

忍者の町で取り残される

翌朝、朝食をしっかり食べて小高い丘陵地を上って下り、貴生川(きぶかわ)の駅へと向かう。昨日もそうだったのだが、甲賀の学生さんはすれ違うとみんな挨拶をしてくれるので、朝からとても気持ちがいい。

貴生川駅からひと駅隣の甲南駅へと移動し、今日は忍びの里である甲南エリアを散策に出発。忍者といえば時代劇などでおなじみだが、イメージが先行していてその実態はほとんど知らない、というのが実際のところではないだろうか。

ところが甲南駅を降りると、いきなり驚かされる。駅構内の階段壁面に『萬川集海(まんせんしゅうかい)』(江戸時代前期に書かれた甲賀・伊賀忍術を体系的にまとめた秘伝書)に記されている、忍者が用いた忍具(忍器)や忍者の精神の説明などがパネルで紹介されていた。これがなかなか充実していて、駅がまるで歴史資料館。つい読み込んでしまった。
駅の周りも手裏剣(しゅりけん)や忍術書の巻物、忍者キャラクターの看板などがあちこちに。もういつ忍者が出てきてもおかしくない。


甲南駅には、このような説明パネルが数えきれないくらいあり、事前学習はここで万全

それにしても、さっきから住宅街を歩いているにもかかわらず人の気配がまるでない。忍者の里だけに気配を消しているのだろうか?


一見、何の変哲もない屋敷だが、中は仕掛けだらけの甲賀流忍術屋敷

11時頃、甲賀流忍術屋敷に着く。約300年前に建てられた甲賀武士五十三家の筆頭格である甲賀望月氏の邸宅で、日本に残されている、唯一といわれる本物の「忍者屋敷」である。一見すると何の変哲もない屋敷だが、内部にはかくし梯子(はしご)、かくし部屋、落とし穴、どんでん返し、地下道とカラクリが随所に施されていて、思わず童心に返って楽しんでしまう。昨日同様お昼ご飯もそっちのけで、じっくり見学をしてしまった。

ここでは見学だけではなく、どんでん返しを動かしたり、かくし梯子で2・3階のかくし部屋に行ったりと、さまざまなカラクリに実際に触れて体験することができるのだ。さすがに落とし穴や地下通路(かくし通路)に入ることはできなかったが。しかもそれぞれの仕掛けは人間の心理を逆手に取ったものが多く、実によく考えられて作られているのも興味深かった。


押入れに隠された、どんでん返し。楽しくなって何度も通ってしまう

帰り道、ショッピングモールで軽く食事をしてから甲南駅の写真を撮っていると、若い男の子から声をかけられた。「小学生? 中学生?」と聞いたら、実は高校生。本当に失礼しました。しかも高校3年生で、部活で近畿大会のベスト10に入ったのだという。地元が大好きなようで、一所懸命この周辺の説明をしてくれる。そうこうしているうちに小学4年生の弟も紹介してくれたのだが、乗る予定だった列車が行ってしまった……。
「もうすぐ夜ご飯だ! じゃあね。また! バイバイ!」と、兄弟たちは帰っていった。ありがとう、だけど次の列車は30分後。私は駅前に一人取り残された。

さて今回使ったお金は?


残金20円!


著者紹介

佐竹 敦 (さたけあつし)

日本全国の即身仏&五重塔&三重塔&一之宮&滝百選&棚田百選&国分寺跡をすべて訪ね歩いた日本秘境探訪家。ひとり旅の達人。テレビチャンピオン滝通選手権出場。
主な著書に『この滝がすごい!』(中経出版)、『日本の滝めぐり』(自遊舎)、『新型コロナウイルス感染記』(アドレナライズ)など。
本人としてはいたってまじめな歴史オタクの墓マニア。

  • 写真/佐竹 敦
  • 本連載は、月刊誌『旅の手帖』2022年2月号からの転載です

旅の手帖 2022年2月号

『旅の手帖』は、旅の楽しさ、日本の美しさを伝える旅行雑誌です。

本連載が掲載されている『旅の手帖』2022年2月号の第1特集は「小説の舞台を辿る」です。卓越した表現で繊細に表現される風景描写など、本を読んでいるとふと、その場所へ訪ねてみたくなるものです。作家たちの創作意欲をかき立てた、作品の舞台へと旅してみましょう。作品の新たな魅力に気づくかもしれません。第2特集は「冬だけの絶景に会いに」。冬の寒さを生かしたイベントや景色など、この時期ならではの絶景が待っています。体は寒くても心はポッカポカになるはずです。
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価格  650円(税込)
発売日    2022.1.8
サイズ/判型    A4変型判
雑誌コード    05907-02


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