みちのくの歌枕をめぐる
仙石線は、宮城県仙台市のあおば通駅から仙台駅を経由して石巻市の石巻駅までの33駅、49キロメートルを結ぶローカル線。仙石線と東北本線は並行するように線路があるため、松島海岸駅から高城町駅に連絡線が作られ、仙石東北ラインとして直通運転している。
仙石線の沿線は、歌枕(和歌や短歌に多く詠み込まれている名所や旧跡)の宝石箱だ。その中でも一番の見どころは、俳聖・松尾芭蕉でさえも句を残さなかった(残せなかった?)松島。遊覧船から美しさを堪能しよう。ほかにも、小野小町が詠んだ浮嶋神社、『伊勢物語』に登場する鹽竈神社や宮戸島など、古典マニアにはたまらないスポットがあちこちに。旅をしながら自分で作ってみるのも乙。歌人・俳人気分で1泊2日の旅を楽しもう。
- ※記事内の和歌・俳諧などの作品は、可読性を考慮し一部の表記を原典から変更しています(「つつしのをか」→「つつじの岡」、「いも」→「妹」など)。
この記事に出てくる歌枕
- 1.榴岡(つつじがおか)公園
- 2.浮嶋神社
- 3.末の松山
- 4.多賀城碑(壺碑・つぼのいしぶみ)
- 5.鹽竈神社(しおがまじんじゃ)
- 6.松島
- 7.宮戸島
海岸に沿って敷かれた仙石線。車窓からの眺めも抜群だ
歌枕をめぐる旅は、あおば通駅からスタート
あおば通駅は2000年の仙石線地下化と延伸によって開業し、仙台駅とは地下道で連絡している。駅構内にはみどりの窓口やコインロッカー、男女別トイレ・車いす対応トイレを設置しているほか、改札から各ホームへシニアカーの利用が可能。
駅周辺は仙台駅から約400メートルという仙台市の中心街だ。各種商業施設をはじめ、飲食店や土産物店には事欠かない。
この駅から地下を東へと進み、ビッグターミナル駅である仙台駅を過ぎれば目的地の榴ケ岡駅に着く。
途中下車駅 榴ケ岡駅
仙台駅から約800メートルの場所に位置する榴ケ岡駅では、コインロッカーやトイレを利用可能。東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・楽天生命パーク宮城にも徒歩で行ける。とはいえ今回は歌枕巡りなので、楽天生命パーク宮城ではなく最初の歌枕・榴岡(つつじがおか)公園へと向かおう。
榴岡(つつじがおか)公園
さまざまな種類の桜が咲き乱れる、江戸時代からの名所
歌枕「つつじが岡(躑躅岡)」。「みちのくのつつじの岡のそまつづら辛しと妹をけふそ知りぬる」(藤原仲平『古今和歌六帖』)、「名にし負ふつつじが岡の下わらび共に折り知る春の暮れかな」(道興准后)などと詠まれ、松尾芭蕉も『おくのほそ道』に記述を残している。
仙台藩4代藩主・伊達綱村が京都から取り寄せた桜をこの地に植え、民衆に開放したのがこの公園の始まりという。綱村の時代に植えられた桃色で八重咲きのシダレザクラは「仙台枝垂れ桜」とも呼ばれ、江戸時代から今にいたるまで桜の名所として名高い。シダレザクラのほかにもソメイヨシノやヤエザクラ、ヒガンザクラ、ギョイコウなど、早咲きから遅咲きまで約400本も咲き、長期間観桜が楽しめる。梅や椿、藤、萩なども植えられた園内は季節ごとの移ろいも感じられ、風情抜群だ。
1989年に「日本の都市公園100選」にも選ばれている。園内には噴水彫刻「杜のうた」をはじめとする見事な彫刻が点在。
明治時代以降の庶民の暮らしを紹介する仙台市歴史民俗資料館も見に行ってみよう。この建物は旧第二師団歩兵第四連隊の兵舎を移築したもので、仙台市の有形文化財にも指定されている、宮城県内に現存する最古の洋風木造建築。
榴岡(つつじがおか)公園
住所 | 宮城県仙台市宮城野区五輪1丁目 |
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問い合わせ先 | 022-291-2111(仙台市宮城野区公園課) |
時間 | 散策自由 |
交通アクセス | JR榴ケ岡駅から徒歩約7分 |
URL | http://www.city.sendai.jp/ryokuchihozen/mesho100sen/ichiran/041.html |
榴ケ岡駅から多賀城駅へ
榴ケ岡駅から戻り、再び仙石線へ。陸前原ノ町駅までの地下区間から地上に出る。苦竹駅を経て梅田川を過ぎると住宅地が広がり、水田が見え隠れする。北東へ進路を取り、七北田川、砂押川を越えてしばらく行くと、多賀城駅に着く。
途中下車駅 多賀城駅
多賀城市の中心地にある多賀城駅。駅構内にはみどりの窓口、コインロッカー、男女別トイレ・車いす対応トイレにコンビニのほか、多賀城観光案内所たがもんナビや商業施設があってお昼を取るのにも便利。周囲には多賀城市役所や図書館、飲食店や各種商店がそろっている。浮嶋神社や末(すえ)の松山、多賀城碑をめぐろう。
浮嶋神社
山の中にぽつりと浮かぶ島に見えた?
山口女王(やまぐちのおおきみ)が「しほがまの前に浮きたる浮島の浮きて思ひのある世なりけり」(『新古今和歌集』)、小野小町が「みちのくは世を浮島もありといふを関こゆるぎの急がざらなん」(『小町集』)と詠んだ歌枕の「浮島」は、この神社が鎮座する丘だといわれている。松尾芭蕉に随行した河合曽良の『曽良旅日記』によれば、彼ら一行もこの地に立ち寄っていた。
創建年代は不明だが、多賀城が栄えた平安時代にはすでにこの地にあったといわれる。こんもりと緑が茂る丘の上にあり、周囲に民家がない頃にはまるで「浮き島」のように見えたのが、この地名の由来だそう。
境内には、明治天皇の御製である「旅衣あさたつ袖をふきかへす松風すゞし浮島が原」の歌碑が。また、『源氏物語』の光源氏のモデルになったといわれる源融(みなもとのとおる)を祀った大臣宮(おとどのみや)が合祀されている。
浮嶋神社
住所 | 宮城県多賀城市浮島 |
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問い合わせ先 | 022-364-5901(多賀城市観光協会) |
時間 | 境内自由 |
交通アクセス | JR多賀城駅からミヤコーバス国府多賀城駅行きで約9分、国府多賀城駅下車徒歩約3分 |
URL | https://www.tagakan.jp/view/detail.html?content=36 |
末の松山
黒松の古木が印象的な、東北を代表する歌枕
清少納言の父・清原元輔(きよはらのもとすけ)の「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」(『後拾遺和歌集』・『小倉百人一首』)をはじめ、これまで数多の歌に詠み込まれてきたみちのく歌枕の代表格。もちろん松尾芭蕉も立ち寄っており、国指定名勝「おくのほそ道の風景地」に数えられている。歌枕の「末の松山」は愛の契りや固い約束の比喩。
宝国寺裏手にある景勝地で、立派な2本の黒松は樹齢約480年といわれている。江戸時代にはさまざまな文献や絵図でも取り上げられ、松の根元に墓が立ち並ぶ様子は『おくのほそ道』の記述そのままだ。
末の松山
住所 | 宮城県多賀城市八幡2丁目 |
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問い合わせ先 | 022-364-5901(多賀城市観光協会) |
時間 | 見学自由 |
交通アクセス | JR多賀城駅から徒歩約9分 |
URL | https://www.tagakan.jp/view/detail.html?content=11 |
多賀城碑(壺碑・つぼのいしぶみ)
松尾芭蕉が感涙した日本三古碑のひとつ
西行が「みちのくの奥ゆかしくぞおもほゆるつぼのいしぶみそとの浜風」(『山家集』)と詠み、他にも和泉式部から岩倉具視まで時代を超えて詠まれ続けてきた歌枕「壺碑」は、この多賀城のものであるとの説がある(※)。松尾芭蕉も「羇旅の労をわすれて、泪も落るばかり也」と『おくのほそ道』に記している。
多賀城南門近くに覆屋(おおいや)に守られるように立つ多賀城碑は、地上からの高さ196センチメートル、最大幅103センチメートルという巨大なサイズ。栃木県の那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)、群馬県の多胡碑(たごひ)とともに日本三古碑のひとつに数えられている。碑面には平城京や各国境から多賀城までの距離に続けて、多賀城の創建や修造について刻まれている。国の重要文化財。
多賀城碑(壺碑・つぼのいしぶみ)
住所 | 宮城県多賀城市市川田屋場 |
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問い合わせ先 | 022-364-5901(多賀城市観光協会) |
時間 | 見学自由 |
交通アクセス | JR多賀城駅からミヤコーバス国府多賀城駅行きで約9分、国府多賀城駅下車徒歩約10分 |
URL | https://www.tagakan.jp/view/detail.html?content=13 |
- ※多賀城碑と「壺碑」の関係については諸説あります。
多賀城駅から本塩釜駅へ
3つの歌枕をめぐったら多賀城駅まで戻り、国道45号に寄り添うように北上する。国道45号と別れ、下馬駅を過ぎると塩竈市。さらに進んで海沿いを走り、仙台塩釜港が見えてくれば本塩釜駅に到着する。
途中下車駅 本塩釜駅で宿泊を
塩竈市の中心地にある本塩釜駅。みどりの窓口や男女別トイレ・車いす対応トイレ、コインロッカーのほか、塩竈市観光案内所や商業施設がある。駅の近くには、旧本塩釜駅跡地にある飲食店や土産物店などが入る壱番館が。
仙台塩釜港の塩釜水産物仲卸市場内では、好きな海産物を購入して作る「マイ海鮮丼」が好評。陸奥国一之宮の格式を持つ鹽竈神社(しおがまじんじゃ)にお参りしてから、周辺で宿泊しよう。
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)
国の天然記念物・シオガマザクラ(鹽竈桜)が花開く古社
この神社を詠み込んだ代表的な歌は、『伊勢物語』の「塩竃にいつか来にけむ朝なぎに釣する舟はここによらなむ」。歌枕「塩竃」は憧れの地、美しいものになぞらえられる。
創建年代は不明だが、平安時代初期に嵯峨天皇の御代に編纂された『弘仁式(こうにんしき)』にはすでに登場している。奥州藤原氏や中世武家領主から信仰を集め、江戸時代には伊達家から篤く信仰が寄せられていた。
唐門を入って正面の社殿は左右宮拝殿。武神を祀り、左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)・右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)を守る。境内には明治時代に遷座した志波彦神社や鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)を祀る別宮拝殿も。ソメイヨシノやシダレザクラにやや遅れて、4月下旬~5月上旬には国の天然記念物・シオガマザクラ(鹽竈桜)が花開く。先端がノコギリ状の35~50枚の花弁をつけ、花の中心のメシベが小さな葉に変化する八重の桜だ。
参拝者に人気なのが、「うまくいく御守」。うま(馬)く(九)いくようにと、馬の蹄が9個描かれている心願成就のお守りだ。授与所でいただける御神塩は、お祓いにも使用する切麻(きりぬさ)が入ったお清めの塩。身につけていると悪運を払い、新しい運を呼び込んでくれるという。
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)
住所 | 宮城県塩竈市一森山1-1 |
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問い合わせ先 | 022-367-1611 |
時間 | 5:00~18:00(11月~2月は~17:00) |
定休日 | 無休 |
交通アクセス | JR本塩釜駅から徒歩約15分 |
値段 | 参拝無料(鹽竈神社博物館は別途) |
URL | http://www.shiogamajinja.jp/index.html |
本塩釜駅から松島海岸駅へ
本塩釜駅から2日目はスタート。海沿いを進み、次の東塩釜駅からは単線区間になっていく。市街地から豊かな自然に移り変わっていく車窓には、山間の短いトンネルの合間に松島湾が映る。東北本線が並走しはじめるこの区間を抜けていくと、松島海岸駅はすぐそこだ。
途中下車駅 松島海岸駅
いよいよ、日本三景の一つ「松島」の玄関口、松島海岸駅に到着した。現在は仮駅舎で、2021年冬に使えるようになる予定の新駅舎ではエレベーターや駅前ロータリーなどが整備される見込み。駅周辺には観光の拠点らしく飲食店や土産物店などが並んでいる。この旅のクライマックス・松島を、松島島巡り観光船でゆるりと楽しもう。
松島
松尾芭蕉は、句を残さなかった。絶景の松島湾を船でめぐる
「松島やああ松島や松島や」……は、松尾芭蕉が詠んだ句と思っている人が多いと思う。しかし、これは江戸時代後期の狂俳人・田原坊(たばらぼう)の作品「松島やさてまつしまや松島や」から転じたという説が有力。実際のところ松尾芭蕉は、旅を始める動機として松島を思い、そして実際に立ち寄ってその美しさを絶賛してもいるのだが、弟子の曽良が「松島や鶴に身をかれほとゝぎす」と詠むのを傍目に、自身は句は残さなかった。
「松島」を読み込んだ歌そのものは枚挙にいとまがないほど多い。清少納言の「たよりある風もや吹くと松島によせて久しき海人のはし舟」、伊達政宗の「いづる間もながめこそやれ陸奥の月まつ島の秋のゆふべは」など。どれもこの絶景を見事に表した名歌だ。
松島島巡り観光船は、松島湾をゆったりと観光できることで人気の遊覧船。仁王像が葉巻をくわえて座っているように見える湾内一番の景勝地・仁王島をはじめとした大小さまざまな島を望むことができる。
定期観光船の仁王丸コースは中央観光桟橋発着。歌枕としても知られる雄島や、仲良く並んでいるような双子島、伊達政宗が感嘆した千貫島、仁王島など、代表的な島々を見られる。所要時間は1周約50分。家族やグループなどで貸し切りできる小・中型船もあり、こちらは大型船では近づけないところまで航行できるのが魅力。
3艘の大型船はすべて仁王丸の名が付いていて、仁王島の形を参考にして作られている。2020年にはバリアフリー化し、Wi-Fiや充電用コンセントなどを完備した新造船が就航。
松島島巡り観光船
住所 | 宮城県宮城郡松島町松島字町内85 |
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時間 | 8:00~17:00(冬期は8:30~16:00) |
交通アクセス | JR松島海岸駅から徒歩約6分 |
値段 | 定期観光船:大人1500円、小学生750円、2階展望デッキは大人+600円、小学生+300円 |
URL | https://www.matsushima.or.jp/ |
松島海岸駅から野蒜(のびる)駅へ
松島を堪能した後は、松島海岸駅から仙石線に。東北本線と道をたがえていき、高城町駅からは仙石東北ラインが乗り入れている。その先で右にカーブを切り、陸前富山駅あたりからは松島湾の海岸線を進む。陸前大塚駅の先は内陸部を走り野蒜駅へ。
途中下車駅 野蒜駅
「人々が集い行き交う船宿のような町の拠点、復興のシンボル」をコンセプトに、切妻屋根や和風の格子窓を採用し、木材と土壁をイメージした配色になっている。近くには三角屋根の旧野蒜駅が震災遺構として残る。周囲は新たに造成された住宅地で、店舗はそこまで多くないので注意。陸路で行ける、松島湾最大の島・宮戸島を満喫しよう。
宮戸島
ほのかな悲しみを帯びる、松島湾最大の島
『伊勢物語』で「沖のゐて身を焼くよりも悲しきは宮戸島辺の別れなりけり」と詠まれた。宮戸島は松島湾最大の島で、「新宮戸八景」など景勝地が点在し四季折々を通して様々な景色を楽しむことができる。島の中心に位置する標高約106メートルの大高森は「松島四大観」のひとつであり、「壮観」という別称を持つ。松島湾や蔵王連峰を含む景色は、ぜひ夕暮れ時に見てほしい。黄金色に輝く空と海が素晴らしいのだ。
島の東南に突き出した岬は嵯峨渓と呼ばれ、岩手県の猊鼻渓(げいびけい)、大分県の耶馬溪(やばけい)とともに日本三大渓のひとつ。やわらかな景観の松島湾とは対照的な、荒々しい造形美が特徴だ。
島の南部にある約40メートルの小高い丘には「稲ヶ崎公園」があり、砂浜が美しい月浜海岸や松島湾に浮かぶ島々を見渡せる。蔵王連峰や牡鹿半島、晴れた日には福島県の相馬地方まで見ることも可能。春ならば展望地で山桜を、遊歩道では椿の群生を見られる。
宮戸島
住所 | 宮城県東松島市宮戸 |
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問い合わせ先 | 0225-87-2322(東松島市観光物産協会) |
時間 | 散策自由 |
交通アクセス | JR野蒜駅から車で約10分 |
URL | https://matsushima.miyaginavi.jp/feature/3442.html |
野蒜駅から石巻駅へ
宮戸島をめぐった後は、終点の石巻駅へ。吉田川と鳴瀬川を越えると、石巻平野の水田地帯を走る。市街地が広がってくれば石巻駅はもう少し。
旅のまとめ
自然豊かな仙石線の、美しい景勝地や神社仏閣を堪能した。その中でもやはり松島はとりわけ心を動かされる。句を詠めなかった松尾芭蕉に思いを馳せながら、一句詠んでみてはどうだろう。後になって読み返せば、旅の思い出がタイムマシンのようによみがえってくるはずだ。
沿線にあまたある歌枕には、今回紹介できなかったものも多い。先に好きな和歌を見つけてから、その歌枕に行ってみるのもおすすめだ。そのため、『伊勢物語』や『小倉百人一首』、『古今和歌集』の歌や『おくのほそ道』を予習するとさらに趣深い旅になる。ミヤビな気分で、みちのくの歌枕を満喫しよう。
- ※写真協力:仙台市宮城野区役所公園課、鹽竈神社、多賀城市観光協会、松島島巡り観光船企業組合、東松島市観光物産協会
- ※文:速志 淳(株式会社アド・グリーン)