静寂に包まれる幻想的な旅 熊本県南阿蘇村・高森町
日本の穴場スポットに行ってみたい。しかも安く楽しみたい。
そんな欲望のままに東へ西へ、一人でぶらりと旅立った。
今回は10,000円の予算で、熊本駅から南阿蘇村・高森町へ。
突然目の前に現れる巨大杉、2つの滝の姿を一望する大パノラマ。
深い緑に包まれた参道。熊本の幻想的な情景がここにある。
最後の収支報告まで、お見逃しなく!
熊本地震で崩落した橋の姿
熊本駅を出発した列車に揺られ、うとうとしていると肥後大津駅を過ぎ、車窓は山や畑の、のどかでのんびりとした風景を映していた。
しかしながら立野(たての)駅からは少し様子が違っていた。
ここから先、本来ならば南阿蘇鉄道が走っているはずだが、線路がなくなっていた。
2016年4月に発生した熊本地震の爪痕である。立野駅で降りた私は、歩いて国道57号を北上した。ほどなくすると真新しい大きな橋が見えてきた。
2021年3月7日に開通した全長525m、最大橋脚高97mの新阿蘇大橋だ。震災復興のシンボルの一つで、深い谷に架かるその姿からは日本の技術力の底力、震災からの力強い復興の様子が見て取れた。
この新阿蘇大橋から約600m北上したところに、数鹿流(すがる)崩れがある。
ここは熊本地震のとき、山頂付近から大規模な斜面崩壊が発生し、国道57号、豊肥(ほうひ)本線が飲み込まれ、阿蘇大橋も落橋するという大きな被害に見舞われた場所だ。
落橋した阿蘇大橋は、橋の一部が峡谷に引っかかる形で今も残っている。
アスファルトの路面や折れ曲がり引きちぎられた橋の鋼材などを、当時の姿のままで目にすることができる。衝撃的な光景だ。
ここからさらに300mほど北上すると、名瀑・数鹿流ヶ滝がある。
地震の影響により周囲の景観はすっかり変わってしまったが、現在では国道沿いに展望台があり、
阿蘇山を背景にした雄大な景観の中で数鹿流ヶ滝に加え、その右側には白糸の滝という別の滝も流れ落ちていて、
2つの滝の姿を一望する大パノラマを堪能することができる。
滝を眺めていたところで背後を振り返ると、豊肥本線の列車が通り過ぎてゆく。
2つの滝に加え、タイミングが合えば列車もあわせて見られるのだ。
森に隠れているメドゥーサのような巨大杉
その後はバスで高森駅へと向かい、駅から歩き出すと、町はひっそりとして、どこからも音が聞こえてこない、人けもまったくない。
途中で含蔵寺(がんぞうじ)という苔むした寺に立ち寄る。戦国時代にこの地を治めていた高森城主・高森惟直(これなお)の墓がある。
境内にある石段の横には小さな石仏がずらりと並んでいる。
それからまた延々と歩き、人里離れた山奥へと足を踏み入れ、高森殿(たかもりどん)の杉に到着。
樹齢400年を超える2本の杉の巨木である。
幹から伸びる枝がまるで意思をもっているかのように自由気まま、縦横無尽に枝分かれをしている。
その姿はギリシャ神話に出てくるメドゥーサを巨大化した姿のようで、圧倒される。
なお、高森殿の杉はこの見事な枝ぶりにもかかわらず、離れたところからはその様子はわからない。
ただ鬱蒼(うっそう)と木々が生い茂った森の一部に見える。
看板に導かれて森の中へと歩を進め、その姿が突然目に飛び込んできた瞬間には、思わず声が出てしまうほどの強いインパクトがある。
高森殿の杉をあとにした私は、本日の宿に向かうことにした。相変わらず歩いていて本当に音がしない。
静寂の世界。それでもさっきまでは民家もあったのだが、今は本当になにもない、道の左右は雑木林である。
空腹を抱えながら、この先に店や食事処があるとは到底思えないという不安な気持ちで歩いていたが、ようやく国道へと出た。
しばらく歩くと一気に展望が開け、なにやらにぎやかな月廻り公園なる温泉や店のあるところで、腹ごしらえができた。
看板には「熊本県一の景勝地」と書いてある。なるほど阿蘇五岳がはっきりと見えた。
その日は阿蘇山から一番近くにあるという集落の民宿に泊まった。
静かな宿で、生活音どころか、物音一つしない。静寂に包まれた最高に贅沢な夜だった。
一人きりの幻想的な情景のなかで
翌日、アニメの舞台にもなり近頃人気急上昇中の上色見熊野座(かみしきみくまのざ)神社を
訪ねた。ただ、どんよりとした小雨が降る中で、参拝客は私一人きり。
本殿に続く杉林の参道には220段余りの石段があり、その両脇には100基もの灯籠が立っている。
周辺は一面苔むして深い緑に包まれ、幻想的な情景になっていた。
本殿からさらに10分ほど登って行った先には、穿戸岩(うげといわ)という縦横10m以上ある大風穴がある。
大穴越しに差し込む光、大穴の向こうに広がる景観に、なにやら人知を超えた大きな力が感じられた。
その後、高森駅まで戻るとちょうどトロッコ電車が発車するところだった。
次の機会があったら、全線復旧(2023年夏予定)した南阿蘇鉄道に乗って高森町を訪ねたい。
さて今回使ったお金は?
残金1433円!
著者紹介
- ※写真/佐竹 敦
- ※本連載は、月刊誌『旅の手帖』2023年1月号からの転載です